イラン発のエネルギーショックに伴い、石油製品、とりわけナフサの供給がグローバルに逼迫している。日本では、ナフサ由来の塗料不足に直面した大手食品会社がパッケージの簡素化・白黒化を進めているところだ。
例えばドイツのケースである。ドイツを代表するシンクタンクであるIfo経済研究所が6月2日に発表した5月時点の調査によると、同国の製造業のうち、中間財の供給不足に陥っていると回答した企業の割合は15.9%と、前回4月時点の13.8%から上昇した。エネルギー集約型の産業の企業を中心に、中間財不足が深刻化しているようだ(図表1)。
代表的なのが化学工業だ。ドイツの化学工業は、自動車工業と並んで製造業の双璧を成している。もともとはラインラントの石炭ガスを原料に発展し、戦後のドイツの経済復興を牽引した産業でもある。現在は輸入した天然ガスを利用しているが、それゆえロシア発のエネルギーショック以来、その対外的な脆弱性が問題となっている。
それ以外にも、データ処理装置や電子部品、ゴム・プラスチック製品、基礎金属(鉄鋼業や非鉄金属製造業)といった業界で、中間財の不足が強まっている。いずれも最終財の生産に多大なエネルギーやその副産物を用いるため、イラン発のエネルギーショックの悪影響を色濃く受けているようだ。影響がないのは飲料業界くらいである。
Ifo研究所によると、この調査の2020年以来の平均値は5%だとのことだ。
■供給面からドイツの景気が下振れする恐れ
こうした中間財不足は、ただでさえ不調が続くドイツの製造業のさらなる重荷となり、景気を供給面から下押しすると懸念される。ドイツの製造業生産(2021年=100)は2023年の前半をピークに減少が続き、2026年3月時点で92程度まで水準を切り下げている(図表2)。ここで注目されるのが、先のIfo調査との兼ね合いだ。
Ifo調査で中間財不足が深刻だと訴えている業種(化学工業など)の生産水準を確認すると、いずれも足元にかけて、生産の水準が製造業の平均を下回っていることが分かる。つまり、現時点で中間財不足が深刻な業種は、すでにイラン発のエネルギーショック以前の段階においてドイツ製造業の不振を象徴するような業種であったわけだ。
その中でも気がかりとなるのは、やはり化学工業である。ロシア発のエネルギーショックを受けて、生産水準は3割近く減少した状況が続いている。さらにイラン発のエネルギーショックを受けて、化学工業の生産水準は一段の下振れが懸念されるところだ。ドイツの労働市場がいくら硬直的とはいえ、リストラは避けられない状況となる。
例えば、ドイツのみならず世界を代表する化学メーカーであるBASFは、ロシア発のエネルギーショックを受けて大型のリストラを敢行しており、2026年の年明けにもさらなるリストラを予定していたところだった。そこにイラン発のエネルギーショックが生じたのだから、まさに“泣き面に蜂”といった状況に追い込まれてしまった。
■購買力を維持することの意味
苦境に直面するドイツであるが、それでもまだ通貨高を維持できていることは救いと言える。ドイツの実質実効為替レート(2021年=100)を確認すると、2022年を底に増価基調に転じ、2026年に入っても高位にとどまっている(図表3)。供給網(サプライチェーン)が混乱しているとき、強い通貨を持つことは非常に重要である。
ところで、実質為替レートは名目為替レートと内外価格差の乗数であるため、実質為替レートの変動は名目為替レートの変動(為替変動要因)と物価差の変動(物価差要因)で説明することができる。そこで実質為替レートの変動がいずれの要因によるところかを確認すると、2023年以降の増価はほぼ一貫して為替変動要因である(図表3)。
要するに、欧州中銀(ECB)による金融引き締めと、それに伴うユーロ高がドイツの実質為替レートの増価に貢献していることになる。とはいえ、仮にドイツがユーロに加盟していなければ、タカ派で知られたドイツ連銀のもと、ECB以上のテンポで金融引き締めが行われ、ドイツの実質為替レートはより急ピッチで増加していたかもしれない。
2025年以降は、いわゆるドル不安の受け皿としてユーロが選ばれ、ユーロ高が進んだことがドイツの実質為替レートの増価につながっている。もしも、こうした実質為替レートの増価がなければ、ドイツのマクロ的な購買力はさらに低下し、供給網の混乱と合わせて、生産制約がさらに深刻化していた可能性が意識されるところである。
■供給網の混乱で重要になるはずの円高
ドイツだけではなく、今の欧州では、ユーロ高が概ね好感されている。
日本もまた加工貿易で栄えた国であるのに、そうした議論はなぜか退けられる傾向がある。一方、経済安全保障の観点から、供給網の安定化に関しては熱心な議論がなされている。それは結構なことだが、強い通貨がなければ安定した供給網など築けるわけがない。原材料や中間財の供給国が欲しい通貨は、強い通貨にほかならないからだ。
通貨の増価は輸出の抑制要因になるという主張もあるが、そもそも供給網が混乱している状況では、何より優先されるべきは調達の安定化である。モノがなければモノが作れないのだから、まずモノを作るために必要なモノを安定的に調達する必要がある。円安と円高の功罪は局面に応じて変わるのであり、円安が絶対善という見解は誤りだ。
程度の差はあるが、日本企業もまたドイツ企業と同様の苦境に立っている。供給網が混乱しているにもかかわらず、資源のない国が通貨安の修正に取り組もうとしない日本の姿は、それこそグローバルスタンダードに照らし合わせてみれば誠に奇異である。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)

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