■賃上げ続きで世代間の賃金格差が縮小
深刻化する人手不足や長期化する物価高への対応を背景に、今年の春闘でも高い賃上げ率が続き、3年連続での前年比+5%超えが実現しそうだ。
日本労働組合総連合会(連合)が5月12日に公表した第5回回答集計によると、今年度の春闘賃上げ率は前年比+5.05%と、昨年度の同時点の+5.32%からは伸びが鈍化したものの、引き続き+5%を上回っている。

高い賃上げ率が続いていることと同時に、このところ世代間の賃金水準の格差が縮小している点が注目されている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査をもとに、25~29歳の賃金を100とした各年齢層の賃金水準を年ごとに曲線で示したグラフ(賃金カーブ)をみると、ここ10年ほどで若年層と中高年層の賃金水準が近づいたことで、曲線の傾きが小さくなっている(賃金カーブがフラット化している)ことが分かる(図表1)。
賃金カーブがフラット化している背景として、企業の賃金体系が年功序列型から成果主義型へと移行しつつあることがしばしば指摘される。
日本ではこれまで、勤続年数や年齢などを基に賃金が決定される、年功序列型の賃金体系が多くの企業で採られてきた。しかし近年は、労働市場の流動化などの影響から、職務・能力・成果を重視する成果主義型の賃金体系への移行が徐々に進んでいる。
厚生労働省の就労条件総合調査によると、基本給の決定要素として「学歴」や「年齢・勤続年数」を挙げた企業の割合は2017年から2022年にかけて減少している一方、「職務遂行能力」や「業績・成果」を挙げる企業の割合は増加している。
■取り残される氷河期世代
確かに、こうした賃金体系の変化によって、年齢が賃金に与える影響が低下していることは、賃金カーブのフラット化の一因と言えるだろう。しかし、それ以上に重要な要因として、「就職氷河期世代」の存在による影響が無視できない。
就職氷河期世代とは、1990年代初頭のバブル崩壊や1990年代後半の金融危機を受けた、日本経済の長期的な不況の影響で就職難となった時期に就職活動を行った世代を指す。2019年の内閣府の定義によると、1993~2004年に入社した世代が該当するとされており、大卒であれば1970~80年代前半生まれで、2026年現在は44~55歳前後となる。
この世代は、就職活動時の就職難に加えて、その後の日本経済の長期的な低迷の影響などから、その前後の世代と比較して、キャリアを通じて賃金が低水準に抑えられてきた。このような世代特有の影響(コーホート効果)によって低賃金に苦しめられている世代が、一般的に賃金水準が最も高くなる50歳前後に達していることで、賃金カーブのピークが低水準に抑制されていることが、フラット化の主な要因となっている。

また、近年は高水準の賃金上昇率が続いていることは既に指摘したが、就職氷河期世代はそうした賃上げからも取り残されている。
■「45~49歳」以上では+2%前後にとどまる
厚生労働省の賃金構造基本統計調査をもとに、5歳ごとに分類した年齢階級別の所定内給与(いわゆる基本給)の伸びをみると、2025年は「40~44歳」以下の年齢層で+4%前後の高水準となっている一方、「45~49歳」以上では+2%前後の伸びにとどまっている(図表2)。
そもそも賃金上昇率は若手世代のほうが高めになる傾向があるものの、2015年時点の各年齢階級の賃上げ率と比較した上昇幅で見ても、「40~44歳」以下の年齢層の賃上げ率が大きく上昇していることが分かる。
このように賃上げの恩恵が44歳以下の世代に集中している背景には、人口動態の影響により、人手不足が若年層ほど深刻であることがある。
日本では少子高齢化が年々深刻化し、日本人人口は2010年をピークに減少に転じているが、出生数は一定のペースで減少しているわけではなく、世代ごとに波がある。年代別の日本人の人口動態を見ると、いわゆる団塊ジュニア世代と呼ばれる1970年代前半生まれに山があることが分かる(図表3)。
この世代が足元で50代に差し掛かっていることから、日本人全体の人口減少が進む中でも、50歳前後の人口はここ20年でほとんど減っていない一方で、20代~30代の人口は大きく減少している。
■50代以上は「過剰」とする企業が多数派
企業側の人手不足感からも、こうした状況が見て取れる。パーソル総合研究所が2025年に実施した、年齢階層別の正社員の人手不足状況を企業に尋ねたアンケート調査では、30代までの正社員は「不足している」との回答が大多数を占めている一方、50代以上については「過剰である」との回答が「不足している」との回答を上回った。
こうしたことを踏まえると、賃金カーブがフラット化している(世代間の賃金格差が縮小している)ことは、日本社会がより平等になっていることを意味しているとは言い難い。一見すると平等になっているようで、むしろ特定の世代が犠牲となっている結果であると言えよう。
■同世代内の賃金格差はむしろ拡大
また、世代間の賃金水準の格差が縮小している一方で、同世代内での賃金格差はむしろ広がっている。

