いわゆる「ラブドール」(ダッチワイフ)のような大型のものを他のゴミといっしょに廃棄すると死体遺棄と間違われ警察が出動する騒ぎに発展することもある。最新刊『それ、死後もお宝ですか?』(集英社インターナショナル)の著者であるノンフィクションライターの古田雄介さんは「廃棄するなら、専門の処理サービスに依頼するのが安全だ。
一部のドール製造会社では“里帰り”サービスとして1体6000円+送料で引き受けている。また、人間の葬儀と同様の僧侶が取り仕切り弔いの儀式をするケースもある」という――。
■ラブドールと別れる専門サービス
東大阪市にある閑静な住宅街の一室。普段は撮影スタジオに使われている白い部屋には燭台などが乗った経机が置かれ、壁際には4体のラブドールが座位で並べられていた。そのうち中央の2体はこれから行われる儀式の主役だ。左右の2体はスタジオ常駐のドールであり、儀式の立会人、あるいはスタッフの役割を担っているという。
これは「ドール葬儀社」の合同葬の光景だ。このラブドールを弔う儀式に立ち会わせてもらったのはちょうど1年前のこと。フォトグラファーの新レイヤさんが2020年に始めたサービスで、ドールのオーナーが立ち会うフルスペックの単独葬儀(エンジェルプラン)なら9万9000円、今回のような合同葬スタイルなら1体3万3000円で請け負っている。
葬儀は正式に修行を積んだ僧侶が取り仕切る。袈裟を着た佇まいも、読経も人間に対する場合と違いはない。僧侶はドールの膝に守り刀を置き、経机の前に正座。
しばしの静寂の後、お鈴(りん)を鳴らし、よく響く低い声で20分ほど経を詠みあげる。
前提としているのは、人に大切にされてきたモノには自然と魂が宿るとする「自然開眼(しぜんかいげん)」という考え方だ。読経によってドールから魂を抜き、その魂を仏門に導くことで成仏させるという。
■人間でもモノでも変わらない
魂は本質的に人間でもモノでも変わらないのだから、魂抜きの儀式に本質的な違いは生じないというわけだ。合同葬の後、僧侶から聞いた言葉はいまもはっきりと記憶に残っている。
「(等身大のドールは)人間の気持ちが入りやすい。いとも簡単に入りますよね。だって家族ですもん。その家族を手放したら、モノ扱いで粉砕されてしまう。その前に人として御招魂(魂)を抜くということが重要になってくるんじゃないでしょうか」
そうして魂が抜けたあとの“身体”は、丁寧に分解して廃棄処分してくれる産廃業者に直接持ち込む。
弔われるドールは艶やかなドレスを纏い、経にも守り刀にも当然ながら反応しない。ややもすればキッチュに映ってしまう。
しかし、すべての工程を真剣に行うことで張り詰めた空気を作り、儀式としての説得力を保っていると感じた。絶妙なバランス感覚で成立しているサービスといえる。
お別れの儀式としての力を頼りにしている人たちがいる。どんな思いを抱えているのか。拙著『それ、死後もお宝ですか?』を刊行した一週間後の2026年4月初旬、改めてインタビューを申し込み、新さんに教えてもらった。
■愛されたドールは梱包を解けばすぐわかる
依頼件数は年単位でみると10件強ほどだという。コンスタントに全国から新規の依頼が届いており、そのペースは2020年から安定している。春に依頼が集中するのも当初からだ。
「春って別れのシーズンでもあるので。転勤や引っ越しなどで環境が変わったりして、どうしてもドールを手放さないといけなくなって、ウチのたどりつくというのがひとつのパターンなのかなと思います」(新さん、以下同)
依頼者の年代は40~50代が中心。職場の配置換えが起きたり、老親の面倒をみるために生活スタイルを変えたりする必要に迫られることが多い年代だ。自分自身の健康や体力に不安を感じる時期でもあり、タイプによっては30kg以上する成人型ドールの取り扱いに不安を感じ始める人も少なくないという。

