なぜアニメ主題歌はヒットチャートの上位を席巻するようになったのか。音楽評論家の柴那典さんは「2016年の年間2位となったヒット曲、RADWIMPSの『前前前世』が音楽シーンのターニングポイントを示している」という――。

※本稿は、柴那典『ヒットの復権』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「アニメとJ-POPの蜜月関係」の先駆け
2016年には、音楽シーンのターニングポイントを示すヒット曲がある。それが年間2位となったRADWIMPSの「前前前世」だ。
2016年8月に公開された新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』の主題歌として書き下ろされた「前前前世」。この曲は、アニメ主題歌がヒットチャートを席巻する2020年代の「アニメとJ-POPの蜜月関係」の先駆けとなった。画期的だったのは、主題歌が作品の外側を飾るタイアップではなく、物語そのものを駆動するエンジンの役割を果たしたことだ。
楽曲は、映画と共に大きなセンセーションを巻き起こした。映画の国内興行収入は250.3億円を記録。当時の歴代興行収入ランキングで4位となる大ヒットだ。RADWIMPSもこの曲のヒットを機に一躍全国的な知名度と人気を獲得した。
主題歌起用の発端は、もともとRADWIMPSの大ファンだった監督側からの強い希望だった。
プロデューサーの川村元気が両者を結びつけ、初稿段階の脚本を受け取ったRADWIMPSの野田洋次郎が「前前前世」を含む何曲かのデモを書き上げ、新海監督に渡した。
■「前前前世」のヒットは画期的な出来事
楽曲は映画のストーリー構成にも影響を与えた。通例では主題歌はエンドロールやオープニング映像と共に流れることが多い。しかし新海監督は受け取った主題歌を物語の流れの中に組み込んだ。台詞も変わった。疾走感あふれる「前前前世」が流れる時に、主人公たちの心情も高揚し、ストーリーが加速する。そういうミュージカル的な設計になった。
だからこそ、両者のコラボレーションは単に主題歌を作るだけのことに終わらなかった。『君の名は。』では劇伴全曲もRADWIMPSが担当した。バンドサウンドとオーケストラを融合した劇伴のアレンジも野田洋次郎自身が手掛けている。
コラボレーションは一度きりに終わらず、より密な関係へと進展した。
次作『天気の子』、そして『すずめの戸締まり』でも、RADWIMPSが主題歌と劇伴を担当している。
アニメ映画のサウンドトラックをロックバンドが全編担当し、しかもそれが1作品で終わらず、その後も長編で継続的にタッグを組む関係を築くというのは、きわめてユニークな事例だ。そういう意味でも、この曲のヒットは画期的な出来事だった。
■バンドの音楽性を更新するきっかけに
『君の名は。』での共同制作は、野田洋次郎にとってもバンドの音楽性を更新する大きなきっかけになった。筆者はこの年、野田に取材する機会があった。そこで彼はその実感をこう率直に語っている。
「この作品で新海さんと一緒にやったことは本当に大きかったです。それまで自分を客観的に見ていたつもりはあったんですけれど、RADWIMPSという存在、野田洋次郎という存在が他者からどう見えてるのかも初めてちゃんとわかった気がする」(『ダ・ヴィンチ』2017年1月号)
特に大きかったのは、物語の骨格を担う楽曲として新海監督から「ど真ん中」を求められたことだと言う。
「歌詞にしても曲にしても、僕が持っていくものに『もっと真ん中がほしい』と言われたんです。僕が抱いているメジャー感はだいぶ端っこに来てしまってたのかな、みたいな思いはちょっと生まれましたね」
■アニメーション作家とロックバンドの創造性が結びついた
『君の名は。』の主題歌4曲は全てラブソングだ。
公式サイトへのコメントで野田自身がそう明言している。特に「前前前世」には、少年と少女が抱く瑞々しい恋愛感情、思いを寄せる相手に恋い焦がれる気持ちが鮮やかに描かれている。デビュー当初の彼らには「有心論」などそうしたラブソングの代表曲も多かったが、キャリアを重ねるにつれてより哲学的、社会的なメッセージを持つ曲も増えていた。主題歌は、バンドにとって、いわば原点回帰の作風でもある。「頑なに譲らない監督として、新海さんがそういう場所に連れて行ってくれた」と野田は言う。
「だから今の自分なりに、期待されるものと符合する場所を探した。そういう中で発見も一杯ありました。自分だけだったら歌わないだろう歌詞も沢山書いたんです。でも、歌っているうちに『ああ、どこかでこういう言葉を歌いたかったのかもしれない』とも思った。聴かれる喜びをもっと大事にしていきたいという、当たり前のことを思うようになったんです」
ただ単に映画とその主題歌がヒットしただけではない。新海と野田は互いにポジティブな影響を与え合っていた。両者の間には、これを機に深い信頼関係とクリエイティブな協働関係が生まれた。
「タイアップ」とは、本来「結びつける」という意味である。
『君の名は。』は、商業的な要請だけでなく、アニメーション作家とロックバンドの創造性が本質的に結びついたアニメタイアップとなった。そのことに最も大きな意義があった。
