※本稿は、立川談慶『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』(かんき出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■人生を「別人級」に変えた“ある習慣”
ここで猛烈に過激にプッシュしたいのが、励行して丸18年にもなる「筋トレ」です。
25年11月で還暦を迎える私ですが、私の人生の分水嶺的分岐点こそ筋トレで、私の人生は「筋トレ以前」と「筋トレ以後」ではまったく別人(またまた大げさな)であると、ハッキリここで申し上げます。
今、60手前の日々ですが、基本的に週3回近所のジムに行くというサイクルを墨守すべく、スケジュールもそれに合わせて組んでいるような毎日です。
元来のきっかけは、これまでもコラムや自分の著書の中で頻繁に申し上げてきましたのでざっくり書きますが、「頸椎ヘルニアになりかけたところ、カイロプラクティックの名医の先生に遭遇し、『首周辺の筋肉を鍛えておかないとまた痛みますよ』と言われたこと」でした。
まだ軽い症状の頸椎ヘルニアだったのですが、それとて痛みは尋常ではなく、虫歯の痛みが首に走るほどの辛さでした。
「あの苦痛から逃れられるなら」という一途な思いが、そもそもの筋トレに向かう発端だったのですが、ここでまず筋トレのメリットを申し上げるなら、「痛みが日常になる」という奇妙な感覚でしょうか。
■「筋肉痛」がくれた副次効果
「痛みは不快」です。だからこそそれを避けるために各種の麻酔が存在します。
ところが筋トレでは、「筋肉痛」という痛みが日常、つまりデフォルトとなるのです。
でも、“だからこそ”なんです。
「筋肉痛」が「筋肥大」という身体を保護するために体内から発信された前向きな痛みならば、他の肉体の痛みはすべて「病的な痛み」だと言ってもいいでしょう。つまり、「筋肉痛」は「病的な痛みに対してセンシティブになるための前向きな痛み」とも定義できるかも。もしかしたら“新たな境地の発見”なのかもしれません。
無論、私は医学の専門家でもありませんし、麻酔科医でもありませんから、迂闊なことは言えません。でも、ただ筋肉痛と毎日向き合っていると、ある程度、筋肉痛とそれ以外の痛みとを峻別できるという気がしてくるのです。
あくまでも直感ですが、このセンサーが身体に張り巡らされているなという感覚からか、例えば「ああ、このまんま何もしないでいると風邪を引きそうだな」という「予感」が的中するようになってきているのです。
コロナに感染した時も「ああ、直近3日間の睡眠不足が原因だろう」と顧みています。予感というか、「原因」がある程度絞れていれば、それはその後「反省材料」になりますので、健康には役立つに違いありません。
■「世の中はうまくいかない」ことを教えてくれる
筋肥大は、ハードなトレーニングを課さないと実現しません。
筋肉痛という痛みを通して自分の身体と「会話」できる感覚は、筋トレ励行の賜物で、それぐらい肉体を追い込まないと筋肥大は起きないからです。
週3日ジムに通うと申し上げましたが、「1日目 胸と背中」「2日目 脚」「3日目 肩と腕」というスケジュールです。「今日は胸と背中の日だ」ってなんだか肉屋のチラシみたいですよね。
そして「最大限10回挙げられる重量で3セット」が基本メニューになります。そこにそれぞれ腹筋と、無酸素運動により尿酸値が上がりやすくなるので、それを回避するために「有酸素バイク30分」を加えています。
一方、世の中には、なぜか「頑張ればうまくいく」「うまくいかないのは頑張っていないからだ」、ひいては「努力すればすぐ結果に結びつく」みたいな風潮があります。特に、生成AIの登場以来、「即座に成果が出る」のが当たり前といった空気感がみなぎっているような感じを覚えるのは、私だけじゃないでしょう。
無論、努力は必要です。でも万能じゃありません。
筋トレを日々積み重ねてゆくと、知らず知らずのうちに、「筋肉は一日たった7グラムしか増えない」が、「何事も手順があるんだ。そんなにすぐにはうまくいかないものだ」という価値観が定着するはずです。
ひいてはそれは「だからこそ、誰だってすぐに物事はうまく運ばないのだろう」と、人を思いやる優しさも「余禄」として生むのではないかとも思います。つまり筋トレは、他者への優しさにもつながる、私はそう信じて疑いません。
