「夏バテ」を防ぐにはどうすればいいのか。日本体育大学の杉田正明教授は「疲労回復のためにはシャワーより入浴のほうが効果的だ。
私がFIFAワールドカップでサッカー日本代表をサポートしたときは各国の拠点を転々としたが、必ずお風呂があるホテルに宿泊した」という――。(第3回)
※本稿は、杉田正明『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)の一部を再編集したものです。
■夏でもシャワーより入浴を勧めるワケ
夏になると湯に浸からず、シャワーだけで済ませる人も多いですが、入浴にはさまざまなメリットがあります。
私が2010年の南アフリカで開催されたFIFAワールドカップでサッカー日本代表をサポートしたときは、まずスイスで合宿をし、そこからオーストリアで練習試合などをこなし、最終的に開催地の南アフリカに行くといったスケジュールでした。
拠点を転々としましたが、どこも必ずお風呂があるホテルでした。なぜなら疲労回復には、入浴はとても重要だからです。チームとしての考えでそのような配慮がなされていてすばらしいと感じました。
入浴の大きなメリットは次のとおりです。
①体を温める

②水圧で新陳代謝を良くする

③浮力でリラックス効果が得られる
スポーツ選手を対象に、5日間入浴した場合とシャワーだけの場合で、太ももの裏側の柔軟性がどう変化したかを調べたところ、お風呂に入ったほうがよりリラックスでき、筋肉の柔軟性が高くなって怪我をしにくい体になっていることがわかりました。
■ぬるめのお湯+炭酸ガス入り入浴剤が効果的
北海道大学で温泉専門医として知られる大塚吉則教授によると、効果的な入浴法は、ぬるめのお湯(37~39℃)に浸かり、額にうっすら汗がにじむくらいまで温まることだとされています。この方法により、リラックス効果が高まり、疲労回復が促進されるそうです。
たとえば最近では、炭酸ガス入りの入浴剤があります。
何も入れないままのお湯よりも、炭酸ガス入りの入浴剤を入れたお湯に浸かったほうが、体の中の血液の流れも良くなります。
これは、炭酸ガスが毛穴から皮膚内に入ると、体はガスを異物と感じ、それを排出しようとして血管を広げるからです。
さらに炭酸ガス入りの入浴剤を入れたとき、コルチゾールというストレスホルモンの値が下がることもわかっています。ですから、ストレス軽減にもつながるというわけです。
また、一方で、入浴をすることでオキシトシンというホルモンの値が上がることもわかっています。オキシトシンは別名愛情ホルモンとも言い、オキシトシンが増えると幸福感が得られることが実証されています。
つまり、入浴をすることで体だけでなく心の疲れも回復できるのです。
■オリンピック選手も実践する入浴法
入浴をすることで、細胞の修復や疲労回復の効果があるヒートショックプロテイン(HSP)を出すこともできます。
トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)2章で解説したヒートショックプロテインの専門家でもある伊藤要子先生から教えていただいた、オリンピック選手にも奨励した入浴方法を紹介します。
STEP1

42℃のお湯で10分間入浴する。10分継続して入れない場合は、休み休みでもOK。熱すぎて入れない人は41℃で15分、または40℃で20分に。
その際に体温を38℃以上に上げることが重要です。
STEP2

部屋に戻り布団やサウナスーツに体をくるんで20分ほど保温する。

ここでの注意点は、入浴後に体を冷やさないこと。さらに入浴前後には水分補給として500ml程度の水を飲むこと。
■「免疫力」が高まり、病気になりにくい体に
近年サウナが流行っていますが、STEP1の入浴の代わりに、39~41℃のミストサウナに10~15分間入ってもかまいません。サウナの後は水浴びをせず、部屋で保温をし、水分補給も忘れないようにしましょう。心臓に持病のある方は、あらかじめ医師に相談してからにしましょう。また、ご高齢の方や体力に自信のない方は、無理をせず、まずは半身浴から始めるなど、少しずつ慣らしていくのがおすすめです。
この入浴法を行うと、入浴による体への熱刺激が、ヒートショックプロテインの産生に影響を与え、運動能力の向上や疲れにくい体に導きます。さらにヒートショックプロテインは、病原菌やがん細胞を退治するナチュラルキラー細胞(NK細胞)を増やすこともわかっています。
NK細胞が入浴によって活発になると免疫力も高まり、病気などにもなりにくくなるので、ぜひ週に1~2回は、ヒートショックプロテインを出す入浴法を取り入れましょう。ロンドンオリンピックの際には入浴剤を用いたり、小型のドーム型サウナを活用したりしてコンディション調整を行いました。