■『るろうに剣心』と「そばかす」
しかし、こうした成果に結びつくアニメタイアップは、それまで非常に稀(まれ)だった。
アニメソングの歴史は古い。『鉄腕アトム』など1960年代の黎明期から主題歌が親しまれてきた。1980年代には杏里の「CAT’S EYE」やTM NETWORKの「Get Wild」などタイアップの主題歌がヒットした。1990年代に入ると多くの人気アーティストがアニメ主題歌を手掛けるようになる。しかし、その中には作品の世界観やストーリーと密接に結びつく楽曲は決して多くはなかった。むしろアニメの内容と歌詞の内容やテイストがチグハグなものもあった。
たとえば『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―』の初代オープニングテーマだったJUDY AND MARY「そばかす」はその有名な例だ。
バンド最大のヒットとなったこの曲。ただ「おもいきりあけた左耳のピアス」など、歌詞が描く情景は『るろうに剣心』の世界観や登場人物とはかけ離れている。
なぜそうなったのか。リーダーの恩田快人に、この曲について話を聞いたことがある。彼は楽曲制作の経緯をこう語っていた。
「3枚目の『MIRACLE DIVING』というアルバムを作り終わったときに、確かソニー・ピクチャーズが初めて手掛けた『るろうに剣心』というアニメのタイアップ曲をお願いしたいという話が来たんです。そこで急遽作ることになったんですね。タイアップありきだったし、スタッフの皆さんから『JUDY AND MARYらしい、はじける、パワフルで楽しい曲を』とも言われて。1週間くらいすごく悩みました」(音楽ナタリー「ろん『ろんかば―J-POP ZOO―』特集 ろん&恩田快人インタビュー」2015年8月25日掲載)
■テレビ露出の「機会」だった
制作時間も短く、かつアニメ主題歌であることを踏まえたオーダーは与えられていなかった。だからこそ恩田は「JUDY AND MARYらしい曲」を書き下ろした。「『そばかす』では、もう一度YUKIちゃんにパワフルではっちゃけた、元気な感じを出してほしいって、歌入れのときにお願いした記憶がありますね」と恩田は語っている。
この時代のアニメ主題歌タイアップは、作品の「主題」を表現するものではなく、あくまでテレビ露出の「機会」としてしか捉えられていなかった。
そもそも90年代のCDバブル全盛期、多くのタイアップは商業的な戦略の賜物だった。アニメだけでなく、CMやドラマにしても、とにかくテレビで繰り返し曲を露出させ、それによって曲の知名度を上げてヒット曲を生むという方法論に重点が置かれていた。
■「とにかく話が急」な時代
『スラムダンク』のエンディングテーマ「あなただけ見つめてる」を書いた大黒摩季にも、当時のタイアップ事情について話を聞いたことがある。彼女はブレイクのきっかけになった「DA・KA・RA」の制作背景をこう語っていた。
「事務所でとあるCMのプロデューサーに会ったんです。その人には食えない時代にも仕事をいただいて、お世話になっていて。『いいCMの話があって、ビーイングさんに来たら曲があると思って来たんだけど、もうないと断られた』って言うから、『いつまでになにをしたらいいですか? やりますよ、恩返しとして』『明日の昼までにお願い』なんて話をして。それで寝ないで作ったのが、“DA・KA・RA”なんです」(CINRA.NET「大黒摩季はなぜ復帰した? バブル時代も主婦の気持ちも知る女の歌」2016年11月25日掲載)
「そばかす」にしてもこの曲にしてもそうだが、大きなタイアップ案件なのに、とにかく話が急なのである。
「あなただけ見つめてる」の主人公は、付き合う彼の好みに合わせて「サッカーさえも好きになったわ」と歌う女性だ。バスケをテーマにした『スラムダンク』の世界観にはそぐわない歌詞である。しかしアーティストにその責任があるわけではない。スタッフからアーティスト側にアニメの情報や世界観が十分に共有されていなかったケースもあるだろうし、もともと作品と関係なく制作していた楽曲が起用されたケースも多かったはずだ。つまりは「そういう時代だった」ということなのだろう。

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柴 那典(しば・とものり)

音楽評論家

1976年神奈川県生まれ。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーや社会批評の分野にて執筆やインタビューを手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)など。ブログ「日々の音色とことば」Twitter:@shiba710

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(音楽評論家 柴 那典)
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