※本稿は、奥田昌子『最新 欧米人とはこんなに違った日本人の「体質」』(ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
■日本は胃がん発症率が高い
胃がんは日本を含む東アジアで非常に多く、欧米で少ないがんです。2020年の国際統計によると、世界で胃がんの発症率が高いのは、男性が日本、モンゴル、韓国、キルギスの順、女性はモンゴル、タジキスタン、韓国、日本の順でした。キルギスとタジキスタンは中国の西にある中央アジアの国です。西欧や北米の国の発症率は日本のおおむね10分の1でした(*1)。
日本で胃がんが多いのは今に始まったことではありません。1998年に肺がんに抜かれるまで、日本人のがんによる死亡の不動の1位が胃がんだったのです。その後、早期発見、早期治療できるようになったことで、図表1の上のグラフに見るとおり、胃がんは発症率も、亡くなる人の割合もおだやかに下がってきました。データは年齢で調整してあります。そして、図表1の下のグラフは、時代を追うごとに胃がんの発症のピークが遅くなったことを示しています。
※編集部注:外部配信先ではハイパーリンクや図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際はPRESIDENT Online内でご確認ください。
それでも胃がんの脅威は消えていません。東アジアで胃がんが多いと聞いて、「ピロリ菌に感染している人が多いのかな」と思った皆さん。するどいですね。日本はピロリ菌に感染している人の割合が先進国のなかで最も高いことが知られています。
■ピロリ菌感染は井戸水が原因
ピロリ菌、正式にはヘリコバクター・ピロリ菌は胃の粘膜に生息する細菌で、日本では50歳以上を中心に約2人に1人が感染していると言われています。
大人はピロリ菌が体に入っても、免疫の力で追い出すことができます。そのため感染はだいたい12歳までの子どもに起こり、いったん感染するとピロリ菌が自然に出ていくことは、まずありません。日本で50歳以上にピロリ菌感染者が多いのは、水道が整備されていなかった時代に井戸水を飲んだことがおもな原因と考えられています。日本の上水道が90%以上普及したのは1980年前後のことです。
ヘリコバクターの「ヘリコ」は、ヘリコプターのヘリコと同じく、螺旋という意味です。その名のとおり、ピロリ菌はアルファベットのSの字状に曲がり、触手のような毛が数本はえた姿をしています。
感染しても、ほとんどの人は自覚症状がありませんが、ピロリ菌は胃の粘膜に注射針のようなものを突き刺して、毒性のもとになる蛋白質を注入します。図表2を見てください。蛋白質が細胞に入ると遺伝子に変異が起きて、これが発がんにつながると考えられています(*2)。また、ピロリ菌の感染によって複数の遺伝子にエピジェネティクス変化が起きることもわかっています。
■欧米型より厄介な「東アジア型」
日本でおこなわれたコホート研究から、ピロリ菌に感染している人は、感染していない人とくらべて、胃がんの発症率が約5倍高いことが判明しています。その逆にピロリ菌をうまく除菌できれば、その後の胃がんの発症率は除菌する前の3分の1になります。
ピロリ菌が、胃がんに加えて鉄欠乏性貧血、慢性蕁麻疹、糖尿病、さらにはアルツハイマー型認知症の発生を促す恐れがあることから、ピロリ菌に感染している人はすみやかに除菌治療を受けることが望まれます。
ただ、日本で胃がんが多いのは、ピロリ菌の感染率が高いからだけではないのです。じつは、ピロリ菌には大きく分けて東アジア型と欧米型があり、東アジア型のほうが胃がんを起こす力が強いことが明らかになっています。これに対して欧米型のピロリ菌は、胃の粘膜を傷つけることがあまりありません。
胃がんのうち、約10%はスキルス胃がんという特殊ながんです。スキルスとはギリシャ語で「硬い」という意味で、胃の壁が硬く、厚くなることがその名の由来です。進行が速いうえに早期発見が難しく、治りにくいがんです。本稿では、スキルス胃がんをのぞいた、通常の胃がんについて説明します。
■日本人の胃は“植物向け”でがんになりやすい
そして、ピロリ菌のタイプだけでなく、日本人は胃が欧米人と異なります。まずは胃の形と機能です。図表3に日本人と欧米人に多い胃の形の模式図を載せました。日本人の胃は、たいてい鉤のような形をしています。
鉤とは物を吊り下げるためのフックのこと。縦に長くて先が曲がっているため逆流しにくく、出口が少し高い位置にあるので食物をしっかりためて消化できます。
胃の形が異なる背景にあるのが伝統的に食べてきたものの違いです。日本人の食生活は木の実や穀物などの植物が中心でした。栄養素で言うと炭水化物です。食物繊維が多く含まれているために、胃のぜん動によってドロドロになるまで処理してから腸に送る必要があります。
