■発売開始27分で5万台の予約注文
中国スマートフォン大手のシャオミ(小米/Xiaomi)は、3月28日にEVセダン「SU7」を発売開始した。標準モデルでフル充電時の航続距離は700km、価格は21万5900元(約480万円)、0-100km/h加速は5.28秒となる。
一方、競合となるテスラ「モデル3」の航続距離は605km、価格は24万5900元(約550万円)、0-100km/h加速は6.1秒だから、価格は安いのに、航続距離は長く、加速も速い。シャオミは「仕様の90%以上でモデル3よりも優れている」としている。
この結果、発売開始から27分で5万台を超える予約注文があったという。
シャオミという会社は、日本では「スマートフォンのメーカー」として知られている。スマートフォン業界においては、iPhoneに匹敵する性能の製品を低価格で販売するという戦略をとってきた。
たとえば日本では、2023年9月22日に発売されたiPhone15(256GBモデル)が13万9800円なのに対し、2023年12月8日発売のXiaomi 13T(256GB)は7万4800円(au Online Shopの発売時価格)と半額程度だが、カメラ性能はほぼ同じで、バッテリー容量やメモリ容量はシャオミが上回っている。

“Appleのパクリメーカー”とも揶揄されるが、実はスマートフォンやタブレットPCだけでなく、テレビやドライブレコーダー、スマートウォッチ、ロボット掃除機、スマート家電など、IoTデバイスにおいてApple以上に豊富な製品ラインアップを提供している。中国には、スマートフォンから生活家電まですべてをシャオミ製品で揃えた熱狂的なファンがいて、彼らは「米粉(ミーファン)」と呼ばれている。
■「EVバブルが弾けた」は本当か
シャオミの雷軍CEOは、「すべてはファンのために」というスローガンを掲げ、スマートフォンやIoTデバイスによるスマートホーム戦略で顧客の囲い込みを志向してきた。そのシャオミが、2021年3月のEV参入からわずか3年という開発期間でEVを発売した。4月1日の日本経済新聞は「小米(シャオミ)、中国発EV革新の伏兵『Appleカー』の夢を現実に」という刺激的な見出しでEV発売を報じている。
Appleが諦めたスマートカーの夢を、シャオミが現実にするというのだ。
これを単に「中国の情報機器メーカーがEVも出した」という文脈で捉えると読み違える。そんなに生易しい話ではない。
EV市場は、2023年頃から陰りが指摘され始めた。「“EV失速”の手のひら返しで自動車業界が見る悪夢…テスラも『販売台数減少』の市場で“今起きていること”」に詳しいが、高価格帯でEV市場を牽引してきたテスラ、中国発で世界一のEV販売数を達成したBYDなどの業績は、2024年に入って落ち込んでいる。
欧州のメーカー各社が中国メーカーの流入による価格競争に巻き込まれたことや、充電、航続距離、寒冷地対応などの性能面でユーザーを満足させられていないこと、セカンドカーとしては価格が高いことなどが落ち込みの要因に挙げられる。これを“EVバブルが弾けた”とする向きもある。

■「ハードとしての車」だけでは生き残れない
2023年1月の「CES 2023」(アメリカで開催される世界最大のテクノロジー見本市)では、EVバッテリーステーションを展示する企業も多く、ベトナム発のEVメーカー「VINFAST」(ヴィンファスト)が大きな注目を集めるなど、新興EVメーカーの展開が目立った。
VINFASTが多数の車種を展示しているのを見て、筆者は日本の自動車メーカーがEVを量産化して対抗するのは難しくなるだろうと感じた。値下げ競争になるのは必然だからだ。そして同時に、VINFASTも市場で勝ち残るのは難しいだろうと感じた。それは「ハードとしての車」しか作ろうとしていないように見えたからだ。
VINFASTは2023年3月2日にアメリカでEVの販売を開始し、8月15日にはナスダック市場に上場した。
8月末にはその時点の自動車業界で世界3位となる時価総額28兆円となったが、9月までに2500億円超の最終赤字となり株価は急落した。その後、2024年4月10日時点で時価総額は1.5兆円に落ち着いている。
スマートフォンでも、黎明期にハードを展開するメーカーが乱立した。しかしその多くが市場から退場した。同じことがEVにも起こると予想される。ハードだけで収益化や量産化を実現できるメーカーは、少数となるのだ。

