■行政お墨付きの優良マンションのはずが…
あなたがもし、いま保有しているマンション、住んでいるマンションに、「重大な欠陥、違法建築が見つかりました」と、いきなり言われたらどうするだろうか?
大都市圏を中心として、中古物件も含めたマンション価格が高騰している。ビジネスパーソンの多くにとって、都心のマンションはもはや「高嶺の花」。ところが、恐ろしいことに高額の住宅ローンを組み、ようやく手に入れたマンションが欠陥だらけの「コンクリートの塊」である可能性を否定できないのだ。
というのも、大手デベロッパーの“自信作”のマンションでさえ、重大な欠陥と違法建築があったとわかり、いま大きな関心を集めているからだ。どのマンションでも、同じような欠陥や違法建築が潜んでいるかもしれない。マンション住民は、まさに「自分ゴト」として考えるべき問題なのである。
件のマンションとは、東京都世田谷区にある「東急ドエル・アルス世田谷フロレスタ」。施工は東急建設、売主は東急不動産、分譲後の管理は東急コミュニティー(以下、TC)が担当したという、東急グループが総力を挙げてつくったマンションである。
竣工は1998年で49戸、総床面積は約4100平方メートル。閑静な住宅街に囲まれ、東急世田谷線若林駅から徒歩数分、幹線道路の環状7号線沿線という抜群の立地条件で、人気も高かった。「優良建築物等整備事業」の対象として、国や東京都、世田谷区から、総額約1億5000万円もの補助金まで交付されている。
しかし、いまや住民は全員立ち退き、“廃墟同然”となっている。2018年以降、耐震性などの深刻な欠陥、「日影規制違反」といった違法建築が、相次いで見つかったからだ。
■水がたまった地下、錆びついた鉄筋
マンションコンサルタントの井田健氏の事務所が、建物調査時に撮影した写真をご覧いただきたい。例えば、水道管やガス管などを収めるマンションの「地下ピット」は、床に一面、水がたまっていた。排水機能不全だったからだ。
建物を支える鉄筋コンクリートの梁は、配管などを通すために後から穴を貫通させる「コア抜き」をしたが、鉄筋を切断し、断面をむき出しにしたまま放置したので錆びつき、強度を大きく損ねてしまった。
それだけではない。建物を再調査していた2022年、重大な違法建築が発覚した。通常であれば、図面と建築物の方角は一致しているはず。ところが、同マンションは、図面の北の方角が、実際の方角よりも西に約14度もズレていた。その結果、建築基準法の日影規制や「高度斜線規制」をオーバーし、マンションや周辺の住民の日照権などを侵害している状態にあるのだ。
■住民たちはついに訴えを起こした
欠陥や違法建築を認めた東急不動産は当初、マンションの建て替えに向けて、管理組合と協議していた。ところが、2024年3月に住戸の買い取りを提案した。そこで、管理組合と一部の区分所有者が2025年6月、河合弘之弁護士らを訴訟代理人として、東急不動産の建て替え義務の確認を求める訴えを、東京地方裁判所に起こした。
建て替えに備えて提供している仮住まいから「4年後までに退去してもらう」などと住民に迫る一方で、「近隣エリアにおいて買収当時、築年数、面積などが類似した中古物件の相場よりも低い価格を提示」(河合弁護士)した東急不動産のやり方は、住民たちの強い反発を招いた。
東急不動産は、建て替え後の管理費や修繕積立金の援助など負担がどこまで増えるか不透明なので、「損失をできるだけ抑えるとともに、早く確定したかったのではないか」との見方を、河合弁護士は示す。
気になるのは、管理組合が「欠陥を、自分たちの手で突き止めた」と言っていること。弱い立場のはずの住民たちが、なぜ訴訟にまで漕ぎつけられたのか? そのポイントを検証すれば、すべてのマンション住民にとって教訓になることがあるに違いない。
欠陥や違法建築の問題、デベロッパーに対して、管理組合やマンション住民がどのように立ち向かったのか、まず訴訟までの道程を管理組合理事長に振り返ってもらおう。