これに対して欧米人は肉食が中心でした。蛋白質と脂質の消化は小腸が舞台なので、胃での処理を手早く終えて、食物を腸に送り出すほうがよいのです。そのため欧米人の胃は胃酸を大量に分泌し、壁が厚いので食物を力強く押し出すことができます。胃は形も機能も、食べてきたものに合わせて進化してきたということです。
■O型は胃がんになりにくい
うまくできているものですが、残念ながら日本人の胃は、がんになりやすいのです。これまでの調査から十二指腸潰瘍の患者さんは胃がんが少ないことが知られていました。
このうち一方の遺伝子は、変異があると十二指腸潰瘍の発症率が上がると同時に、胃がんの発症率が半分近くまで下がります。そしてもう一つは、なんと血液型を決めるABO遺伝子でした。O型の人は、A型の人とくらべて十二指腸潰瘍に1.4倍なりやすかったのです。他の研究と合わせて考えると、O型の人は十二指腸潰瘍を起こしやすい代わりに、胃がんになりにくいようです。
血液型占いには科学的な根拠はないとされていますが、今回の研究は非常に厳密におこなわれたものです。血液型を決める遺伝子は血液の中の赤血球だけでなく、十二指腸を含むさまざまな組織で作用していることがわかっています。今後、研究が進むにつれて、血液型と病気のなりやすさについて、意外な事実が明らかになるかもしれません。これは将来のお楽しみとしましょう。
この論文の研究者らは、2つの遺伝子に変異が起きている人の割合を、日本人を含む11の人種で調べました。すると案の定、胃がんになりやすくなる組み合わせで遺伝子を持つ人が最も多いのが日本人でした。感染するピロリ菌の毒性が高いうえに、胃がんを発症しやすい遺伝的素因を持つ人が多いことが、日本で胃がんが多発する大きな原因と言えます。
■発症率が高いのは男性、原因はタバコ
日本でピロリ菌に感染している人の割合は男性も女性も同じです。しかしながら、日本だけでなく世界のどこでも、胃がんの発症率は明らかに男性のほうが高いのです。なぜ、こんな「不公平」が起きるのだと思いますか?
その原因はすでに解明されています。一つがタバコです。日本で実施された多数の調査結果を総合的に分析した研究から、喫煙によって胃がんの発症率が高くなるのは確実という結論が得られています。タバコの煙には発がん性物質が70種類以上含まれていますから、当然と言えば当然でしょう。発がん性物質は細胞の中でDNAと結びつき、遺伝子変異を起こします。また、タバコが遺伝子のエピジェネティクス変化を促すという報告もあります。
喫煙による胃がんの発生は、ピロリ菌に感染しているかどうかとは無関係に起こり、日本人男性の胃がんは約6割がピロリ菌の感染、約3割が喫煙によるものと推定されています(*4)。そのためピロリ菌に感染している人がタバコを吸うと、感染しておらず、喫煙もしない人とくらべて恐ろしいことに胃がんの発症率が11倍以上高くなります。
日本は先進国のなかで男性の喫煙率が高い国でした。それがようやく2022年の統計で25.4%まで下がりました。この年の韓国とフランス人男性の喫煙率は30%台、米国は22.7%、英国は15.0%でしたから、なんとか欧米グループの仲間入りを果たしたと言えそうです。しかし、同じ調査で日本人女性の喫煙率は7.7%でした。これでは発症率に差があるのも納得です。
■「タバコ×緑茶ポリフェノール」でまさかの発症率↑
日本人は胃がんに弱いのですから、やはり禁煙が不可欠です。とはいえ、喫煙率が下がっても、胃がんが目に見えて減少するには20年はかかるという試算があります。これは「タバコ病の流行モデル」と呼ばれる理論で、多くの国で、喫煙率のピークの30年後に肺がんによる死亡率がピークになったことを根拠にしています。本書で紹介したように、がんは長い期間をかけて発生するため、減少するまでに時間のズレがあるのです。この理論は喫煙を原因とする他のがんにもあてはまることから、喫煙による胃がんはしぶとく続きそうです。
男性の喫煙者がこうむる損失はまだあります。日本で12年かけておこなわれた調査から、緑茶に含まれるポリフェノールに胃がんの発生を抑える効果があるとわかりました。ポリフェノールは悪玉LDLの酸化を防ぐと考えられていて、緑茶にはポリフェノールの一種であるカテキンが入っています。実際に女性に関しては、緑茶ポリフェノールの濃度が高いグループは、最も低いグループとくらべて胃がんの発症率が70%も低くなりました。
