なぜ、熟年離婚が増え続けているのか。朝日新聞取材班は「人生100年という長寿社会の影響もある。
子育てが一段落したことも離婚を決断する要因になる」という――。
※本稿は、朝日新聞取材班『ルポ 熟年離婚 「人生100年時代」の正念場』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■役職定年で妻から離婚を求められる夫
関東に住む女性(51歳)は2024年9月、出版社に務める夫(57歳)との離婚調停を申し立てた。きっかけは「役職定年」だった。
出版社勤務の夫は編集者で、管理職だった。友達は少なく、飲みにも行かず、浮気もしない。一方で趣味にお金がかかった。古いレコードなどを集めるコレクターで、自室にこもってはネットオークションばかり見ていた。
怒りっぽく、家では、「うるさいな」「バカか」「クソが」とよく怒鳴った。「俺の稼ぎで食べているんだ。お前、一人じゃ何もできないだろう」と暴言も吐かれた。
お金には細かく、電気代の明細を持ってきて「高すぎる。
冷房をつけっぱなしにしていたんじゃないか」と文句を言う。自分のネット代は棚に上げていた。
長男が私立大付属の中高一貫校に進学したいと言い出し、相談してみた。「そんな金はない」「俺は私立には行かせてもらえなかった」という言葉がかえってきた。
長男は父親に近づかなくなった。
■事実上のリストラだった役職定年
5年ほど前から家庭内別居になった。一軒家なので食事以外はできるだけ顔をあわせずに生活した。
コロナ禍でリモートワークとなった夫の部屋から、「こんなこともできないなんてお前、バカか」と部下を怒鳴る声が聞こえてきた。そのうちパワハラで訴えられるんじゃないかと心配していたら、23年4月、夫は会社から「役職定年」を宣告された。
50歳~60歳など、ある年齢に達すると管理職の肩書が一律に外され、給料も下がる役職定年は、今も多くの企業が採用する。「肩叩き」ととらえる人もいるかもしれない。
夫は営業職へ異動となり、給料が2割近く減った。
夫の部下がうつになったり、退職者が相次いだりしたため、事実上のリストラだったと後で知った。
その半年後、夫は女性に相談せずに広告会社に転職した。退職金の額は詳しく教えてくれない。転職先でも給料は変わらないと夫から聞いていたが、実際には2割減った。家のローンや保険の支払いなどを差し引くと、生活費のやり繰りが厳しくなった。
■離婚調停に踏み切るきっかけ
長男が4月、関西の大学に進学すると、夫婦だけの生活になった。耐えられず、女性は実母の介護をするという理由で千葉県にある実家へ戻った。
夫に月々の生活費である婚姻費用を請求した。婚姻費用とは夫婦、未成年の子どもが生活するうえで必要な衣食住の費用、医療費、子どもの養育費などが含まれる。法律上の夫婦は互いに生活を支える義務があると民法第760条に定められているので、収入が多い側が少ない側に支払うのが一般的だ。別居していても支払う義務がある。
だが、夫に「勝手に実家に行ったので、婚姻費用は払わない」と言われ、離婚調停に踏み切る決断をした。
その要因は二つある。
一つは、夫が会社を60歳で定年になった後、年金がもらえる65歳までの間、働き口が見つからないのではないかという老後の不安を感じたこと。
もう一つは、遺産相続できたこと。女性の父親が亡くなり、一人娘だったため、数千万円が入ってきた。実家に戻れば家賃負担もなく、夫から自立できるメドが立ったことだ。
長男の学費は女性の実母にすでに援助してもらっている。遺産は財産分与の対象外なので夫には話していないという。女性はこう話す。
「夫との生活に戻ることはもうない。新しい生活をしたい」
■役職定年で夫から離婚を求められる妻
役職定年になった夫から妻へ離婚を申し出たケースもある。
金融機関で管理職を務めていた夫は57歳で役職定年となり、年収が3割ダウン。当時49歳の妻、子どもと高級マンションに住んでいた。
子どもは私立中学校や塾に通い、習い事も多数していて、将来は留学を考えていた。
年収ダウンを機に、夫が家計を見直したところ、この生活レベルを維持すると、子どもの留学費用はもちろん、大学費用を出すのも難しいことがわかった。そのため「このままでは老後はとてもやっていけないので、生活レベルを落として節約してほしい」「マンションも安いところに引っ越したい」と頼んだところ、妻は「収入が下がるのはあなたの努力不足、私には関係ない」と拒否し、夫を無視するようになったという。
夫は家を出て、弁護士に相談した。これ以上、一緒に暮らすのはつらいということで、妻と話し合い、夫が養育費と学費を支払うことで離婚が成立した。貯蓄は少なかったため、財産分与は残った貯金を分ける程度だったという。
■過去最高を更新し続ける熟年離婚
これまでに2千件を超える離婚訴訟や夫婦トラブルを扱ってきた堀井亜生弁護士はこう語る。
「以前は夫の定年退職がきっかけで熟年離婚するケースが多かったが、最近はその前段階で増えている」
50代以降、夫が役職定年を迎えることがきっかけで離婚話になるケースが目立っているという。
「バブル世代は年収がずっと右肩上がりだったのでそれを前提として消費行動をしてきましたが、50代に役職定年になるとガクンと年収が減る。会社の制度として理解していても、いざ現実として下がった給与の額を見ると驚き、過去の家計管理について配偶者を責めて離婚問題に発展する」
予防策としては、50代に入る前に「役職定年」を想定し、家計を見直し、夫婦で老後について話し合うことを提案する。
厚生労働省の統計によると、2023年の離婚件数は18万3814組で、前年より4715組増加した。離婚そのものは、02年の28万9836組をピークに減少傾向にあるが、そのうち婚姻期間が20年以上の熟年離婚は3万9810件と前年より増え、離婚率も23.5%と、統計のある1947年以降で過去最高を更新し続けている。

■女性からの相談が7~8割の熟年離婚
NPO法人・日本家族問題相談連盟理事長で公認心理士、離婚カウンセラーの岡野あつこさんは、「熟年夫婦の離婚相談は女性からが7~8割。要因で多いのは、夫のモラハラなどです」と語る。
子育てが一段落したことも離婚を決断する要因となり、退職金や年金などの財産分与を考える場合、「夫の定年の2~3年前から妻は準備に動きだす」という。
人生100年という長寿社会の影響もある。1950年ごろの男性の平均寿命は約60歳。定年後、夫はそれほど長く生きる存在ではなかったが、今や男性の平均寿命は81歳。子どもが独立した定年後、夫婦で過ごす時間が長くなった。
これまで日本の熟年夫婦のモデルは、夫は外で働いて生活費を稼ぎ、妻は子育てなど家庭を守るという役割分担をし、夫婦が一緒に行動し、密接につながることは稀で、愛情うんぬんより、経済的な関係という側面が強かったといえる。
女性のエンパワーメント(自己決定能力)の高まりにより、「配偶者との価値観の違いや性格の不一致などを我慢せず、リセットしようとするケースが目立つ」とも指摘する。
妻側が離婚を切り出すのは、共稼ぎや実家からの遺産相続など経済的な自立のメドが立っている場合が多い。「一人に戻って残りの人生を自由に暮らしたいという前向きな決断もある」という。

(朝日新聞取材班)
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