5歳ごとの各年齢階級の中で、賃金水準の上位10%と下位10%を除いた中間の80%に位置する人々の所定内給与のばらつきを見ると、30代後半から50代前半の年齢層を中心に、2006年時点よりも2025年時点のほうがその範囲が広がっていることが分かる(図表4、棒グラフの縦の幅)。いわば、賃金カーブは「フラット化」と同時に「ワイド化」が進んでいる状況だ。
この要因としては、上述の年功序列型から能力・成果主義への賃金体系の移行に加え、デフレからの脱却や「金利ある世界」への回帰といった日本経済の正常化が進展する中で、賃上げを積極的に行うことができる企業と、そうでない企業との差が明確になっていることなどが考えられる。
企業ごとの差が明確になることは、基本的には望ましい現象だと言える。①賃金の低い(≒生産性の低い)企業から、より賃金の高い(≒生産性の高い)企業へと労働者が集まりやすくなるという分配の面と、②労働力不足をカバーするための生産性向上に向けた投資が促進されるという競争の面から、経済全体の生産性も高まりやすくなると考えられるためだ。
もっとも、過度な格差の拡大は社会の不安定化といったデメリットをもたらすため、社会保障などのセーフティネットやリスキリングによる転職支援といった、国・地方自治体による公的なサポートの拡充が欠かせない。
■金融資産の保有残高でも
賃金に加え、家計が保有する金融資産の大きさでも、世代間格差の縮小と世代内格差の拡大の同時進行という現象が起きている。
日本では、かつては株式・株式投資信託の保有残高は高齢者世帯に集中していたが、NISA(少額投資非課税制度)の浸透などをきっかけに、株式投資を行う現役世帯が増加したことで、保有残高の差が縮小している。
総務省の家計調査(貯蓄・負債編)をもとに、1世帯当たりの株式・株式投資信託の保有残高をみると、コロナ禍前の2019年時点では50~59歳の世帯が平均で143万円であった一方で、29歳以下の世帯では平均で13万円にとどまっており、10倍以上の格差が存在した。2025年には50~59歳の世帯が平均324万円、29歳以下の世帯が平均121万円となり、その格差は3倍以下にまで縮んでいる。
しかし、再び各世代内の状況を詳しく見ると、こうした金融資産の増加は一部の世帯に限られていることが分かる。世帯主の年齢階層ごとに、預金なども含んだ貯蓄残高の大きさで各世帯を分けて見ると、貯蓄残高上位20%の家計の株式・株式投資信託の保有残高は2019年から2025年にかけて大幅に増加している一方、中間20%の家計の株式資産はほとんど増えていないことが分かる(図表5)。

コロナショック後の株価の大幅な上昇の恩恵は、もともと金融資産を保有していた、あるいは株式投資に取り組む余裕のある世帯に集中しており、多くの家計がその恩恵を享受できていない状況だ。
■株高の恩恵からも取り残されている
また、貯蓄残高中位20%の家計で比較すると、30~39歳や60~69歳といった年齢階層に対し、50~59歳の年齢階層の金融資産の伸びが小さく、2025年には資産規模で若年層に追い抜かれていることが分かる。
就職氷河期世代の半数が該当するこの世代は、中間層でも金融資産を形成するだけの資金余力が乏しく、株高の恩恵からも取り残されている状況だ。
こうした金融資産の格差は、賃金の格差以上に、一度開いた差を縮めるのが難しい。2026年に入ってからも、日本の株式市場では一段と株高が進展しているため、足元ではむしろ差が開いているとみられる。
NISAの普及などにより、「貯蓄から投資へ」の移行はここ数年でようやく進展してきたと評価できるものの、今後はさらなる金融教育の拡充によって幅広い世帯に裾野を広げることに加え、そもそも貯蓄する余裕のない世帯をどう支えるかという観点が重要になってくるだろう。
特に、賃金カーブがフラット化している状況では、勤労者世帯全体では格差が縮小しているように見えるため、世代内での格差拡大(ワイド化)が同時に進行している点を十分に認識したうえでの政策対応が求められる。

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高野 蒼太(たかの・そうた)

伊藤忠総研副主任研究員

2019年4月日本総合研究所入社、欧米マクロ経済調査・分析に従事。20年4月経済社会システム総合研究所にて客員研究員(兼任)。23年9月三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、日中欧マクロ経済調査・分析に従事。24年11月より現職。London School of Economics and Political Science(LSE)経済学修士課程修了。


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(伊藤忠総研副主任研究員 高野 蒼太)
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