■トランプ大統領への贈呈品となった貯金箱
「そんなくだらないもの、誰が買うねん」
10年間で、1000個以上のアイデアを却下され続けた男がいる。
しかし2025年4月18日、その男が企画した「金色のミャクミャク貯金箱」は、ホワイトハウス、トランプ大統領の執務机の上の上に置かれていた。関税交渉で渡米した赤澤亮正経済再生担当大臣が、手土産として贈ったのだ。
日本はもちろん中国でもニュースになり、大阪・関西万博会場内の販売店にインバウンド客が殺到。8800円と高額ながら、1カ月で1000個が完売、フリマサイトで2万3000円で転売された。
この商品を企画・製作したのは、大阪・福島区にある株式会社ヘソプロダクション(以下、ヘソプロ)代表 稲本ミノルさん(49)だ。「忖度まんじゅう」「平成の空気缶」「マジックふりかけ」――つい二度見し、誰かに話したくなる商品を次々と生み出すヒットメーカーである。
なぜ稲本さんは、ヒットを生み出せるようになったのか。逆転劇を取材した。
■ただの「空気」が30分で完売
ヘソプロは、雑貨や菓子、土産ものなどの企画・製作から卸売までを行う企業だ。商品によっては、自店舗での小売も行っている。
稲本さんが手がけてヒットした商品はいずれも、ユニークなアイデアにあふれている。たとえば2017年に販売した「忖度まんじゅう」。森友学園や加計学園を巡る問題で流行した言葉「忖度」を焼き印したまんじゅうは、シリーズ累計30万箱を突破。「忖度」はその年の流行語大賞も受賞した。トロフィー授与にも「忖度」が働いたのか、渦中の政治家ではなく、稲本さんが受け取るおまけ付きだ。
2019年4月22日には、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」で、あと8日で終わる「平成最後の空気」を採集。「平成の空気缶」として1080円で発売すると、中身が「空気」と、「令和時代でも良いご縁があるよう祈りを込めた平成の五円玉」だけの1000缶が、わずか30分で完売した。
2018年から今も売れ続ける「マジックインキ」型の容器入りふりかけ、その名も「マジックふりかけ」は、累計100万本以上を売り上げる。
■1000個以上のアイデアを封印した過去
今でこそ異色のヒットメーカーとして名を馳せる稲本さん。だが、近畿大学で演劇芸能を専攻(現・文芸学部芸術学科舞台芸術専攻)し、テレビ製作会社勤務を経て勤めた大手玩具卸会社では、アイデアの多くは結実しなかった。
「そんなくだらないもの、誰が買うねん」
「どこに売れる確約があるんですか」
「稟議が通るわけないでしょ?」
苦労して生み出した企画が、10個に1個も通らない。サラリーマンとして働いた10年で、1000個以上のアイデアが封印され続けた。
「絶対いいと思うけどなあ……と思っていたら半年、1年後に似た商品が出て、めちゃくちゃ売れるんです。『ほら、同じこと考えてたやつがおったやんか』といつも悔しい思いをしていました」
それでも腐ることなく10年間、誰よりも多く企画を出し続けた稲本さん。その原動力は、ある出来事にあった。
■「やればできた」を残さないよう「夢をつぶす」
稲本さんには二人の兄がいる。しかし、稲本さんが20歳のときに、長兄が突然事故で亡くなった。朝会って、「おはよう」と挨拶したその夜に、警察から訃報を知らせる電話があったのだ。命のあっけなさを思い知った。
高校生の頃から、なんとなく「自分は物書きになれるんじゃないか」と信じていたという稲本さん。だが兄の死から、両親や家族の状況も変わり、「好きなことだけをしていていいのか」と迷いが生じはじめる。大学卒業後しばらくは何も行動を起こせず、モヤモヤと過ごすことに。
そうして兄が亡くなった25歳に近づいたとき、兄の死で知った「いつまでも当たり前に生きていられへん」という感覚がハッと蘇ったという。そこで稲本さんは、「自分の可能性を追求し尽くそう」と決意する。