■【管理組合理事長・証言】「セカンドオピニオン」の重要性
私たち管理組合が、マンションの欠陥を発見できたのは、実は、東急不動産グループの管理会社、TCへの不信から、さまざまな業務を外部機関に委託するようになったのが、そもそものきっかけでした。
TCは当マンションの竣工以来、一貫して管理業務を受託していたのですが、管理委託費が高いのにサービスの質が悪く、管理組合の不満が鬱積していたんです。
例えば、代金を受け取っていながら、数年分の建物の定期検査を実施していなかったことがありました。代金はもちろん返還させましたが、経費を精査したところ、ほかにも法定外の無駄な検査をしていたことなどがわかって、年間約1000万円にも達していた管理委託費を、10年ほどかけて約600万円にまで削減したのです。
TCは設備などの工事費も高く、コスト意識の高い組合員が気づき、厳しくチェックしました。例えば、自動ドアの設置工事をしたんですが、TCの工事費の見積もりは、約800万円だったので驚きました。外部に見積もりを取ったところ、工事費は約300万円ですみました。それで、工事費の相見積もりが仕組み化されたのですが、“TCは必ず高い”というエビデンスを集めるため、TCにも、継続して見積もりを出させました。
■【管理組合理事長・証言】大規模修繕の見積もりに3000万円の差
極め付きが「竣工図」の問題でした。竣工図は、設計図ではなく、完成時の建築物の状態を表した図面。「建物の戸籍」とも言われる重要書類で、各種工事などに欠かせません。ところが、2010年頃に第1回の「大規模修繕工事」の準備を始めたところ、マンションに竣工図がなかったのです。竣工図がないマンションなんて聞いたことがなく、衝撃を受けました。
竣工図は、デベロッパーから管理会社を通じて管理組合に引き渡されるので、TCが気づかないはずがありません。しかも、竣工図を提出するように、TCに矢の催促をしても梨のつぶて。ようやく回答が来たと思ったら、「紛失したようです」の一言です。
とはいえ、大規模修繕工事の工事費の相見積もりには、例によってTCも参加させました。想定内でしたが、TCの見積もりは約8000万円。当時の修繕積立金の総額と、ほぼイコールでした。管理組合が発注した施工会社の見積もりは約5000万円でした。
大規模修繕工事は設計監理、工事をそれぞれ別の業者が分担する、いわゆる「設計監理方式」で行われたのですが、コンペで設計監理担当として選ばれたのが、建物の欠陥の発見に大いに貢献してくれた井田氏でした。
なお、TCは、管理組合の欠陥調査に反対するなど非協力的だったため、2025年3月に管理委託契約を解約しました。
■【管理組合理事長・証言】1階住戸でカビが大量発生
欠陥による不具合は、実は、マンションの竣工直後から起こっていました。
例えば、「いくら暖房をかけても、室内が冷える」といった声が、住民から寄せられていたんです。後の調査で、建物の断熱材不足もわかったんですが、いまから思えば、その影響だったのかもしれません。
不具合の最たるものが、1階住戸のカビの大量発生でした。
とはいえ、カビは専有部(住戸)の問題だったので、残念ながら、表面化が遅れてしまったのです。住民たちも、「1階は湿気がこもりやすいからではないか」「通気や清掃など室内のメンテナンスが悪いからではないか」などと思い込み、管理組合への相談を長らく躊躇していたと、後で聞きました。
どんなカビ対策をしても、カビは減るどころか増えるばかり。壁や床を覆うほどになり、たまりかねた1階住民が2016年にTCに相談しました。TCの担当者が、東急建設の担当者とともに1階住戸を調査したのですが、「建物に問題はない」と断言したそうです。
■【管理組合理事長・証言】建物調査を強く要請するも…
