人に喜ばれる手土産とは何か。300年企業である中川政七商店社長の千石あやさんは「贈る相手次第で手土産は変わる。
その際、大切にしている基準がある」という――。
■手土産選びで最も大切にしていること
「ところで、手土産は何にしよう……?」
仕事のミーティングで、先方にささやかなものを持っていきたい。生菓子がいいのか、それとも乾きモノか。いやいや、食品ではなく相手の負担にならない程度の品物のほうが気が利いているんじゃないか――。誰もが一度は悩んだことがあるはずだ。
新年度も本格的に回り始めた春、そんな手土産の極意を聞きに中川政七商店を訪ねた。奈良に本社を持つ製造小売業として、常に新しさを更新し続けている企業である。
1716年創業。300年以上に及ぶ老舗を率いるのは、千石あやさんだ。初の中川家以外への事業承継となった14代社長である。大手印刷会社での制作ディレクター職を経て、30代で同社に転職。中川政七商店のものづくりに惹かれ、また「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに強く共感した千石さんは、生産管理、社長秘書、商品企画課課長、ブランドマネジメント室室長など数々の現場を経たのち、2018年に社長就任。
そんな日常において、手土産について考えることは日々の習慣でもあるという。
「日頃から手土産にうちの商品を使ってくださる方が多くて、ますます意識するようになりました。商品開発の視点から『どんなものが良いか』を考えることもありますし、全国各地にお住まいの職人さんやメーカーさんに手土産をお持ちする機会も多くなりました。何を喜んでいただけるか、しかも相手の負担にならないのはどんなものかなって、いつも考えますね」
ゆっくりと言葉をつなぐ千石さん。初対面の人、長年のお付き合いの人、そして再会がかなった人。贈る相手それぞれに手土産を選ぶという千石さんが最も大切にしているのは、相手と自分との距離だという。「距離感」である。
■手土産は言葉を超えた自己紹介の機会
では、距離感も縮まり、次第に関係性も育まれてきた相手には何を持っていきますか。
「親しみを込めて、自分が美味しいと思う食べ物を選ぶことが多いですね。味わっていただいて『これは美味しいね!』ってお互いに言い合うのは幸せだと思うんです」
なるほど、自分の好きな味を相手に知らせる一品。言葉を超えたこの“自己紹介”というところに手土産の極意がありそうだ。千石さんが「お気に入りの1つ」だと教えてくれたのは、奈良の名物「糊(のり)こぼし」。
椿の名称であるその名の通り、紅白の椿をかたどった生菓子だ。
「2月から3月頃にしか作られないお菓子です。というのも東大寺二月堂の行事である『修二会(お水取り)』に由来しているから。この行事では、赤に白い糊をこぼしたような良弁椿(ろうべんつばき)の造花がご本尊に供えられますが、それをイメージしたのが『糊こぼし』です。華やかな見た目に繊細な味が隠れていて、皆さんから喜ばれます」
創業地である奈良のルーツも語ってくれる品物だからこそ、先方からもその地の名産物の返礼を受けるという。「季節の便りも兼ねた交歓です」と、千石さんの声が一段とやわらいだ。
■ものとしても値段としても重くならないように
「相手との関係性によって、手土産の中身は自然に変わります。たとえば『初めまして』の方なら、『これからどうぞよろしくお願いします』という始まりのご挨拶でもあるので、ものとしてもお値段としても重くならないようにします。うちの商品でいえば、『花ふきん』と番茶をセットにしてお持ちすることが多いです」
ふきんとお茶で、2000円ほどの手土産になる。しかもふきんといっても、ただのふきんではなさそうだ。
「蚊帳(かや)に使われる、目の粗い薄織物で出来たふきんです。もともと蚊帳は奈良が一大産地でしたが、家庭では網戸やクーラーの普及によりその座を取って代わられ、日常で見ることは少なくなりました。
今ではエアコンの裏ネットやハウス栽培の防虫ネットなどの産業用として使われています」
そんなとき、「この蚊帳生地の特性がふきんに向いているんじゃないか」となり1995年に商品化されたという。色とりどりな「花ふきん」と、イラストがほどこされた「かや織ふきん」。そのバリエーションは65種にものぼる。
