※本稿は、石田淳『【新版】教える技術 行動科学を使ってできる人が育つ!』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■心理的安全性を作る
新入社員や中途入社の社員、他部署からの異動メンバーなど、職場に新たに加わった人材と信頼関係を築くために、大切なことは何だと思いますか?
それは「いきなり仕事の話をしてはいけない」ということ。
仕事上でパートナーとなる人と関係を築く最初の段階で必要なのは、“安心して仕事の話ができる土台づくり”をしておくことです。つまり、心理的安全性を作ることです。
土台づくりの方法はいたって簡単。プライベートの話をすればいいのです。
たとえば趣味の話とか、休日の過ごし方とか、その程度のことでかまいません。自分との共通点が見つかればお互いの距離がぐっと縮まるでしょうし、たとえ共通点が見つからなくても、間違いなくその人に対する親近感がわきます。
「この人は信用できるのだろうか?」「うまくやっていけるかな?」といった不安を抱えた状態と、「頼りにしてもよさそうだ」「私に心を開いてくれているなぁ」という安心感・親近感がある状態。
どちらの状態のときに、教える、教えられる、という行為がスムーズに運ぶのかは、あらためて言うまでもないでしょう。
■話す内容は「ごく普通のこと」でOK
かつての日本企業では、仕事とプライベートの線引きがとても曖昧でした。
朝出社したら始業前にちょっとした世間話をし、昼になったら社員食堂で一緒に食事。残業をこなしたあとは毎晩のようにお酒を酌み交わし、週末になると部下が上司の家に遊びに行く。ときには家族ぐるみでどこかに出かけることも……。そんな交流が、決して珍しいものではなかったのです。
しかし近年では、年始の挨拶をするために部下が上司の家を訪ねるなんてことはもちろん、お中元やお歳暮のやりとりすらなくなってしまいました。
このように安心して仕事の話ができる土台づくりが、自然にできる環境ではなくなってしまった現在、信頼関係の構築には意識的なはたらきかけが必要だということです。
前述の通り、話す内容はごく普通のことでかまいません。
あなた「昨日のサッカー見たか?」
部下「日本代表の試合ですよね? 見ましたよ。課長もサッカーお好きなんですか?」
あなた「中学・高校はサッカー部だったんだよ」
部下「あ、そうなんですか! ポジションはどこだったんですか?」
あなた「ディフェンスだったんだ」
部下「えっ意外⁉」
こんなふうに話が弾めば理想的です。もしも少々ぎこちない会話になっても、あなたが誠意と興味を持って部下に接していれば、必ず二人の距離が縮まります。
まずは仕事の話ではなく、プライベートな話題を。
この鉄則を、お忘れなく。
■離職率はコミュニケーション量に反比例する
会社員の離職率は、上司とのコミュニケーションの量に反比例することがわかっています。つまり、コミュニケーションが少ないほど部下の離職率が高く、コミュニケーションが多いほど離職率は低いということです。また、以前コンサルティングを担当したある企業では、社員同士の対面時間、つまりコミュニケーションをとっている時間などを測定・記録できる小型コンピューターを社員全員に携帯させて、そのデータを分析しました。そして、同じような業務を同じように行っている営業部門同士を比較したところ、業績の上がっている組織は、そうでない組織に比べて、コミュニケーションの量が3倍以上多かったのです。
■5分でも部下と話す
そういったこともあり、部下と「いつ・何分くらい」会話したかを、手帳に記録することを私は企業のリーダーたちに対して提案しています。
この記録をつけること、つまり“計測”が非常に重要だと、私は考えています。
十分に時間をとって、仕事に対する思いやその先にある目標などをじっくり聞く、という面談が1、2回できたら、あとは月に数回、5分や10分程度でいいので、必ず話す機会を設ける。そして、例えば、小学生の子どもがいて、週末に運動会があるという話を耳にしたら、週明けに「運動会はどうだった?」と声をかけてください。
たったこれだけのことでも、部下や後輩は「私のことを気にかけてくれているんだ」と思い、上司や先輩に対する信頼感はより強固なものになります。
さらにこうした気配りは、当人にとってよい作用をおよぼすだけではなく、そのやりとりを見聞きしているほかのメンバーたちにも波及するはずです。みんなのなかに「この人は、ここまで部下のことを思っているんだ」という認識が、広まっていきます。