ところが男性はこの効果が認められなかったばかりか、逆に発症率が上がる傾向すら見られました。研究者らは男性と女性の喫煙率の違いが関係するのではないかと考え、今度は性別ではなく、タバコを吸う人と吸わない人に分けて分析しました。すると、緑茶ポリフェノールの摂取量が増えると、非喫煙者は胃がんの発症率が3分の1になったのに対して、喫煙者は逆に発症率が2倍以上高くなりました。タバコを吸っていると緑茶ポリフェノールの効果がなくなるどころか、逆効果になる恐れがあるということです(*5)。
詳しい研究はこれからですが、研究者らは、「胃がん予防を考えるなら、まず禁煙を」と述べています。
■塩分摂取が増えるにつれて発症率↑
日本を胃がん大国にした原因はまだあります。日本は胃がんが多いと言っても地域差があり、2019年に公表された「全国がん登録の概要」によると、あらたに胃がんと診断された人の割合が最も高かったのは新潟で、秋田、山形、富山、鳥取が続きました。逆に発症率が最も低かったのは沖縄で、ついで鹿児島、熊本、大分、宮崎の九州勢でした。
東北と日本海側の地域は塩分の摂取量が多いことが以前から知られていました。そのため、参加者を塩分摂取量で5つのグループに分けたうえで、10年間にわたって胃がんの発症率を調べる研究が実施されています。
すると、男性は塩分摂取量が増えるにつれて胃がんの発症率が上がり、最大で2倍以上になりました。図表4を見てください。この傾向は女性では認められませんでしたが、まだ最終的な結論が出ていないので、女性の結果は参考にとどめてください。
塩が胃がんを招くのは、塩によって胃の粘膜が荒れて、ピロリ菌の影響を受けやすくなるからとされています(*6)。男性は味の濃い外食をとる機会が総じて女性より多いため、これも胃がん発症率の男女差につながっていると考えられます。
■「肉と果物の組み合わせ」が発がんを防ぐ可能性
先に見たように、米国で各人種の胃がん発症率を調べたところ、最も高いのが日系人を含むアジア系で、欧州系との差は5倍以上にのぼりました。これをさらに、世代別に比較した調査があります。図表5は、日本で暮らす日本人、米国に移住した日系一世、日系二世、米国人の胃がんによる死亡率を年齢を追ってグラフにしたものです。
これを見ると、日本で暮らす日本人より日系一世、日系一世より日系二世のほうが死亡率が低く、米国人に近づいていることがわかります。
このデータをおさめた本が出版されたのは1985年です。日系一世は日本生まれなので、おそらく大部分の人がピロリ菌に感染していたでしょう。それなのに胃がんによる死亡率が低いのは、一つには米国式の食生活になじんだことで塩分摂取量が下がったからと考えられます。
これとは別に、ブラジルに移住した日系ブラジル人の調査から興味深いことがわかりました。日系ブラジル人は牛肉の摂取量が多く、毎日牛肉を食べるグループは、1週間に3回未満のグループと比較して、胃がんの発症率が4倍も高くなります。ところが果物を毎日食べると発症率が半分になるのです(*7)。
■果物の抗酸化物質が影響しているか
日本で暮らす日本人は、牛肉を含む赤肉の摂取で大腸がんと、おそらくは胃がんの発症率が上がります。赤肉が発がんと関係するのは、肉に含まれる蛋白質と、他の食品に入っている硝酸塩という物質が化学反応を起こして発がん性物質ができるからと考えられていますが、まだ十分には解明されていません。この反応は酸性だと起きやすいため、胃酸によって強い酸性になっている胃の中は恰好の舞台です。
研究者らは、日本人の血が入っていない欧州系ブラジル人についても同じ調査をしましたが、欧州系ブラジル人は牛肉をしっかり食べても胃がんの発症率が大きくは上がりませんでした。ここにも人種差がありそうです。
そして果物が肉の摂取による発がんを防ぐ背景に、抗酸化物質があることがわかってきました。抗酸化物質の代表はビタミンC、ビタミンE、β-カロテン、赤ワインで有名になったポリフェノール、大豆サポニンで、発がん性物質の合成を抑え、がんの予防に効果があるとされています。
果物だけでなく野菜も有効で、とくにキャベツやカリフラワー、ブロッコリーなどのアブラナ科の野菜を多く食べる人は、悪いエピジェネティクス変化が起こりにくいという報告があります(*8)。
■遺伝的になりやすい日本人、生活習慣の見直しを
野菜と果物の効果は日本で暮らす日本人でも確かめられており、胃がんの発症率が最大で25%くらい下がります。それが日系ブラジル人だと発症率が半分にまでなるのは、牛肉を頻繁に食べる分、発がん性物質ができやすいからかもしれません。
こう聞くと、ビタミンCやβ-カロテンなどのサプリメントに期待したくなりますが、今のところ、サプリメントが有効だったことを示す研究結果は得られていません。
日本人は胃がんが発生しやすい遺伝的素因を持っており、そこに東アジア型のピロリ菌への感染、喫煙、塩、肉、野菜と果物の摂取などの環境要因が影響をおよぼすことで実際に胃がんを発症します。ピロリ菌の除菌は重要ではありますが、胃がんを完全に防ぐには、除菌した人も、初めから感染していない人も、生活習慣を見直すことが大切です。