カビの問題は一向に解消されず、1階住民は、ついに管理組合に苦情を訴えたのです。そこで、管理組合が2018年、東急不動産に建物調査を強く要請したのですが、満足のいく対応ではありませんでした。
地下ピットに入った東急不動産と東急建設の担当者が5分も経たずに出てきて、「異常ありません」と言ったので、立ち会った管理組合員は、違和感を覚えたそうです。当マンションの地下ピットは広大なスペースで、調べようとすれば、ゆうに30分以上かかるからです。組合員が「きちんと調べたのか」と問いただすと、「自分たちで調べてください」と言って、担当者たちは帰っていったそうです。
■【管理組合理事長・証言】決め手は住民同士の意思疎通
そこで、管理組合は井田氏に依頼して、地下ピットを独自に調査することにしました。
ファミリータイプのマンションなので、多世代の住民が家族ぐるみの付き合いをしていて、緊密な意思疎通もできていました。組合員の中には建設・不動産関係の専門家もいて、工事費の相見積もり、大規模修繕工事の検討などで勉強会を開いた時には、積極的に協力してくれました。
そして、管理組合の独自調査を契機として、建物内部の欠陥の数々が明らかになったのです。長年住み慣れた愛着のある自宅なので、現実を認めたくはありませんが、まるで施工不良のオンパレード、見本市のようでした。
管理組合は2020年10月、役員や大規模修繕専門委員の経験者を中心とする専門委員会「建物安全検証委員会」を理事会の下に設置していましたが、建物の「耐震補強工事」などではすまないことがはっきりしたため、2021年4月に開かれた住民説明会で東急不動産から「マンション建て替え」の提案がありました。ところが、東急不動産は建て替えでなく、実は、「解体」を考えていたことが2024年12月以降、メディア報道で判明したのです。
東急不動産は、建築基準法に適合したマンションにすると、日影規制などで建物が小さくなり、住戸が現在の約半数に減ってしまうため、区分所有者の「再入居の希望に沿えない」のが、建て替えを断念した主な理由としています。
しかし、2022年9月、住民向け説明会を行った東急不動産の岡田正志社長(当時)は、すでに違法建築の是正を前提として、複数の建て替えプランとともに、希望者への「代替物件の紹介」なども含め、住民ニーズに寄り添った「あらゆる選択肢を提示したい」と、明言しています。この期に及んで、住戸が半減することが、建て替え拒否の理由になるはずがありません。
■【管理組合理事長・証言】ネガティブ情報を開示する方針に
欠陥や違法建築の問題について、当初はできれば穏便に、内々に改修などですめばいいと考えていました。しかし、東急不動産のやり方を目の当たりにして、2024年11月から方向転換しました。情報開示することにしたのです。
管理組合は非力ですが、メディアや世論、行政などを味方につければ、東急不動産も、さすがに無視できなくなるでしょう。
そして、管理組合は、「マンション建て替えの合意はすでに実質的に成立している。正当な理由のない合意破棄は許されない」と、東急不動産を提訴したわけです。
■デベロッパーに対抗できた三つのポイント
ここまで、管理組合の理事長に提訴までの経緯を話してもらった。
そこからは、管理組合やマンション住民がデベロッパーに対抗できた主なポイントが、三つ見出される。
第一のポイントは、管理組合が、東急グループ以外に「セカンドオピニオン」を取る仕組みがあったこと。管理組合が、もし管理業務のすべてを東急グループに依存していたら、欠陥や違法建築を発見する機会すら得られなかったかもしれない。
第二のポイントは、管理組合が東急グループの言い分を鵜呑みにせず、建物調査を独自に進めたこと。普通の管理組合であれば、「建設・不動産のプロ」で、しかも、「日本を代表する企業グループ」である東急を信用してしまうだろう。それをしなかったのが、欠陥や違法建築の発見につながる、運命の分岐点になったのだ。
