※本稿は、西剛志『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■「急ぎ」や「がんばる」は抽象的で伝わらない
「かっこいい感じにしてください!」
「この言葉をお客さんが言ったときは要注意なんです」美容師の知人からそんな話を聞いたことがあります。
相手とイメージしたものが違い、上手く伝わらない現象のことを脳科学では「認知のズレ」といいます。
「かっこいい」は、認知のズレを起こす言葉です。この言葉が出たときは、この人はそのお客さんと認知のズレがないよう、いろいろと質問しながらそのお客さんが考える「かっこいい感じ」を探っていくそうです。
仕事でも、認知のズレはしょっちゅう起こります。
「急ぎでお願いします」
「がんばってやります」
「すごい成果を出してください」
こういった抽象度の高い表現は、発している側と相手とのイメージにズレが生じる可能性大です。認知のズレが起きるのは「言葉のイメージ」がお互いに異なっているからです。
急ぎって、何分なのか?
がんばるって、どのくらいやることなのか?
すごいって、どのくらいすごいのか?
こうした抽象度の高い表現は、その人の持つ言葉のイメージによって大きく変わります。
急ぎを1時間ととる人もいれば、今日中と考える人もいます。人によっては今週中と考えるかもしれません。
認知のズレが大きいと、すりあわせる努力が必要です。自分が伝えたいイメージが相手に伝わるためには、言葉の解像度を上げることが大切です。言葉の解像度とは、相手がはっきりとイメージできる具体性の高さのことです。
■伝わらない原因は「イメージの解像度」にある
「何度も話したけど、相手が理解してくれなくてうまく伝わらない」
仕事でよく聞く悩みです。なんで、何回伝えても、相手は理解してくれないのでしょうか? 理由は、相手のほうが「イメージできていない」からです。
イメージできないことを行動に移すのは難しい。だからうまくいかない。逆にいえば、相手のイメージをつくってあげることが、イコール伝わるということになります。イメージをつくることをよく「解像度を高める」といいますが、伝わらない場合は解像度が低い状態ということです。
以前、仕事をしていたある編集者からこんな悩みを相談されたことがあります。
「本をつくっているときに、ライターさんに原稿をお願いするのですが、これがなかなかうまくいかないんです。
悩みというか愚痴というか、そんな感じの話だったのですが、この編集者は大きなミスをしていると思いました。それは、いい見本の原稿だけを見せていたという点です。
■クジラを描いてください
それを理解してもらうために、私は「クジラを描いてください」とこの編集者さんに頼みました。
編集者さんに実際に描いてもらったクジラがこれです。
一方、私がイメージしたクジラはこれでした。
どうでしょうか? 同じ「クジラ」という言葉からイメージしているものがこんなに違うのです。これは何も私がクジラについて詳しく、編集者さんがクジラに詳しくないということを言いたいわけではありません。要は、同じ言葉に対してイメージしているものがまったく違うということを実感してもらいたかったのです。
編集者さんの「クジラ」への解像度は低めなので、私の視点でクジラの口やヒレ、質感などを説明しても、理解してもらうことは難しいかもしれません。実は、今回の書籍を担当していただいている編集者さんに、このような「解像度の高いクジラのイラストをつくっていただけますか?」とお願いしたのですが、一回目に上がってきたものがこれでした。
もちろん、これでもかなり詳細に描いていただいているのですが、私がイメージしているものは、先ほど見ていただいたようなもっと解像度の高いものだったのです。
編集者さんの悩みも、これと同じ構造です。
この編集者さんにとっての「いい原稿」がどんなものかは、編集者さん自身がよくわかっています。ですから、解像度が高い状態かもしれません。でも、ライターさんにうまく伝わっていないので、ライターさんの解像度が低いままの状態なのです。
■具体例を挙げるより伝わる「解像度を上げる比較法」
そこで、ある方法を紹介しました。
それが、いい例だけでなく、悪い例も一緒に見せるという方法です。これを私は「解像度を上げる比較法」と呼んでいます。
この編集者さんはライターさんにいい見本の原稿を見せたと話していました。ただ、いい見本だけを見せても、相手の解像度は上がりません。
いい見本と同時に、悪い見本原稿も見せると、相手の解像度が高まります。いいものと悪いものを比較してもらうことで、その差が何かが明確になるからです。
「比較」を使うと、伝わる強度がアップします。
○ いい原稿と悪い原稿を両方見せる
× いい原稿しか見せない
この比較法は、こんなときにも活用できます。たとえば、サービス業に就いている人であれば、お客さまへの対応の仕方をいい対応と悪い対応で比較してみる。
喫茶店であれば、
「いい水の出し方」「悪い水の出し方」
「OKないらっしゃいませの言い方」「悪いいらっしゃいませの言い方」
「いい料理の盛り方」「悪い料理の盛り方」
あらゆるサービスのシーンで比較をしてみることで、それをまとめれば、その喫茶店のマニュアルができあがります。伝わらないときは、比較を使って相手の頭の中の解像度を高めてください。
■伝え方がうまい人は、相手の解像度を上げるのが上手
解像度が高まると人は快感になります。
たとえば、
(1)旅行に行きませんか?