■「商品のシェア争い」から「エコシステムの戦い」へ
ハードだけのメーカーが生き残りにくいのはなぜか。
スマートフォン黎明期、AppleのiPhoneに市場を席巻され、業績が悪化したNokiaというメーカーがある。その後、業態を変えることで復活を果たしたのだが、当時の会長が上梓した『NOKIA復活の軌跡』(2019年、解説章は筆者が担当)には、Nokia全社に向けたCEOからのメッセージが書かれている。
「競合他社はデバイスで私たちの市場シェアを奪っているのではありません。エコシステム全体で私たちの市場シェアを奪っているのです」
iPhoneが発売されてNokiaの商品は市場シェアを奪われたけれども、AppleはiPhoneというデバイスだけでNokiaの市場を奪っているのではない。Appleはユーザーへの生活サービス全般、すなわちエコシステム全体でNokiaの市場シェアを奪っている、というのだ。

初期はスマートフォンという「商品」で競い合っていたが、やがてOSなどの「プラットフォーム」の競争に変わり、最終的にハード・ソフト・生活サービス全般を含めた「エコシステム」の競争となった。
ソニーとAppleはどこで差がついたのか
これがEV市場なら、車という「商品」から、自動運転などの「プラットフォーム」の競争に変わり、最終的にはハード・ソフト・生活サービス全般を含めた「エコシステム」の競争になるということだ。エコシステム全体で、覇権を握った会社が大きな収益を上げる。
1999年頃に、ソニーは当時の史上最高となる13兆4600億円の時価総額を叩き出した。当時はAppleもサムスンも、ソニーに比べればはるかに低い数字だった。しかし今、エコシステム全体の覇権を握ったAppleの時価総額は約382兆円、スマートフォンでハードの覇権を握ったサムスンの時価総額は約50兆円となった。スマートフォンの領域ではほとんど何も獲得できなかったソニーの時価総額は約15兆円だ(※Apple、サムスン、ソニーの時価総額は4月19日現在)。
エコシステムを構築し、その覇権を握ることがいかに重要か、わかるだろう。
■自動車産業の未来を予測したダイムラーの「CASE」
自動車産業もエコシステムの覇権をかけた戦いになる。こうした競争条件の変化は、2016年9月にダイムラー(現・メルセデス・ベンツ・グループ)が「CASE」という概念で再整理し、発表している。
「C=Connected(ネットワークへの接続)」

「A=Autonomous(自動運転)」

「S=Shared & Service(カーシェアリング・サービス)」

「E=Electric(EV)」
これらの頭文字をとった「CASE」だが、現実の企業を当てはめてみるとイメージしやすいだろう。
「C=Connected(ネットワークへの接続)」はこれまでAmazonが「ただ話しかけるだけの優れたUXでつなげるスマートホーム、スマートカー、スマートシティ」をリードしてきた。「デジタル」「DX」と言い換えてもいい。
「A=Autonomous(自動運転)」はAppleが試みて断念したが、Googleが「周りの世界を利用しやすく便利にする」というミッションの下にリードしてきた。
「S=Shared & Service(カーシェアリング・サービス)」はUberやLyftが「所有からシェア、そして都市デザインを変革する」という形でリードしてきた。
そして「E=Electric(EV)」はテスラが「クリーンエネルギーのエコシステム構築」としてリードしてきたが、現在では世界各国からプレイヤーが参入している。
トヨタ・豊田章男社長の「危機感」
筆者は2018年6月に『2022年の次世代自動車産業』という本を上梓した。なぜ4年後の2022年をタイトルにしたかというと、あまりにも変化が激しいので、「もう5年後、10年後を語っている場合ではない」という思いがあったからだ。
この本の中で、トヨタの豊田章男社長(現会長)の「危機感」を次のように紹介している。「次世代自動車産業において主役が交代し、テクノロジー企業などに覇権を握られる可能性があること」、「CASEでの対応が最先端プレイヤーと比較すると出遅れている可能性があること」――。
EV市場であってもEVだけで戦うのではないと、2018年当時からトヨタも認識していた。それが現実のものとなりつつある。筆者はこの変化を次のようにまとめた。
次世代自動車産業をめぐる戦いの構図