独自調査に踏み切れたのは、さまざまな管理問題について自主的に話し合い、前向きに問題解決に取り組むコミュニティが、しっかり形成されていたことも大きいだろう。役員として管理業務の経験を積んだ組合員も多かった。
第三のポイントとなったのが、管理組合がネガティブ情報もあえて開示し、外部に支援を積極的に求めたことだろう。
欠陥や違法建築は、マンションにとって秘匿したいネガティブ情報の一つ。資産価値の下落に直結するからだ。だが、問題が重大で、東急グループへの不信も募らせていたため、世論や行政などに訴えたほうが、住民の救済につながると判断したのだ。
■行政にも協力を要請
管理組合は2024年12月、郷原信郎弁護士に同席してもらい、マンションの欠陥や違法建築、東急不動産のコンプライアンス違反を訴える記者会見を開いた。新聞やTV、雑誌にも大きく取り上げられたことは、皆さんもよくご存じだろう。
管理組合は、地域の住宅行政を担う世田谷区にも、本件を報告するとともに、「住民を支援してほしい」と陳情した。世田谷区には、欠陥や違法建築がありながら、マンションの建築を許可してしまった弱みもある。
そこで、マンション建て替え協議と並行して、2020年末頃から管理組合と世田谷区、東急不動産の三者協議も始まった。その結果、世田谷区は、2024年9月にマンションに立ち入り調査を実施、同年11月に管理組合と東急不動産に違法状態の是正を求めた。世田谷区は、行政指導について東急不動産とのやり取りを明らかにしていないが、担当者は「東急不動産が従わないと、意思表示したわけではない」と明かす。
約1億5000万円の補助金の行方も注目される。国民の血税を、東急不動産が「不正に受け取った状態」になっているからだ。世田谷区は、「マンションの違法状態を是正するか、当時の補助金事業の要件に合致した建築物に建て替えない限り、補助金は返還してもらう」との方針も示している。
例えば、マンションを解体して「更地を売却したり、跡地に一戸建てを建てたりすれば、補助金事業の対象外と想定される」というのが世田谷区の見解。補助金の対象は、“優良な集合住宅”だからである。東急不動産がマンションを建て替えずに、補助金も返さないとすれば、行政指導に反することになるだろう。
なお、プレジデントオンライン編集部は、東急ドエル・アルス世田谷フロレスタの建て替え問題について、東急不動産ホールディングスと東急コミュニティーにそれぞれ質問状を送った。両社からは以下のように回答があった。
東急不動産ホールディングス
「東急不動産については係争中の案件のため、回答を差し控えさせていただきます」
東急コミュニティー
「回答を差し控えさせていただきます」
■ある日突然、欠陥住宅と判明したら
本件は「裁判」という新たなフェーズに入ったわけだが、すでに管理組合には、欠陥や違法建築に悩む全国のマンションから、「地下ピットが水槽のようになっているのだが、どうすればいいか」といった相談や問い合わせが、続々と寄せられているという。
「ほかのマンションの窮状も、本件が私たちだけの問題ではないこともよくわかりました。デベロッパーや管理会社といった強大な敵が相手でも、被害者が泣き寝入りすることはありません。私たちも厳しい戦いを強いられていますが、被害者に少しでも寄り添いたいという思いで、いまは一杯です」と、理事長は力強く語る。
本件は、すべてのマンション住民に、貴重な教訓を与えてくれた。どのマンションにも「隠れた欠陥や違法建築」があり得ることを示した事例である。同時に、「弱者」である管理組合や区分所有者でも的確な対応をすれば、自分たちで欠陥や違法建築を発見できることも、大手デベロッパーと対峙できることも実証した。
あなたがある日突然、「欠陥マンションの被害者」になっても悲観したり、絶望したりすることはない。希望を持って、周りの住民たちと冷静に話し合い、知恵を出し合えば、道はきっと見出せるだろう。
(ジャーナリスト 野澤 正毅)