「『やればできた』という可能性を残したくなかったんです。40~50歳になって酒を飲みながら『本当の俺はこうだったんだよね』というおっさんにはならんとこうと決めた。やりたいことに挑戦して、指折りひとつずつあきらめたい。『夢をつぶす作業』をやっていこうと思いました」
まずは作家の肥やしにしようと、テレビ制作会社でADを経験。あまりにハードな生活にすぐ音をあげた。ならば作家にと、書き溜めていた本や詩集を出版社に送り、共同出版したが、大きな反響もなく次の仕事にはつながらなかった。そして28歳の頃、「サラリーマンになろう」と、興味のあった玩具の卸会社に飛び込んだ。
「サラリーマンとしてまずは1年、どこまでやれるかやってみようと。1年ですごい活躍をするんちゃうかと思ってました。ダメになるイメージがまるで湧かなかった。
■最後に助けてくれるのは「外部の人」
しかし、現実は厳しかった。
どんなに考えて雑貨や玩具の企画を出しても、「売れる確約がない」という理由で採用されない。それでも諦めず営業と企画を繰り返し、1年で社内No.1のポジションについた。
けれど皮肉にも、結果を出せば出すほどオーナーとの間に摩擦が生まれた。社内で目立ちはじめた稲本さんとオーナーの間で、従業員が分断されたからだ。ついには子会社に出向となり、親会社で進めていた案件と兼務する忙しい日々に。それでもオーナーに認められず、「会社が成長できないのはお前のせいだ」と言われるようになっていった。
入社から10年、38歳で「やれることは全部やった」「上り詰めた」と感じて退社。引き合いがあり、フリーのアドバイザーとして商品企画をはじめる。
付き合いのあった取引先、関係会社の人が「手伝って」と仕事をくれたのだ。実は稲本さんにはサラリーマン時代、企画が通らずに落ち込んでいるとき、いつも話を聞いてくれたメンターがいた。得意先の元役員だ。
その言葉とは、「お前はサラリーマンで終わる人間じゃないから、覚えておき。今は同僚とか、仲間が財産と思っているやろうけど、違うぞ。会社の外にいる人が本当の財産で、きっと最終的にお前のことを助けてくれる。ちゃんと大事にしろよ」である。
「それからは外部の方をほんまに大事にするようになりました。真剣に付き合ってきて良かったなと思います」と微笑む。「真剣に付き合う」とは、早朝でも夜中でも店を訪れ、搬入・搬出から売り場作りまで手がける、サラリーマンの枠を超えた関わり方だった。その姿勢があったからこそ退社後も声をかけ、手を差し伸べてくれたのだ。
しかし、アドバイザーを続けるなかで限界も見えてきた。どんなに提案をしても、リスクを恐れる経営者たちはなかなか実行に移してくれない。
「結局、サラリーマン時代と同じやな」。
アイデアが形にならないもどかしさを感じているとき、複数の元取引先担当者から声がかかる。「法人化してよ。そうでないと、ちゃんとお付き合いできへん」「秋に店をやるから手伝ってよ。それに合わせて会社やってよ」。38歳で会社を辞めて1年、ついに稲本さんは腹をくくった。
今度こそ、自分のアイデアを思う存分形にできる場を作ろう――。
■100万円をかけた「ブレーキハンドル」がいきなり大バズ
こうして2014年10月、株式会社ヘソプロダクションが誕生した。従業員は稲本さんとアルバイト二人。小規模なスタートだったが、すぐにさまざまな案件が舞い込んだ。そのひとつが、2016年に開業を控えた京都鉄道博物館のサポートだ。そして、その限定土産として企画・製作した「電車のブレーキハンドル型」のペットボトルキャップオープナーが大ヒットすることになる。
きっかけは、シンプルなキャップオープナーを作っていたメーカーが、売れ行きが悪いと相談に来たことだった。「こんなんお金取って売れるわけないやん。なんか付加価値がないと」と思ったが、そのときは解決策が浮かばなかった。
だが次に相談にきたとき、京都鉄道博物館の土産コーナーを手伝っていたことから、「電車のブレーキハンドル型にして、ひねると、『プシューッ!』と実際に電車を運転しているような音を出す」という付加価値を閃いた。