(1)「テクノロジー企業vs.既存自動車会社」の戦い

(2)「日本、アメリカ、ドイツ、中国」の国の威信をかけた戦い

(3)すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い

(拙著『2022年の次世代自動車産業』より)

エコシステムを構築するには、ハードとソフトの両方の分野で大企業が複数あることがマストだ。となると、国として戦えるのは日本、アメリカ、ドイツ、中国に絞られてくる。
■「スマホシェア世界3位」のメガテック企業
「テクノロジー企業vs.既存自動車会社」の戦いで想定していたのは、2018年当時はAppleやGoogleだった。そこに突如として現れたのがシャオミだ。そしてEVでこれまで「すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い」を仕かけてきたのはテスラだが、そこにシャオミが参入した。
スマートフォン、IoT&ライフスタイル、インターネット・サービスを主力事業とするシャオミは、2010年設立で2018年に香港市場に上場した。インターネット・サービス事業では広告、有料アプリ・ゲーム、動画や音楽の有料配信などを手がけている。売上高ではスマートフォンなどの製造事業が約6割を占めるものの、営業利益ではインターネット・サービス事業が約4割を占める。
アメリカや日本では販売規制などのために体感しにくいかもしれないが、シャオミは2023年のスマートフォン世界シェア第3位のメガテック企業だ。こうしたメガテック企業の特徴として、①プラットフォーム志向であること、②ユーザーエクスペリエンスを重視していること、③「ビッグデータ×AI」志向であることが挙げられる。これはシャオミにもそのまま当てはまる。シャオミの雷軍CEOは「ハードウェア事業の利益率は5%を超えることはない」と明言している。
■「ヒト×クルマ×ホーム」の戦略にEVは欠かせない
シャオミ「SU7」は、「ヒト×クルマ×ホーム」のスマート・エコシステム戦略(図表2)のなかで、重要な一部としてのEVと位置づけられている。実際、「SU7」の発表と同時にシャオミはスマートフォン、EV、スマート家電の共通OSである「Xiaomi Hyper OS」を発表している。EVをエコシステムに組み込もうという意図がはっきりと見てとれる。
つまりシャオミは、EVというハードのみで収益化を目指しているわけではないのだ。ヒト(スマートフォン)、クルマ(EV)、ホーム(スマート家電)を通じてユーザーにサービスを提供し、そこから得られるビッグデータを収集・解析することでさらなるユーザーエクスペリエンスの向上を目指し、そのエコシステム全体で収益を上げていこうとしている。
将来的にユーザーはシャオミのスマートフォンを使い、リコメンドされた物を買いにEVの自動運転でショップに行き、車内で決済まで済ませる。品物を受け取り、帰宅途中にEVのなかから家を掃除して空調を整える。共通OS「Xiaomi Hyper OS」を通じて、そうしたことすべてが実現するかもしれない。スマート家電の普及率はアメリカが約80%、中国は約90%と言われる(日本は10%台)。それを見越したEVへの参入なのだ。
■既存の自動車会社がとり得る「10の選択肢」
こうした自動車産業の変化に対して、既存自動車会社はどのような戦略をとっていくことができるのか。『2022年の次世代自動車産業』のなかで、筆者は10の選択肢を示した。
「“クルマ×IT×電機”の次世代自動車産業」における主な10の選択肢