■「60歳」ならぬ「60キロの壁」がある
そして「筋トレ」励行の余波というか、おまけというか、「自信が芽生えてくる」ことを挙げさせていただきます。
幻冬舎社長の見城徹さんも大の筋トレマニアと聞いていますが、「精神を鍛えるには肉体を鍛えるしかない」と何かのインタビューで答えていました。
以前通っていたジムでの話です。とてもおとなしい感じの中学生が入ってきました。いじめがもとで不登校になったとのことで、親御さんが心配して「せめて成長期、身体ぐらいは鍛えないと」という親心で通わせていました。その子が、ベンチプレスで体重と同じ60キロを挙げたあたりから、顔つきがはっきり変わっていったのです。面白いものですね。
ベンチ60キロなんて、未経験者ならまずほとんど挙げられません。バーの重さ20キロに、左右両側に20キロずつのプレートをつけた状態を想像してみてください。ベンチプレス初心者には、まずこの「60歳」ならぬ「60キロの壁」が立ちはだかります。
当時のその子は、3カ月ぐらいかかって、見事に1回挙げました。
ベンチプレスでいうと、「初級合格」といったところでしょうか。
それから、その子はごく普通に学校にも通えるようになっていったと、後日、風のうわさで聞きました。男性の場合、顔から下が変わると、顔から上も変わるのでしょうか。
■「人口1%未満」がもたらす自信
無論、筋トレは「ベンチプレス」だけではありませんが、「数値目標達成」という可視化された基準が明確なので、ベンチプレスの挙重量は筋トレの大きなモチベーションになります。
そんなモチベーションの中で、男としての夢の一つが「ベンチプレス100キロ」です。
怪力の象徴、男らしさの具体例、頑張った褒章、「気は優しくて力持ち」の実例、それがまさに「ベンチプレス100キロ」。一説によると、これを実現した人は、人口の1%にも満たないとすら言われています。ある意味、東大合格以上の超難関なのです。
筋トレ開始後、そんな夢をいつしか自分も抱くようになりました。そして4年後ぐらいでしょうか、なんとこの「100キロ」を挙げることに成功したのです。
いやあ、嬉しかったです。
振り返って、自分の人生で嬉しかったことを列記すると、「小6でリレーの選手に選ばれた」「中2のサッカーの新人戦で2点入れた」「大学に合格した」「結婚できた」「子どもが二人生まれた」「真打ちに昇進した」など、一連のトピックに並ぶ大きなイベントが「ベンチプレス100キロ」となりました。
■“内なる灯”が人間関係にもたらす効果
正直、仕事で世に出ていくと、面倒くさい人に遭遇します。
いや、そんな面倒くさい人たちと折り合いをつけるコミュニケーションこそがオトナの仕事そのものでもあります。そんな社会からの要求に応えるように“めんどくささの権化”のようだったわが師・談志から鍛えられたことを綴った『「めんどうくさい人」との接し方、かわし方』(PHP文庫)という本を2016年に出版し、おかげさまで増刷にまで至りました。
そして、実はこの“内なる灯”のおかげか、「ベンチプレス100キロ」を挙げてから以来、どんなめんどくさそうな人と接しても、気後れすることがなくなりました。
巨漢レスラーでもない限り、まず一般人でベンチ100キロ以上挙げられるような人には遭遇しません。「ああ、この人と今ベンチプレスで対決しても勝てるな」と内心思えるようになりました。
実際にはそんなことは絶対ないでしょうが、一瞬でもそう思うだけで、相手に気持ちの上で力負けしたり気後れしたりすることはなくなるというものです。
いや逆に、もしベンチ100キロ以上挙げられるような一般人に会ったら、それはリスペクトしかありません。「いやあ、どうすれば重量がもっと上がりますかねえ」と、今度はこちらが聞く側に回ればいいだけの話ですもの。
「筋肉は死ぬ寸前まで成長する臓器」だそうです。
まずは近所のジム通い、「六十の手習い」で行ってみてはいかがでしょうか?
----------
立川 談慶(たてかわ・だんけい)
立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。
----------
(立川流真打・落語家 立川 談慶)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