当時は起業したばかりで貯金もなかったが「自社で作る」と買って出て、なけなしの100万円を投入して製作する。売れるかどうかは未知数。でも、サラリーマン時代のように、誰かに「そんなん売れるわけない」と却下されることはない。リスクを背負った。
そして2016年4月、京都鉄道博物館がオープンすると、予想外のことが起こる。「これ考えたやつ、天才ちゃう」とSNSで呟いた鉄道ファンの言葉が次々とシェアされ、バズが起きたのだ。ブレーキハンドル型オープナーは、作っても作っても棚から無くなっていく。トータルで10万個、1億円を売り上げた。
稲本さんはヒットの理由を、「自分は鉄道マニアではない、でもだからこそマニアックになりすぎず、いいものを作れたのでは」と分析する。素人目線で、「プシューッ!」というブレーキ音だけにこだわったからこそ、マニア層、ライト層、そして子供にも広く刺さる商品が作れたことに気づいたのだ。
■「問題点の抽出」こそがアイデアの源
このとき、ヘソプロダクションの成功パターンが確立された。
誰かがまず「こういうの作ったけど売れへん。どう思います?」と相談しにくる。なんで売れないか、稲本さんが問題点をみつける。その問題を抱えたまま稲本さんは日常生活を過ごし、なにかを見たり考えたきっかけで、「あ、あの解決策ってこれかも?」とアイデアが降ってくる。そのアイデアを商品に落とし込み、ヘソプロで製作するというものだ。
「そもそもどんなヒット商品も、『こういうものがあったら、もっと生活が便利になるのに』という問題点からはじまっていますよね。つまり、『問題点を抽出すること』こそが、アイデアの源なんじゃないかと気がついたんです」
2018年に発売され、累計100万本・卸売売上4億円以上売れた「マジックふりかけ」も、最初に「マジックインキを容器にしよう」とひらめいたわけではなかった。食品メーカーが「いろんな味のふりかけが作れるので、売り方を考えてほしい」と相談にきたのだ。
「ただ種類があっても売れない」――サラリーマン時代、稲本さんは何度もそういって企画を封印されていた。「種類が多い理由」を見つけなければならなかった。
数日後、たまたま文房具メーカーとのコラボアイテムを手掛けていたとき、ひらめきが降りてきた。「マジックなら、いろんなカラーバリエーションがあって当然。味のバリエーションのあるふりかけにする理由がある」。
「どんなものにもよく掛ける」という、「書ける」と「ふり掛ける」を引っかけたキャッチコピーも同時に閃いた。カラーがズラリと並んだ売り場も脳内に浮かんだという。
こうして生まれたマジックふりかけは現在、「関西」「日本の味」「福岡」「東海」「中国」など各地の限定フレーバーが販売され、旅土産の定番になりつつある。
■ヒットを生み出す「4つの法則」
その後も、2017年に「忖度まんじゅう」、2019年の「平成の空気缶」など異色のアイデアでヒットを飛ばし、ヘソプロは従業員15人、年商24億円の企業に成長した。
収入の柱となっているのは企画・製作した商品を卸売した収益で、そのほか、自社店舗での売上げや、コンサルティング料だけを受け取っているケースもある。
すっかりヒットメーカーとなった稲本さんに「ヒット商品を生み出す方法」について聞くと、「う~ん」と考え考え、とつとつと、4つの法則を教えてくれた。
①「ネタ」と「ストーリー」がある
②「違和感」がある
③「70%の完成度」で出す
④「点」ではなく「面」で見せる
第2回では、ポイントを1つ1つ解説していく――。
(第2回につづく)
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笹間 聖子(ささま・せいこ)
フリーライター、編集者
おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。
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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)