■スマホは“快眠の敵”である
21世紀になったら、ドラえもんの秘密道具のいくつかはテクノロジーとして実現しているはず――昭和の子どもたちは、未来にそんな期待を抱いていました。でも現実の21世紀は、みんながスマホを握りしめて、動画や文字情報を追いかけるばかり。ちょっと残念ですね。
スマホ依存は睡眠の問題にも直結しています。イギリスの若者1043人を対象とした大規模調査では、なんと38.9%もの人がスマホ依存症と判明。その6割以上が睡眠不足を訴え、睡眠の質が悪いと答えました(Sohn SY et al., 2021)。なかなか入眠しにくく、長時間眠り続けることができないため、日中も疲れた状態に。寝る時間が後ろにずれやすく、なかなか眠りにつけません。睡眠の質は下がり、持続時間も短くなってしまいます。
スマホにかぎらず、明るい光は眠りの妨(さまた)げとなります。ただスマホやタブレット、PCの場合、ブルーライトが出ることでより深刻な問題を招きます。光をとらえる網膜(もうまく)の神経細胞は、400~500nmの波長を含む青色光にとりわけ敏感だからです。
■「紙の本」が最もいい
網膜でキャッチされた情報は中枢時計の視交叉上核(しこうさじょうかく)に届き、メラトニンの生成が抑制されます。夜遅い時間でも、覚醒を促すスイッチが入るのです。概日(がいじつ)リズムもどんどん後退することに。夕方に2時間程度の光を浴びただけで、平均1.1時間もリズムが遅れることがわかっています(Pham HT et al., 2021)。
最近はブルーライトをカットする眼鏡やフィルターもありますが、効果は限定的です。夜に明るい光を浴びること自体を避けたほうがいいでしょう。
スマホのフィルターにどの程度の効果があるかを見た実験もあります。フィルターなしのスマホ、フィルターありのスマホ、紙の本のいずれかで寝る前に読書をしてもらったところ、フィルターなしのスマホ群では、メラトニンの分泌(ぶんぴつ)量が最低レベルでした。ではフィルターあり群はどうかというと、こちらも分泌量が少なめ。もっともよくメラトニンが出ていたのは紙の本を読んだ人たちという結果でした。
ストレスホルモンの分泌量もスマホ使用群で多く、フィルターがあっても、眠気の強さは十分強まっていきませんでした(図表2参照)。寝るときに何かを読みたいなら、紙の本が最善です。
■小さな光も絶対に入れてはいけない
睡眠科学の研究者は、マウスを使った実験を日夜くり返しています。実験条件を厳密にコントロールしておこないますが、なかにはPCモニターの電源をオフにせず、小さな電源ランプをつけたまま帰るおっちょこちょいな学生も。するとマウスの睡眠リズムは大きくくるい、実験は台無しになってしまいます。
光はそれほどまでに、睡眠リズムを左右します。最近では「自然な覚醒のために光を通すカーテンを」「カーテンの端を数cm開け、朝の光が入るように」などの情報も広まっていますが、それは日の出とともに起きる人の場合。6~8時くらいに起きて出勤する人では、早朝の眠りの質が落ちるだけです。遮光(しゃこう)カーテンを使い、小さな光も絶対に入れない覚悟で臨みましょう。
日本の住宅のせまさは、世界でもよく知られるところ。とくに子どもがいる家庭では、「自室なんて夢のまた夢」という家庭も少なくないでしょう。仕事や作業用のデスクやPCを寝室に置かざるをえないこともあります。けれど寝室は本来、眠るためだけの場所。
■照明も工夫したほうがいい
寝室のライティングも重要です。日本の住宅照明は非常に明るく、寝室であってもビカッと光る白色灯がついていることがあります。暖色系で照度の低いライトに変更したり、床置きの間接照明にするなどして、寝る前に明るい光を浴びずにすむようにしましょう。
仕事のスキルアップのために本で勉強したり、趣味の読書を楽しむうちに、リビングでうっかり寝落ちしてしまうこともありますね。リビングの照明が弱いものだとしても、このような眠りでは、まず疲れがとれません。
弱い灯りをつけたまま眠る実験では、睡眠時間や就寝時刻に影響はなかったものの、眠りが浅くなり、頻繁に目覚めることに(Mead MP, Reid KJ&Knutson KL, 2022)。さらに徐波(じょは)睡眠(編集部注:深い睡眠のこと)が減り、レム睡眠の働きも弱まるなど、睡眠中の脳の活動に大きな悪影響が認められました。
小さな子どものいる家庭では、子どもが暗闇をこわがり、小さな灯りをつけて寝ることも。その場合は、子どもが眠ってからそっと灯りを消しましょう。忙しい育児生活で十分に疲れをとるためにも、大切な工夫です。
■室温は20~25℃がいい
人の体温には、脳を含めた臓器の温かさを表す「深部体温」と、わきの下などで測定できる「皮膚体温」があります。眠りにつくときには、体内の熱を皮膚から放散するため、深部体温は下がって皮膚体温は上がります。つまり室内が暖かいままでは、深部体温が下がらず眠りにつきにくいのです。