(参考文献)
*1 胃がんはアジアを中心に世界の重大な健康課題である
Ilic M. and Ilic I., “Epidemiology of stomach cancer.”, World J. Gastroenterol., 28(12) (2022).
*2 ピロリ菌の病原蛋白質CagAが胃がんを引き起こす
Suzuki M. et al., “Helicobacter pylori CagA Phosphorylation-Independent Function in Epithelial Proliferation and Inflammation.”, Cell Host Microbe, 5(1) (2009).
*3 十二指腸潰瘍になりやすいが胃がんになりにくい遺伝子がある
Tanikawa C. et al., “A genome-wide association study identifies two susceptibility loci for duodenal ulcer in the Japanese population.”, Nat. Genet., 44(2012).
*4 喫煙は独立した胃がん発症要因である
Nishino Y. et al., “Tobacco Smoking and Gastric Cancer Risk: An Evaluation Based on a Systematic Review of Epidemiologic Evidence among the Japanese Population.”, Jpn. J. Clin. Oncol., 36(12) (2006).
*5 緑茶の胃がん予防効果は非喫煙が前提である
Sasazuki S. et al., “Plasma Tea Polyphenols and Gastric Cancer Risk: A Case-Control Study Nested in a Large Population-Based Prospective Study in Japan.”, Cancer Epidemiol. Biomark. Prev., 17 (2) (2008).
*6 塩分摂取はピロリ菌感染率と胃がん発症率を高める
Balendra V. et al., “High-Salt Diet Exacerbates H. pylori Infection and Increases Gastric Cancer Risks.”, J. Pers. Med., 13(9) (2023).
*7 日系ブラジル人の胃がん対策は牛肉が危険、果物が有効
Hamada G. S. et al., “Risk Factors for Stomach Cancer in Brazil (II): a Case-control Study among Japanese Brazilians in São Paulo.”, Jpn. J. Clin. Oncol., 32(8) (2002).
*8 アブラナ科の野菜で胃がんを予防できる
Wu Q.-J. et al., “Cruciferous vegetable consumption and gastric cancer risk: a meta-analysis of epidemiological studies.”, Cancer Sci., 104(8) (2013).
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奥田 昌子(おくだ・まさこ)
内科医
京都大学大学院医学研究科修了。京都大学博士(医学)。博士課程にて基礎研究に従事。生命とは何か、健康とは何かを考えるなかで予防医学の理念にひかれ、健診ならびに人間ドック実施機関でのべ30万人以上の診察/診療にあたる。海外医学文献と医学書の翻訳もおこなってきた。航空会社産業医を兼務し、ストレス対応を含む総合診療を続けている。著書に『これをやめれば痩せられる』(東洋経済新報社)、『欧米人とはこんなに違った日本人の「体質」』(講談社ブルーバックス)、『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎新書)など。
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(内科医 奥田 昌子)

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