1.OS・プラットフォーム・エコシステムを支配する

2.端末・ハードを提供する

3.重要部品で支配する

4.OEM・ODM・EMSプレイヤーとなる

5.ミドルウェアで支配する

6.OS上のアプリ&サービスでプラットフォーマーとなる

7.シェアリングやサブスクリプション等のサービスプロバイダーとなる

8.メインテナンス&サービス等のサービスプロバイダーとなる

9.P2P・C2Cといった違うゲームのルールでのプレイヤーとなる

10.特長をもてず多数乱戦エリアでの1プレイヤーで終わる

自動車業界では今、おそらく一番のキーワードが「Software Defined Vehicle=SDV」という概念だろう。これは車と外部との双方向通信を行うことで、車を制御するソフトウェアを更新していくものであり、車というハードと、ソフトウェアの分離を指す。ほぼすべての車のOEMメーカーや大手メーカーがSDVに対応する準備をしているが、そうなると大手メーカーは「OS・プラットフォーム・エコシステムを支配する」ことでしか勝負できなくなる。
もちろん、前述のスマートフォンにおけるサムスンのように、「端末・ハードを提供する」ことで生き残る会社も、最終的に数社くらいは残るだろう。日本の多くのメーカーが得意とするのはおそらく3の「重要部品で支配する」ではないか。また、「OEM・ODM・EMSプレイヤーとなる」、「ミドルウェアで支配する」というメーカーも出てくるだろう。しかし、多くの日本のOEMのメーカーが、10の「特長をもてず多数乱戦エリアでの1プレイヤーで終わる」になってしまう可能性もある。
■トヨタは中国の「テンセント」と提携
今回、シャオミはEVへの参入によって「OS・プラットフォーム・エコシステムを支配する」戦略を打ち出したと言える。中国では通信大手のファーウェイ(華為技術/Huawei Technologies)も、生活サービス全般のOSやエコシステムからEV事業を攻略しようとしている。
また、テンセント(騰訊控股/Tencent)は、北京モーターショー2024でトヨタ自動車とのデジタルエコシステムに関する戦略的協力を発表した。トヨタはテンセントのAI技術、クラウドサービス、デジタルエコシステムといった強みを、中国事業に展開するという。
中国では「ハードとしてのEVには、数年後には利益は残らない」と言われている。OSやプラットフォーム、重要部品などにしか収益は残らないということだ。スマートフォンと同じように、ハードで収益化や量産化を実現できるメーカーは少数となり、OSやプラットフォーム、エコシステム全体の競争となる。
そうなったときに、OSやプラットフォームを提供できるのはグレーター・チャイナ(中国勢力圏)で2~3社、グレーター・アメリカ(アメリカ勢力圏)で2~3社が現実的だろう。日本から1~2社が出てくる可能性もあるが、「すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い」にどの程度、割って入っていけるのか。
■日本の自動車メーカーは生き残れるか
ただ、日本の自動車メーカーがほとんど生き残れないということではない。国際エネルギー機関(IEA)が4月23日に発表したEVの最新の市場動向に関する報告書では、2035年に世界の新車販売の5割超をEVが占めると予測されている。
つまり10年後でも5割程度はガソリン車やHV車が売れるということだ。エコシステムを支配できなくとも、「端末・ハードの提供」や「重要部品」で生き残るメーカーはあるだろう。またEVには、Appleが参入を断念した原因だと言われる自動運転の実用化などの課題もある。
それでも、将来的に世界で新車販売の5割を超えるとされるEVの世界で、OS・プラットフォーム・エコシステムの覇権をかけた戦いがすでに始まっている。シャオミのEV参入はその文脈で読み解くべきだ。
そして「すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い」と書いたが、自動車は産業連関が大きな産業だ。EVのインパクトは自動車業界だけでなく、キャリア・通信業界、電気・電子業界、IT業界、フード・デリバリー業界、エンターテインメント業界にまで波及していくと予想される。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=野上勇人)