■熱いシャワーで体も頭もシャキッとさせる
基本的にはシャワーよりも入浴をおすすめしますが、シャワーが適している場面もあります。
2章で、体温とパフォーマンスには密接な関係があり、12時から15時の体温が一番高いときに、最も良いパフォーマンスができると説明しました。
スポーツ選手に限らず、たとえば受験生であれば、午前中にテストがあるとか、ビジネスパーソンでしたら朝イチに大事な商談を控えている、という場合もあると思います。しかし、必ずしも12時から15時の間に大事な試験や商談があるわけではありません。
そこでシャワーの登場となります。
人間の体は、起きてから体温がピークになるまで6時間ぐらいかかります。たとえば朝10時に重要なプレゼンや会議があったり、大事な試合があったりする場合は、朝4時に起きれば、10時には体温が高くなります。
とはいえ朝4時起きとなると睡眠時間が削られてしまったり、生活リズムが狂ったりしてしまいます。そういう場合におすすめなのが、起床後に熱いシャワーを浴びることなのです。
朝、いつもと同じように起きて、首から背中にかけて熱いシャワーを浴びます。人間の体は、自律神経が背骨の両脇に沿って走っているので、そこを温めるようにシャワーを浴びると、体も頭もしっかりシャキッとさせることができます。
あとは、温かいお茶を飲むなど、体温を少し上げるようなことをしてあげれば、起きてから3時間後でも体は活発に動くようになるのです。

■入浴によって睡眠の質が高まる
ここまで入浴について、さまざまな効果をお伝えしてきましたが、入浴には眠りの質を高める効果もあります。
私たちは交感神経と副交感神経という2つの自律神経で、体のバランスを取っています。この2つの自律神経は、よく車のアクセルとブレーキにたとえられますが、交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキにあたります。
日中は体温も高くアクセル全開で活動をしていますが、夜になると体温が下がりブレーキをかけてリラックスモードになります。
つまり、人間の体は夕方から夜にかけて、だんだん体温が下がってくるわけですが、入浴をするとお湯で体が温められるため体温が一時的に上がります。その後、90分ぐらいかけて体温が下がっていくので、体が休憩モードとなって眠りやすくなります。
■寝つきを良くするには、シャワーよりお風呂
実際に、信憑性の高い論文でも、就寝1~2時間前に全身浴を10分程度の短時間で行うと、睡眠潜時の短縮が見られることがわかっています。睡眠潜時とは、ベッドに入ってから眠るまでにかかる時間のことで、つまり全身浴を行うと、ベッドに入ってすぐ眠れるようになるということです。
また、就寝1時間半~2時間前にしっかりお風呂に入ったとき(40℃、平均16分)、シャワーのとき、短めのお風呂(平均5分)の3つのパターン別に、睡眠潜時(寝つき)や主観的な睡眠の質を調べたデータがあります。
この3つを比べてみると、しっかりお風呂に入ったパターンのときだけ、睡眠潜時の短縮や睡眠の質を高めることにかなり効果的だったことがわかります。
布団に入ってもなかなか寝つけないという人は、シャワーで済ませるのではなく、湯船にしっかりと浸かるようにしましょう。
■九州大が研究した「入浴と腸内細菌」の関係
2024年、九州大学で入浴に関する面白い論文が発表されました。

これは別府温泉の5つのお湯に、7日間毎日20分以上入ってもらい、その前後で腸内細菌の変化を調べたというものです。
5つの温泉は、単純泉、塩化泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉など泉質が異なりますが、中でも炭酸水素塩泉入浴をすると腸内のビフィズス菌が有意に増えたのです。
その他の温泉も、それぞれ違う腸内細菌が変化していました。どの泉質であれば何が増え、それがどういう身体的効果を及ぼすかは、今後の研究課題です。しかし、いずれにせよ、温泉にたった20分1週間入っただけで腸内環境が変わるというのは、やはり驚くべき事実です。
日本は温泉大国ですし、湯治のように温泉で体調を整えたりするのは経験として積み重ねられてきましたが、それが研究によって温泉の効果がデータとして見られるようになるのは、とても興味深いと思います。

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杉田 正明(すぎた・まさあき)

日本体育大学体育学部 教授

1966年生まれ。1991年3月、三重大学大学院修了。同年5月より東京大学教養学部助手、1999年4月より三重大学教育学部助教授、2011年4月に同教授を経て、2017年4月より現職。博士(学術)。専門はスポーツ科学(運動生理学、トレーニング科学、バイオメカニクス)。日本オリンピック委員会(JOC)の情報・科学サポート部門長や、日本陸上競技連盟科学委員会委員長などを歴任。
2010年のFIFAワールドカップでは日本代表チームに約40日間帯同し、高地対策およびコンディション管理を担当。さらに、ロンドン・リオデジャネイロ両オリンピックや世界陸上では、競歩やマラソン選手の支援を行い、東京およびパリ大会では、日本代表選手団の本部役員(情報・科学担当)として全体を支える立場を務めた。著書に『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)がある。

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(日本体育大学体育学部 教授 杉田 正明)
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