※本稿は、杉田正明『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)の一部を再編集したものです。
■トップアスリートが「欠かさず記録していること」
日々のコンディショニングにおいて、まず大切なのは自分の基準値を知ることです。図表1は、私が10年ぐらいサポートで関わらせていただいたマラソンの元日本記録保持者の高岡寿成選手の記録シートです。
練習内容や睡眠時間、体調・体温・血圧・脈拍、朝・昼・夜の体重、1日の走行距離などを、詳細に記録していました。
高岡選手は、これだけ多くのことを10年間、毎日欠かさず記録してくれたのです。このように記録を残していくことで、自分の変化が目に見えて把握できますし、やる気にもつながります。本人は正直、「めんどうくさくて、やめたいと思ったこともあった」そうですが、同時に「これは自分の競技生活を支える唯一無二の重要なデータになった」と話してくれました。
一般の人も同様に、やはり自分の体調や体重だけでも記録しておくと、自分の現状を知るうえで、非常に有用だと思います。
できれば体調や体重に加えて、脈拍、血圧、体温なども記録しておくと良いでしょう。アスリートが活用しているスマートウォッチや指輪型のウエアラブルデバイスなどを利用してもいいですね。
また、日々自分で記録を付ける以外にも健康診断を定期的に受診することが大切です。
それぞれの数値が基準値内であることも大切ですが、項目によっては個人差があるので、自分なりの標準値を知り、それを目安にして上がったのか下がったのかを見るようにしましょう。
■これが不足すると、体は「本来の力」を出せない
アスリートが行う健康診断では、血液検査の数値でコンディションを見ていきます。みなさんも人間ドックなどでは肝機能を判断するガンマ-GTPや、尿酸、中性脂肪、血糖などの値を気にされていると思います。
それらの値も重要ですが、これからはぜひ「総タンパク」の数値も見てください。総タンパクとは、簡単に言うと体の血液中のタンパク質量のことです。血液中には100種類以上のタンパク質が存在していますが、この総量がとても重要なのです。
肉や魚、大豆、卵など、食品からタンパク質を摂ると、肝臓でさまざまな種類のタンパク質に変わります。必要なものは血液を通じて全身に運ばれ、そのかわり不要となった老廃物は体外に排出されます。血液は車でいうエンジンオイルのようなものです。エンジンオイルの性能が落ちると車が本来の性能を発揮できないように血液中のタンパク質が不足すると体も本来の力を出せません。
総タンパク量が少ない場合は、そもそもの摂取するタンパク量が足りていないか、肝臓でタンパク質の合成がうまくいっていないと考えられます。
タンパク質は筋肉、血液、骨など、ありとあらゆるものの栄養素となるので、総タンパク量が少ないと、疲労回復も遅くなります。
■「鉄」だけ摂っても貧血は改善しない
他にチェックしたいものに血清鉄の値があります。これは血液中の鉄分の量の値ですが、鉄分が少ないと貧血になりやすいのです。
貧血の指標としてよく知られているのはヘモグロビン値です。しかしヘモグロビンは、鉄とタンパク質が合体した物質であり、ヘモグロビン値は総タンパクと正比例の関係にあります。
貧血気味の女性は、鉄分の多い食品やサプリメントなどで補っている方も多いですが、鉄だけ摂ってもくっつく相手(=タンパク質)がいないとヘモグロビンは作られないので、同時にタンパク質も摂らないと、貧血は改善しません。
貧血気味の人は鉄だけではなく、むしろタンパク質をしっかり摂ることが大切な場合もあるのです。その他の重要な項目として、フェリチンという指標があります。フェリチンは体内にある鉄をストックしておくタンパク質で、「貯蔵鉄」と呼ばれることもあります。このフェリチンの値が下がってくると、疲れやすくなったり、だるさを感じたり、集中力や記憶力が落ちたり、イライラしやすくなったり、不安感や気分の落ち込みといったメンタル面にも影響します。「ヘモグロビンは財布に入っているお金、フェリチンは貯金箱」とたとえられるように、フェリチンは鉄の蓄えを示す大事な指標です。特に長距離走やマラソンの選手は、高地トレーニングの前など、定期的にチェックしている項目のひとつです。
■「うんちチェック」で腸状態を知る