あなたのふるまいや言動を、周囲の人たちは想像以上によく見ています。
特にコミュニケーションが重要なのは、現場の人たちを受け持つ課長やマネージャー。社長と部長のコミュニケーションももちろん重要ですが、現場の人間同士のコミュニケーションは、それとは比べ物にならないほど大切なものなのです。
■まずは上司が自分について話す
新しい部下と信頼関係を結ぶためには、まずプライベートの話をすべきだということをお話ししました。
でもまだ、その効果について半信半疑の方がいらっしゃるかもしれませんね。
では、あなたが何かのセミナーを受けているというシチュエーションを想像してみてください。
セミナーの内容がたとえ固いテーマや難しい話題であったとしても、その話し手が、「実は韓国のテレビ俳優に夢中だ」とか、「プラモデルづくりが大好きで、ひまさえあればできあがった作品を眺めてる」とか、「子煩悩で、休みの日は子供テニスにつき合っている」などという人間味のある面を披露してくれたら、その人に対する親しみがわき、本来のテーマもいっそう興味を持って聞けるようになると思いませんか?
部下と上司が人間的な側面を共有しあい、心おきなく仕事の話ができるような関係性を築くには、まずは上司であるあなたが自分について話すのがいちばん。
いうなれば、あなた自身の人間性を示すための情報開示です。
そうすれば、部下は緊張をやわらげることができ、自分のことを話しやすくなるでしょう。
具体的な内容は「好きな本や音楽、映画、スポーツ」「長く続けている趣味や、今夢中になっていること」「尊敬する偉人や好きな著名人」「出身地やそこで暮らしていた頃のエピソード」など、他愛のないことでかまいません。
■部下の話を「しっかり聞く」
部下や後輩の育成で何より重要なのは、上司や先輩のあなたが「聞く習慣」をしっかり身につけることです。
なぜ部下が話さないか? 答えは簡単。上司が話してしまうからです。
部下の悩みに関して、上司は答えがわかっていますから、「実は取引先でこういうことが……」と途中まで聞いただけで、それをさえぎって「こうすればいいんだ」と話し始めてしまう。これでは、部下はそれ以上のことを話さなくなってしまいます。
あなたは、ふだんまったく会話のない人に本音を話しますか? ふだんから話を聞いてくれる相手だから、不満だって言えるし、相談したいと思うわけですから、とにかく上司であるあなたは、「部下の話を聞くという行動」を増やしていくことが大前提なのです。
■質問には順番がある
さて、肝心の聞き出し方ですが、質問には順番があります。
間違っても、部下と対峙した途端、開口一番に「最近、仕事で困っていることは何かな?」などと質問してはいけません。
おそらく部下は「ありません」と答えるでしょうが、胸のうちでは「そんなことを話せる雰囲気ではないよ!」「なんてデリカシーのない人なんだろう」などと思っているはずです。
まず最初に投げかけるのは、まったく考える必要がなく、誰でも答えられる質問です。たとえば「お昼は何食べた?」「会社に来る電車は何線だっけ?」「さっき外出したとき、雨降ってた?」なんて質問で結構。ねらいは、とにかく相手に話をさせること。そうやって世間話をして、本音を話しやすいような雰囲気をつくりながら質問のレベルを徐々に上げていき、場が温まったところで本題を切り出せば、日頃の悩みや不満、疑問などを話してくれることでしょう。
多くの部下に慕われ、相談ごとがひっきりなしに舞い込むような人がいます。彼らは、特に意識することなく、こうしたプロセスをふんで相手の話を引き出しているのです。
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石田 淳(いしだ・じゅん)
ウィルPMインターナショナル代表、行動科学マネジメント研究所所長
日本の行動科学マネジメントの第一人者。米国のビジネス界で大きな成果を上げる行動分析を基にしたマネジメント手法を日本人に適したものにアレンジし、「行動科学マネジメント」として確立。主著に『教える技術』。
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(ウィルPMインターナショナル代表、行動科学マネジメント研究所所長 石田 淳)