しかし、等身大サイズのドールを手放すのは簡単ではない。精液が残存していたら医療廃棄物になってしまうのでふだんから丁寧な清掃は欠かせないし、きちんと整えても通常の粗大ゴミとしては出せない。基本的には専門の引き取りサービスを頼ることになるが、そこに不安を感じる人が少なからずいる。
「雑に廃棄される不安もありますが、きれいにしたあとに転売されるとか、引き渡し先で使われてしまうといったことも実際にあります。検索すれば専門サービスが見つかりますが、信用できるか否かを見定めるのはやっぱり難しいですよね。ウチも実店舗で看板を出しているわけじゃないので、『本当に大丈夫か?』と不安になりながら連絡してくれていると思います」
依頼主の真剣さやドールを大切に思う気持ちは、届いたドールの梱包を解くとすぐに分かるという。
「いつも『段ボールの中に入るだけ入れていいですよ』と伝えているんですが、愛着が深い人はその子に着せていた服を一緒に詰めていたり、手にブーケを持たせたり。本当に宝物なんやなって伝わってきます」
当然、ドールの状態もきれいに保たれている。性的な道具という関係性をとうに超えているのもよくあることで、届くドールのうち7割は性交渉の痕跡が見られないという。
「ドールは大切に扱っていても、まずまつ毛や爪にほころびが出ます。指を含めた関節も壊れやすいですね。大切にしてきた人のドールはそのあたりが本当にきれいで、慣れないうちに関節を傷めてしまった場合もきちんと補修されていたりします」
ドール葬儀社に届くのは、そうした「愛されたドール」が多い。
物理的な処理だけでなく、注いだ愛情にピリオドを打てるような何かを求める人ほど、その儀式性を求めるという表れなのかもしれない。過去には単独葬に立ち会っている最中に泣き崩れる人や、別れがあまりに惜しくなって式の後に再び引き取った人もいたという。
■公認されない悲嘆と願望
新さんは、他にもラブドールになりきった依頼者を被写体とする「人間ラブドール製造所」や、依頼者が望んだシチュエーションで死者となってもらう「シタイラボ」など、ユニークな撮影パックを提供している。
それぞれ客層や求められる要点は異なるが、普段は表に出しにくい願いを真正面から受け止めてくれるサービスであるところは通底している。ドール葬儀社にしてもそうだ。
意識的にそうした取り組みを増やしたのではなく、結果的にそうなったのだと新さんは言う。
「なかなか人に言えない事情や思いを持った方から依頼をいただくことが多いのは確かです。なんでしょう、何も言わずに、こう、肯定されると言いますか、受け入れられると言いますか。そうしたサービスを求める方はたぶん昔からいて、いまはネット検索などでつながりやすくなったところはあるのかなと思います」
看護や葬祭に関わる用語に「公認されない悲嘆(Disenfranchised Grief)」というキーワードがある。流産やペットロス、有名人の死、所属していた団体からの卒業、持ち物の処分など、個々人にとっては大きな悲嘆を伴う喪失体験であっても、周囲からの理解が得られにくい。そんな状況や感情を指す言葉だ。
新さんが提供するサービスは、この「公認されない悲嘆」と、そこに近接する「公認されない願望」を構わず受け入れるところがあるように感じる。
そう伝えると新さんは「そうかもしれませんね」と頷いた。
「たぶんフラットなんですよね。とりあえず先入観や偏見は持たないし構えない。身内の人ほど受け入れにくい一面であったり、コレクションであったりをお持ちの方もいらっしゃると思います。そこにほどよい距離感があって、偏見なしに受け入れるサービスがあれば、ちょっと心地良いかもと思って活動しています」
前出の拙著でも複数の事例を取り上げたが、距離が近いからこそ受け入れてもらえない内面であったりコレクションであったりを抱えている人は少なからずいる。
そして、その人がこの世を去ったとき、内面を綴った日記や匿名アカウントのSNS、そしてコレクションなどが「公認されない遺品」となって、家族を苦しめたり、誤解を生んで持ち主の名誉を傷付けたりすることもある。
ドール葬儀社にも遺族から依頼メールが届いたことがある。「気持ち悪いからすぐ引き取って処分してください」と言われたそうだ。新さんは「事情を知らない家族からしたら、ただの変態ってことになるんですよ」と振り返る。
人生を豊かにしてくれたコレクションが、残された人たちに「気持ち悪い」と嫌悪されることもある。おそらくは発生しなくてもいい幻滅だ。
防ぐ手立てはコレクションのタイプやとりまく環境、個々人の関係性によって変わるだろうが、先々に打てる手はある。
元気なうちから頼る先を見つけておくこともそのひとつだ。

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古田 雄介(ふるた・ゆうすけ)

ノンフィクションライター、デジタル遺品を考える会代表

ノンフィクションライター、デジタル遺品を考える会代表。1977年、愛知県生まれ。名古屋工業大学工学部社会開発工学科卒業後、ゼネコンと葬儀社勤務を経て雑誌記者に。2007年にフリーランスとなり、2010年から亡くなった人のサイトやデジタル遺品についての調査を始める。著書に『ネットで故人の声を聴け 死にゆく人々の本音』(光文社新書)、『故人サイト 亡くなった人が遺していったホームページたち』(鉄人文庫)、『バズる「死にたい」 ネットに溢れる自殺願望の考察』(小学館新書)、共著に『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版)など。

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(ノンフィクションライター、デジタル遺品を考える会代表 古田 雄介)
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