■日本が物価高に苦しむ一方…
イラン戦争の発生で、世界経済に大きな影響が出ている。原油や天然ガスなどのエネルギー価格の高騰、アルミや肥料などの供給制約のデメリットを受ける国が多い一方、重要なメリットを受けている国もある。

メリットを受ける代表例はロシアだろう。最大のメリットは、同国の石油やガスなどの価格が上昇したことに加えて、制裁の緩和で資源の輸出を行いやすくなった。エネルギー資源の輸出量が増え価格も上昇したため、ロシアの輸出金額が大幅に増え、財政状況は改善したはずだ。
ウクライナ戦争の発生後、プーチン大統領の支持率は低下したと報じられた。財政悪化への懸念も高まった。ところが、一転して、イラン戦争をきっかけに国家財政は潤ったはずだ。プーチン大統領の支持率が上向く可能性もあるとの指摘もある。プーチン大統領がほくそ笑む姿が浮かぶようだ。
■「強いロシア」が戻ってきた
財政状況の改善は、ロシアの軍事予算の拡張にもつながる。プーチン政権の政策運営が加速することで、東欧の旧社会主義国家やバルト3国、中央アジアや中東諸国などへの圧力が高まるかもしれない。
それは、わが国の経済・安全保障の面で、無視できない脅威になることが懸念される。
少なくとも、今回のイラン戦争で、米国の軍事力の多くはアジアから中東地域に移った。
それに伴い、米国、中国、ロシア、欧州など、主要国・地域のパワーバランスは大きく変化している。そうした状況の急変の中、わが国はいかにして経済・安全保障の確立・安定を目指すか、重要な問題が起きてしまった気がする。
■過酷な経済制裁を乗り越えられたワケ
ウクライナ戦争が発生してから、早くも約4年が経過した。戦争の発生以降、ロシアの経済は厳しいながら、何とか持ちこたえてきた。ロシアに対する、米欧諸国による国際金融、経済制裁の影響は大きかった。
一時、ロシアはドル資金の流出に直面し、経済の混乱が深刻化する懸念が高まった。戦費の増大、海外企業のロシア脱出、さらには情報統制の強化で、プーチン大統領の支持率も一時、低下したようだ。それでも、ロシアが自力で経済を維持してきた。
その支えになったのは、中国、インド、トルコやブラジル、アフリカ諸国などによるロシア産石油の輸入継続だった。欧州と北米以外の地域に向けた、ロシアの石油輸出は増えた。こうして何とか、経済制裁を切り抜けてきた。
■ロシア産原油の高騰で輸出が13兆円増
そこにイラン戦争が起きた。
最も大きな戦争の影響は、中東地域からのエネルギー資源の供給不全化だ。イランはペルシャ湾岸の関連施設を攻撃し、重大な打撃を与えた。また、世界の石油・ガス輸送の2割が通過する、大動脈であるホルムズ海峡を実質的に封鎖した。
原油の供給は減少し、ロシア産原油への需要は増えた。米国などの制裁も緩和され、ロシアは輸出を行いやすくなった。しかも、原油の価格は上昇した。ロシアにとって、大きな福音だ。
2月下旬、ロシアのレニングラード州のプリモルスクから輸出される、ウラル産原油の価格は40ドル/バレル台だった。それが、4月上旬の価格には、112ドル台にまで上昇したようだ。13年ぶりの高値といわれている。
原油価格上昇などがロシアに与える影響の試算として、KSEインスティテュート(キーウ・スクール・オブ・エコノミクス傘下の研究所)の分析がある。イラン戦争が6週間続いた場合、通年ベースでロシアの輸出は840億ドル(1ドル=159円で約13.4兆円)増だという。
歳入は450億ドル(約7.2兆円)増と推計された。
■「思わぬボーナス」でウクライナに攻勢
2025年、ロシアのウクライナ戦費は、11兆ルーブル(約22兆円)に達したとみられる。KSEインスティテュートの推計値で試算すると、ロシアはイラン戦争の恩恵で、昨年1年間の戦費の3分の1近くの収入をすでに手に入れたことになる。
今年3月、報道によると、ロシアはドローンやミサイルでのウクライナ攻撃を激化させた。イラン戦争をきっかけに、歳入が増えたことも影響したとの指摘もあるようだ。
米国が、原油価格の高騰を防ぐ一時的な措置として、ロシア産原油への制裁の緩和を認めたこともプラスに働いた。現在、韓国やタイなども、ロシア産のエネルギー資源や石油関連製品の輸入を真剣に検討しているようだ。
イラン戦争は、ほかにもロシアに利得をもたらした。ロシアは、アンモニアや尿素の輸出でも世界的にシェアは高い。アンモニアは23%、尿素は14%のシェアを持つとみられる。アンモニアや尿素を原料とする肥料でも、ロシアは世界の20%のシェアを持つ。イラン戦争の発生を機に、肥料も世界的に不足が深刻化した。
ロシアにとっては、まさに“棚からぼた餅”だろう。
■「プーチンの時代」はまだまだ続く
ロシアの輸出はホルムズ海峡に依存していない。国内の生産能力の問題はあるだろうが、理論的に世界的に需給が逼迫し、価格が上昇した品目の需要がロシアに向かう可能性は高まった。
石油の輸出増加などは、ロシアの歳入増加を支え戦費継続のみならず、プーチン政権の政策運営を支える。プーチン大統領が経済対策で国内の景気下支えし、支持率が回復することも想定される。イラン戦争は、ロシアの歳入増加などを通して、プーチン大統領の権力基盤の強化に繋がる可能性は高い。
現在、ロシアは近隣諸国との関係修復、対外圧力の拡大に動きつつある。4月、ロシアはハンガリー、トルコ、セルビアと、トルコストリーム・ガスパイプラインの管理体制を強化することで合意した。スロバキアのフィツォ首相は、EUのロシア政策を批判し、ロシアとの関係修復を求めた。
■ロシアの孤立時代が終わり、復権へ
ロシアはバルト3国に対して、戦闘機の領空侵犯を犯すなど圧力を強めている。米国がNATO(北大西洋条約機構)を脱退する懸念が高まる中、周辺国をゆさぶり圧力を強める動きを示している。
ロシアの影響力が拡大することで、ドイツやフランスでも欧州懐疑派の政党が、ロシア制裁の見直しなどを求めることも考えられる。

それは、米国の対ロシア政策の緩和にもつながるかもしれない。今後、ロシアはイランとの関係を強化したり、シリアをはじめ中東諸国や中国、北朝鮮との関係の引き上げを目指すことになるだろう。そうした展開が現実になると、プーチン大統領の権力基盤は一段と強固になる。
■日本に迫る安全保障、エネルギーリスク
イラン戦争によるロシアの石油関連収入増加は、わが国にとって無視できない脅威に繋がる可能性がある。安全保障面では、ロシアとの関係を基礎に北朝鮮が核開発を加速させ、極東情勢の緊迫感が高まることも想定される。
ロシアが原油の供給を絞り、米欧に対して発言力を高めることも考えられる。食料やエネルギー資源を輸入に頼るわが国にとって、こうしたリスクは深刻な打撃をもたらす懸念がある。
わが国は米国と安全保障面での関係を強固にしつつ、オーストラリアやアジア、アフリカ地域からの資源調達を実現させる必要がある。すでに、一部の諸国では、エネルギー面での中東依存の引き下げなどリスク分散を急いでいる。
政府の対応が遅れると、これからさまざまなリスクを乗り切ることは難しくなる。国として、本当の意味でのリスク管理が求められる。それが、本来の意味での政治の役割であるはずだ。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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