「薄手なのに丈夫なんですよ。水分の吸収性に優れていて、しかも乾きやすい。この『かや織』という生地に新しい使命を託し時代に合わせて変化させること、そこにわが社のものづくりの思想が詰まっているんです。値段も880円から1320円と、相手に気持ちの負担をかけない金額なので、手土産としても良い評判をいただいています」
■持ち物にこだわりの強い人への手土産
中川政七商店の社長職ともなれば、「暮らしの達人」との交流も多いだろう。持ち物にこだわりの強そうな人への手土産はどうすればいいのだろう。
「仕事の取り引き先である職人さんや作り手さんたちは、暮らしの道具にこだわりをお持ちの方々も多く、すでに良いものをたくさんご存じです。だから逆に、ご自身ではきっと買われないだろうなというものを、あえてお渡しすることがあります。各地の郷土玩具や、知り合いが扱っているリトアニアの工芸品など。すると、『初めて見ました』とか『使ってみたら使いやすいんですね』という感想をいただくんです。
それがとても嬉しくて」
というのも初めてリトアニアの織物や工芸品を見たとき、千石さん自身も「作り手の姿やこまやかな制作過程を、あれこれ想像せずにはいられなかったから」だそう。
「リトアニアはリネンの一大産地ですが、時代の波にさらされているのは日本と同じです。現地の工芸品を輸入販売している知人と話すと、国は違えど似たような難題に行き着くことが多く、昨年、リトアニアの仕入れに同行させてもらったんです。現地で目の当たりにしたのは、大量生産化への流れでした。手仕事を次世代にどうつないでいくかという課題に、国の差はありませんでした」
■工芸品に宿るゆらぎの良さ
刺繍の入ったハンカチや手織りのベルト、糸車や鳩など伝統柄をモチーフにした木彫りの壁飾り(ベルプステ)など、リトアニアの雑貨は静謐(せいひつ)でありながらも饒舌(じょうぜつ)だ。いきいきとした感覚は日本の工芸品にも通じる。値段も、1000円未満から数万円台まで多種多彩。それが工芸雑貨の魅力でもある。
「工芸の技術は、一度失われたらそれを取り戻すのは至難の業です。あっという間になくなってしまう。ですから作り手を支えるために、たくさんの人が買い支えていく必要があります。『日本の工芸を元気にする!』をわが社のビジョンに掲げていますが、リトアニアの工芸品を手土産にすることでも同じ気持ちを伝えられればと」
手作りや工芸品を手土産にする良さとは、どんなところにあるのだろうか。

「そうですね、ゆらぎの良さではないでしょうか。ひとつとして同じものがないんですね、工芸品には。有機的な過程を経て出来ているので、自然にゆらぎが生まれてくるんです」
■人はゆらぎを無意識に求めている
たしかに木や石、竹などの自然素材に人の手が加わり、さらに窯で焼いたり、色で染めたりといったプロセスでの成果は一期一会のたまものといえる。
「そして人は、ゆらぎを無意識に欲しているのだと思うんです。工芸品は『あたたかい』とよくいわれますが、それは人間がゆらぎの幅を細かく察知できるからではないでしょうか。たとえば並べられたペットボトルの違いはわかりませんが、手作りの湯飲みの違いは一目瞭然ですよね。ものにも立派に個性がある。それを感じることは、ある種の快感だと思います」
贈るも快感、受けるも快感――。大事な相手に手土産でそっと忍ばせられるものには、どうやら限りがなさそうだ。

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池田 純子(いけだ・じゅんこ)

フリーライター

ライター・編集者として、暮らしや生き方、教育、ビジネスなどにまつわる雑誌記事の執筆や書籍制作に携わる。新しい生き方のヒントが見つかるインタビューサイト「いま&ひと」主宰。

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(フリーライター 池田 純子)
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