近年は夏の気温が著しく上昇し、熱帯夜も増えています。節電も大切ですが、快眠による健康はそれ以上に大切。暑い日は必ずエアコンを使い、室温を下げましょう。アメリカの高齢者3000人以上を対象に、室温と睡眠の関係を調べた大規模調査では、総睡眠時間と睡眠効率にすぐれているのは20~25℃前後とわかっています(図表5参照)。
冬の室温管理も重要です。日本の住宅は断熱性能が低く、寝室の室温も諸外国よりかなり低いのです。調査によると、沖縄・北海道を除く全都道府県の寝室室温は14.4℃未満。WHO推奨の最低室温は18℃、欧州では20℃ですから、かなり低い室温です。
そこで日本の住宅環境の実態をふまえ、寝室の寒さと睡眠の質を調べた研究もあります(Chimed-Ochir O et al.,2021)。
同時に、乾燥も睡眠の妨げとなります。湿度50 %前後を目標に、加湿器を使ってうるおいを保ちましょう。
■「冬のもこもこソックス」で眠りの質が高まる
寒さ対策として、冬のもこもこソックスも人気です。かつての睡眠科学では、「皮膚体温を上げると、深部体温からの放熱が妨げられるからダメ」とされていましたが、これは過去の常識。韓国の新しい研究では、冬にベッドソックスを使用した人のほうが、入眠潜時(せんじ)が平均7.5分も短く、眠りの質も高いとわかっています(図表6参照)。
この実験のポイントは、末梢(足)の皮膚体温を上げても、深部体温には影響がなかったこと。これは、足が冷えて寝つけない人にとって朗報です。冷えがつらいときは、ベッドソックスを履いて寝るといいでしょう。ただし慢性的な冷えに悩む人には、根本的な改善策も必要。筋肉が少ないと、体内で熱を産生し、維持することができません。
■高い寝具を買う前に生活改善を
ぐっすり眠れないとき、寝ても疲れがとれないときに、真っ先に考えるのがマットレスや枕の買い替えですね。世の中には数かぎりない種類の寝具があり、ネット広告も多数。高い寝具を買えば、快眠生活が手に入るのではと考えたくもなります。
けれど睡眠の質を決めるのは、睡眠時間や規則正しい睡眠‐覚醒リズムであり、寝具だけで何かが変わったりはしません。「人生の投資だから」と貯金をはたいて高い寝具を買う前に、まずはできるかぎりの生活改善を。そのうえで予算に余裕があれば、好みの寝具を探しましょう。睡眠科学でも寝具の研究はおこなわれていますが、「これが決定打」といえるほどの最高の寝具や、その条件は見つかっていません。
マットレスに関しては一般に、硬さや機能の違いで睡眠が変わるとされます。では実験結果はどうでしょう? 硬さでは、中程度の硬さがいいようです。普通のスプリングマットレスで寝ている人を対象とした実験でも、中程度の硬さのマットレスで眠ることで、肩や背中、腰の痛みが起きにくく、睡眠効率が高まるとわかりました(Jacobson BH, Wallace T&Gemmell H, 2006)。慢性腰痛の人を対象とした実験でも、中硬度マットレスで、痛みの改善が認められています(Kovacs FM et al., 2003)。
高機能タイプは、製品間の違いもあり一概にいえません。体圧分散型マットレスの実験では、入眠潜時や睡眠時間、睡眠効率は普通のマットレスと同程度だったものの、徐波睡眠は増えたと報告されています(図表7参照)。
■枕は「あお向け」「横向き」両方に対応したものを
スマホによるストレートネックに悩む人も増え、枕選びも悩ましいところです。重要なのは、正常な首と胸郭(きょうかく)(鎖骨(さこつ)~胸の骨格)のカーブを保てること。これにより睡眠中も筋肉が緊張せず、リラックスして眠れます。
ただ、睡眠中は20~30回も寝返りをうちます。これは健康な体、健康な睡眠の証拠。姿勢がどんどん変わるので、「あお向け用」「横向き用」と分けて考えることはできず、両方に対応した枕を選ばなくてはなりません。
あお向けのときは、中央の凹みに頭部がフィットするのが理想的。へこんでいない部分の高さは7cm程度がいいと報告されています(Li X, Hu H&Liao S, 2017)。一方で横向きのときは10cm程度がめやすで、横向きのときに首を支える両サイドの部分は、高めのほうがいいようです。
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林 悠(はやし・ゆう)
東京大学大学院睡眠生理学研究室 教授
1980年生まれ。2003年東京大学理学部生物学科卒業後、同大学院理学系研究科博士課程生物科学専攻修了。理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)准教授、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻教授などを経て、2022年より現職。国内外の受賞歴も多数。動物が眠る理由、睡眠の生理学的意義の解明とともに、睡眠の異常をともなう疾患理解と予防治療法の開発をめざす。監修書に『東京大学の先生伝授 文系のための めっちゃやさしい 睡眠』(ニュートンプレス)などがある。
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(東京大学大学院睡眠生理学研究室 教授 林 悠)