腸はコンディショニングの土台ともなる臓器です。腸内の細菌の中には、良い菌(善玉菌)、悪い菌(悪玉菌)、中間菌(日和見(ひよりみ)菌)があります。
悪い菌が増えすぎると腸内環境が悪化しますが、逆に悪玉菌がないと腸内が活性化しすぎて過敏性腸症候群のような症状が出るので、何事もバランスが大切です。
腸内環境が悪くなると腸の機能が落ち、結果的に栄養を摂っても吸収されず、エネルギーが不足します。当然、疲労からの回復も遅れてパフォーマンスも低下します。さらには、脳の発達や行動にまで影響を与えてしまうこともわかっています。
スポーツの世界でもよく使われていますが、イギリスの大学が考案した、大便の形状で腸の状態を判断するブリストル・スケールという方法があります。
これは便の状態を次の7段階に分類しています。
①コロコロした硬い便
②塊が集まっているゴツゴツした便
③表面にひび割れのあるソーセージ状の便
④表面が滑らかな便
⑤半固形の便
⑥不定形の軟らかい便
⑦水のような便
これらの段階の中で4番目が理想的とされています。
滑らかでスムーズに出る「バナナうんち」の状態にするには、いわゆる「腸活」が大切です。
■腸は夜中に眠っているときに活動している
私は、選手たちには東京医科歯科大学(現・東京科学大学)名誉教授で腸博士として著名な故・藤田紘一郎先生の著書を参考に「腸を守る健康法10カ条」を指導しています。
具体的には、発酵食品やサプリメントを摂取して善玉菌を増やす、オメガ3系の油や、バナナにハチミツをかけたものといった善玉菌の餌となるオリゴ糖を摂るなどの方法があります。
味噌やヨーグルトなどの発酵食品に含まれている乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌を、そのまま直接腸に届けることをプロバイオティクスと言います。
一方、体内にもともとある善玉菌を増やして活性化してくれるオリゴ糖や食物繊維などを摂ることをプレバイオティクスと言います。
さらに、この2つを一緒に摂って相乗効果を期待する考え方をシンバイオティクスと呼んでいます。
しかし、いくら腸に良いものを摂っても、腸の活動が弱ければ消化吸収ができません。実は、腸は夜中に眠っているときに活動をしています。自律神経の交感神経が優位な日中は働きが抑えられ、副交感神経が優位な夜中に活動をしているのです。
そこで、夜寝ているときに腹巻きなどでお腹を温め、血液の流れを循環しやすいようにすることで、より効果的な「腸活」が可能になります。
■朝起きたら一番に口をすすぐ
2021年、横浜市立大学の医学部が、「口腔内の歯周病菌が大腸がんの発症に関与する」という発表をしました。
歯周病の原因は歯垢の中の細菌です。私たちは、食べたり飲んだりすることによって毎日1000~1500億個の細菌を飲み込んでいるそうです。それらは、胃酸でほとんど殺菌されますが、一部は腸に達してしまいます。
歯周病は免疫の低下や、血管内に侵入して全身に巡り糖尿病をひき起こす他、心臓病とも関わりがあると言われています。
ところで、1日24時間のうち、口腔環境が最も悪いのはいつだと思いますか? それは朝、起きてすぐです。日中は唾液にも殺菌成分が含まれているので、そこまで細菌は増えませんが、夜間は唾液の分泌量が減り、口の中で細菌が繁殖しやすくなるからです。
ですから朝起きて、まずは歯を磨いて細菌を取り除いた状態で、ご飯を食べたり水分を摂取したりすることが大切なのです。歯をよく磨く人で1000~2000億個、あまり磨かない人で4000~6000億個、さらにほとんど磨かない人では1兆個もの細菌が住み着いていると言われます。
もし、そのまま水を飲んだりすれば、細菌はそのまま体の中に入っていきます。起き抜けに水を飲む人もいますが、口を軽くすすぐだけでもいいので、まずは口の中を清潔にしましょう。
また、昼食から夕食まで6~7時間ぐらい間がありますが、この間にうがいする人としない人で分けると、うがいしない人のほうが、口の中の細菌が繁殖して腸内細菌に影響を及ぼすそうです。これは便を分析してくれる会社の人から聞いた話です。
ですから、長時間食べたり飲んだりしないときは、時々うがいをして、口の中を綺麗にしてあげることが大切です。
----------
杉田 正明(すぎた・まさあき)
日本体育大学体育学部 教授
1966年生まれ。1991年3月、三重大学大学院修了。
----------
(日本体育大学体育学部 教授 杉田 正明)