縁を断ち切ったほうがいいのは、どのような相手か。浄土真宗本願寺派僧侶の増田将之さんは「本来、縁を良縁にするのも、悪縁にするのも自分次第だ。
ただし自分が『断ち切りたい』と思うような縁を放っておくと、人生を狂わされる可能性すらある」という――。
※本稿は、増田将之『その悩み、ただの執着』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■出会った人とは、いつか別れのときが来る
生きている限り、いろいろな人と出会います。
みんながみんな、好きになれる人、親しくつき合える人とは限りません。親切な人もいれば、憎たらしい人もいる。一緒にいて幸せな人もいれば、不幸に陥れる人もいる。どんな人と出会うかは、自分で制御できないのです。
ならば、受け入れるしかありません。
「自分だけが出会う人にめぐまれないわけではない。みんな、平等に、嫌な人とも出会い、苦しみを味わっている。それが人生なんだ」
と割り切って、心を強く持ちましょう。
間違っても、「なんて自分は“出会い運”にめぐまれないんだろう」などと嘆いてはいけません。
いい出会いへの執着から離れられず、苦しみをより深めることになります。
■別れに幸いあれ
どういう相手であれ、一つ共通していることがあります。それは、
「どんな人でも、出会った人とはいつか別れる運命にある」
ということです。
これは仏教でいう「会者定離(えしゃじょうり)」です。
いくら「大好きな人と別れたくない」と思っても、必ず別れは来ます。つき合いが長くなっても、死という別れは避けられません。
ですから、いまは「ずっと友達でいよう」「いつまでも夫婦仲良く暮らそう」と願っても、気持ちのどこかで「いつか別れのときが来る」と思っておくことが大切です。
そうでないと、別れるときにそれを受け入れ難く、その人との関係に執着してしまいかねません。結果、寂しさ、悲しさを長く引きずることにもなるでしょう。別れのときが来たら、「またね」と、あっさり受け入れるのが一番です。
それに相手が「大嫌いなあの人」なら、「いつか別れる」ことは一種の救いです。
■気の合わない人はどこにでもいる
人間関係の苦しみの一つは、「環境を変えない限り、嫌な人や気の合わない人とつき合っていかなくてはならない」ことにあります。
たとえば職場には、上司でも同僚、部下でも、そりの合わない人の一人や二人はいるでしょう。
実際、会社の同僚とうまくいかない、という相談をよく受けます。
しかし結局どこへ行ったとしても、ものすごく気が合う人ばかりの所に行けるわけでもないし、自分がそう思い込んでいるだけで、逆に一緒にいるのがつらいと思われているのでは、と思うと無限に人間関係で悩みます。そういうときは、
「会者定離。いまの関係は、そのうち別れが来て終わる」
と思えばいいのです。
いずれにせよ、死んで極楽浄土に行けば、人間の好き嫌いはなくなります。ご安心ください。
■縁があれば、また会える
恋人から、別れを告げられる。
配偶者から、離婚を迫られる。
親から勘当される。
このように、自分は望んでもいないのに、相手から突如、関係を“強制終了”させられることがあります。この場合は、どうしても未練が残ります。

いわゆる「自然消滅」なら、心の傷は小さいでしょう。でも一方的に縁を切られると、理由を知りたくなるし、誤解があるならば解いて関係を修復したい。
また、復讐心にかられるかもしれません。頭では「会者定離」とわかっていても、去っていく相手の背中を追いたくなるものです。
しかし「去る者は追うべからず」――。
別れは「縁の切れ目のようなもの」
関係が解消されたというのは、単に結ばれた縁が途切れただけのことですから、淡々と見送ればいいのです。苦しみや悲しみの感情が残るようなら、
「縁があれば、また関係は戻る。自然の流れにまかせよう」
と考えましょう。そうすれば、去る者の背中は遠い未来の点景となっていきます。
つらい感情も幾分癒やされ、未練を時の流れに乗せることができるでしょう。
もう一つ、大事なのは「来る者は拒まず」です。
生きている限り、いろんな人に出会います。
それもまた大事なご縁の一つ。自然の巡り合わせですから、相手がどんな人であれ、受け入れましょう。
去る人もあれば、来る人もある。あれこれ深く考えずに、カラリとした気分でつき合っていくのが一番です。
■縁の良し悪しは自分次第
縁には本来、いいも悪いもありません。良縁にするのも、悪縁にするのも自分次第なのです。
ただ注意していただきたいのは、「縁には一方向に転がる性質がある」ことです。
「良縁は良縁を呼び、悪縁は悪縁を呼ぶ」
実際、いい人と出会うと、次々といい人に出会い、いい人脈が広がることは多いものです。
逆に悪い人に出会うと、そこから転落の人生が始まることが少なくありません。
もし自分が「断ち切りたい」と思うような縁であるなら、それは悪縁です。放っておくと、人生を狂わされる可能性すらあります。
相手を傷つけたくない気持ちが働いて、自分から別れを切り出すのはなかなか難しいものですが、遠慮は無用。
はっきりと“縁切り宣言”をして、すっぱり縁を断ち切ってしまいましょう。
一般的に良縁と呼ばれることは放っておいてもよい方向に転がるので、何も気にしなくて大丈夫ですが、自分自身にとって悪縁かどうかはしっかり見極めることが肝要です。

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増田 将之(ますだ・まさゆき)

浄土真宗本願寺派僧侶、公益財団法人仏教伝道協会職員

1976年、千葉県生まれ。「フリースタイルな僧侶たち」顧問、浄土真宗本願寺派勝満寺、善行寺他にて法務に就く。現在は、公益財団法人仏教伝道協会職員として、お寺とのつながりを築きながら、一般の方への仏教普及に奮闘中。「仏教井戸端トーク」主宰にて各地のお寺でイベントを開催。司会でありながら、登壇者よりも長く話すスタイルが好評。

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(浄土真宗本願寺派僧侶、公益財団法人仏教伝道協会職員 増田 将之)
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