(2)ヨーロッパに旅行に行きませんか?
(3)イタリアの5つ星ホテルのレストランで、世界遺産を眺めながら極上のトリュフ料理を堪能しに行きませんか?
この3つを比べてみてください。
旅行への解像度は(3)が一番高く、(1)が一番低くなります。
この場合、快感度は(3)→(2)→(1)の順です。
解像度が上がると、人は快感になるので、「やろう!」と思うんです。これが人を動かすポイントです。
人が動かない理由は、解像度が低いからなんです。いかに解像度を高めていくかが、人を動かすことにつながっていきます。
この解像度を高める方法を、うまくいく人はいくつも持っています。この本でもいろいろ紹介しているやり方です。解像度が高まるということは、要は「見えること(イメージ)が増える、ハッキリする」わけです。なので判断もハッキリできるようになります。
■解像度が高まると、相手もYES/NOで判断がしやすくなる
旅行の話であれば、(1)の「旅行に行きませんか?」では解像度が低いのでこれを聞いても判断しにくいと思います。
「旅行に行きませんか?」「ああ、いいですね。ちなみにどこに?」みたいに、解像度を上げる質問を相手からされることになります。
一方で(3)の「イタリアに超おいしい料理を食べに行きませんか?」という質問をすれば、相手はYESかNOかをハッキリさせやすいですよね。
伝え方がうまい人は、相手の解像度が高くなるような伝え方をしています。仕事でも同じです。私の知っている優秀な成績を上げている営業職の人は、相手の解像度を高める伝え方をしています。
相手の解像度が低いままに、無理に自分の売りたいものをセールスしようとしたら、お客さんはそれを「押し売り」ととらえてしまうことをわかっているのです。
でも、解像度の高い伝え方をしたら、お客さんのYESかNOかの判断もつきやすく、NOの場合でもなぜNOなのか、お客さんの側も説明しやすいんじゃないでしょうか。NOが明確であれば、次の一手を打つか、そこで引くか、伝えた側も判断しやすくなります。コミュニケーションにおける解像度は、重要な要素なのです。
■すぐれたリーダーは未来の解像度が高い
海外の有名経営者や、日本でもユニクロの柳井正さんや星野リゾートの星野佳路さんなどのインタビュー記事を読むと、すごい経営者は未来への解像度が高いなと感じます。
柳井正さんがバイブルにしているという書籍『プロフェッショナルマネジャー』の中にこんな記述があります。
「本を読む時は、初めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれとは逆だ。終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ」
ゴールを明確に持っているので、そこから逆算したときにそのプロセスも明確にできる。あとはそれを実行するかどうか、というところまで落とし込めるわけです。
もちろん、途中で失敗もあると思いますが、ゴールへの解像度が高ければ、そんなときもどう対策を練ればいいか、その解像度も高くすることができます。
「すぐれたリーダーは未来への解像度が高い」ということは、私の研究でも明確になっています。卓越したリーダーは解像度の高いビジョンを示すことができます。そのビジョンを知って、一緒にやりたいという人が集まってくる。
ビジョンの解像度が高いからこそ、優秀な人材が集まりやすくなるのです。
■人が集まる会社と集まらない会社の違い
そういう意味では、人が集まる会社にするためにも、会社のビジョンの解像度を高めることが重要です。
以前、ある経営者がこんなことを言っていました。
「うちの会社にはいい人材が集まらない。会社の規模も小さいし、給与や福利厚生もそこまでよくはない。こういう会社にはいまどきは人が集まらないんですよね」
確かに人手不足という社会問題はあります。でも、そんななかでも人が集まる会社と集まりにくい会社があるのはなぜなのでしょうか? ベンチャー企業で給与も福利厚生もまだまだの会社に、いい人材は集まっていることがあります。なんで人が集まるのでしょうか?
人が集まる会社と集まらない会社の違いには、ビジョンの解像度が大きく影響していると思います。ビジョンの解像度が高いので、相手に伝わりやすく、伝わったビジョンを知ってワクワクする。一緒にやってみたくなる。その結果、いい人材が集まっていきます。解像度が高いと、「伝わりやすい状態」になっているのです。
伝えたいことが伝わらないというときは、「伝える側の解像度が低いままで伝えていないか」を確認してください。
「いい感じで仕上げてください!」
「もっとたくさんの人に届く感じでお願いします」
伝える側のイメージがフワッとしているままに伝えていないか。伝わらないときに、自分の解像度を振り返ってみるといいのではないでしょうか。
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西 剛志(にし・たけゆき)
脳科学者
1975年生まれ。東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。テレビやメディアなどにも多数出演。著書に『脳科学者が考案 見るだけで自然と脳が鍛えられる35のすごい写真』『増量版 80歳でも脳が老化しない人がやっていること』『世界一やさしい自分を変える方法』(以上、アスコム)などがある。著書は海外を含めて累計42万部を突破。
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(脳科学者 西 剛志)