■イントロダクション
キャッシュレス決済が普及し、日常生活における「お金」のイメージが紙幣や硬貨から、「数字」に置き換わっている人も多いかもしれない。
「お金を使う」という感覚は、おそらく20年ほど前から変化している。さらにその先、22世紀にはどうなっているだろうか? 「お金」は存在しているのだろうか?
独自の視点で政治や経済、社会について語り、常識や既存の価値観に挑戦する姿勢から「奇才」と呼ばれることも少なくない成田悠輔氏が著した本書では、この先数十年から100年かけて起きる経済、社会、世界の変容を大胆に思考する。
現在、加速する「データ資本主義」の行き着く先は、お金が消えてなくなる「測らない経済」になるという。そのときに経済活動を仲介するであろう「招き猫アルゴリズム」とはいかなるものなのか。
著者の成田氏はイェール大学助教授、半熟仮想(株)代表。ウェブビジネスから教育政策まで幅広い社会課題解決に取り組み、多分野の学術誌・学会に研究を発表、多くの企業や自治体と共同事業を行っている。著書に『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SB新書)などがある。
A.お金という(悪)夢
B.忙しい読者のための要約
C.はじめに開き直っておきたいこと
0.泥だんごの思い出
1.暴走 すべてが資本主義になる
2.抗争 市場が国家を食い尽くす
3.構想 やがてお金は消えて無くなる
おわりに 22世紀の○□主義へ
■太古の経済活動は小さく近かった
太古を懐古しよう。経済活動は小さく近かった。活動や交換、贈与のほとんどが顔見知りばかりの小さな村落や街かどに閉じていた。
そういう台帳による記録の仕組みがお金を生み落とした。メソポタミアの粘土でできた台帳には「この粘土板を持ち込んだものにはこれこれの量の麦・ワイン・銀を渡す」などと書かれ、為替手形のような痕跡が残されていることも多かったという。台帳が手形やお金に進化していったことを示唆する。
やがて経済が爆発する。他人を巻き込み組織や工場を作ったり、遠くまで出かけて物を売ったり買ったり、果ては海の向こうまで出かけて貿易したりするようになった。こうなると、すべてを手作業で台帳に記録するのは無理になる。
■経済の実態と記録が再び近づきはじめた
そこでお金の出番になる。人間の経済活動が記録しにくいくらい大規模で遠距離になるのと平行して、記録の代理としてのお金の利用も本格化した。(*すべてを記録するのが不可能になったことを補うために)匿名化され、単純化され、持ち運びできるようになった台帳がお金だとも言える。
そして歴史は巡る。この数十年で、経済の実態と記録が再び近づきはじめた。日常生活でも、ほとんどの決済や取引を現金ではなく、振込やキャッシュレスやカードで済ませるようになった。デジタル決済はすべてデータとして記録されている。現在のデジタルグローバル村落経済では、実態と記録のズレが小さい。
■「全員共通価格システム」の必然性が緩んでいく
物やサービスに値段がついていて、その分だけお金を払えば誰でも買える。つまり値段は全員共通で誰が支払うかを問わない。こういう仕組みに私たちは慣れ親しんでいる。そんな一物一価的な全員共通価格システムが支配的なのは、記録・データが貧弱だったからだろう。
それぞれの人ごとに属性や履歴をたどってその物やサービスを手に入れるに値する人かどうか、いくらで取引するのがいいかを決めることが、これまではデータ的にも通信・計算環境的にも難しかった。売り手と買い手が出会うたびにいちいち価格交渉するのも面倒すぎる。だから全員共通価格システムを使えば、適切な買い手の選別を粗く雑に代行してくれる。価格の分だけお金を持っていればどんな嫌われ者でも前科者でも買える、単純明快で透明な仕組みだ。
しかし、経済の記録が実態に追いつくにつれ、一物一価的な全員共通価格システムを使わなければならない必然性が緩んでいくことになる。一人一人のデータ履歴を追って、その人が何者か、取引していいか、いくらくらいの値段をつけるのがよさそうかが調べ決めやすくなっていく。
■あらゆる価格が人それぞれに変わる世界が訪れる
わかりやすい例がデジタル金融だ。経済履歴データの膨張は、融資や保険などの金融の個人化を押し進めている。典型がウェブプラットフォーム企業による金融サービスで、スマホ上の個人の行動履歴に基づき融資やカードの与信を細かく個別最適化して自動で即決する。いくら借りられるか、利子がいくらか、個人ごとにバラバラになっていく。
その一歩先に訪れるのはあらゆる価格が人それぞれに変わる世界だろう。商品やサービスの価格が、個人ごとの記録に基づき個別最適化され、価格が人により、時間や場所や状況により異なる一物多価の世界が現れる。
価格の個人化は金融の外でも起きはじめている。アメリカでアマゾンに次ぐ規模のEコマース企業Wayfairは、同じ商品の価格が閲覧者により異なる仕組みを導入したという。各閲覧者が過去に何を見ていくらで何を買ったか、その履歴情報に基づいてその人がどれくらい価格に敏感かを推定。価格を気にしなさそうな人にはちょっと高めの値段を提示する。
一物多価的に市場が柔軟化すると、市場にできることが増える。たとえば再分配や格差の是正だ。仮にそれぞれ取引・決済が収入や資産などの記録に紐づけられ、同じ商品でもお金持ちほど価格も高くなるような仕組みが動くとする。そうすれば、一物多価の価格システムの中に格差を緩める機能が内蔵される。市場経済と徴税&再分配の融合である。
■グローバルでアナーキーな人間ID
そんな進化を市場が遂げれば、国家と市場の役割も変わっていく。再分配は国家の専売特許ではなくなるからだ。
ただ、壁がいくつかある。
人間のIDをAIから防衛する近未来風の試みとしてWorld IDがある。World IDは人間の眼の虹彩情報に基づくIDだ。World IDは「人類のための道具(Tools for Humanity)」なる民間組織によって提供され、国家に依存せず世界中で使える分散的人間IDとして構想されている。プライバシーやセキュリティの危機管理は巧妙に施され、すでに世界で1000万人以上(2025年1月現在)にIDを提供している。
来るべきグローバルでアナーキーな人間IDは22世紀の資本主義と民主主義の基礎になる。
■アメリカ人作家が書いた小説「招き猫」
アメリカ人作家が書いた「招き猫(Maneki Neko)」という小説がある。1997年の短編SFだ。
私たちは、測ることを止めなければならない。金持ちだとか貧乏だとか、成長しているとか衰退しているとか、そういう比較をしたくなってしまう尺度を忘れなければならない。情報・データ技術を用いて単純な価値尺度自体を蒸発させるような実験はできないだろうか? お金を使わず値段をつけず、価値が高いとか低いとか比べない経済である。
■「招き猫アルゴリズム」による“測らない経済”
まず電脳空間上に経済活動を仲介する仮想の「招き猫」アルゴリズムを作る。招き猫アルゴリズムは、お金で測られる価格を介さず、それぞれの人の属性と過去の活動履歴データに基づき、誰が何を欲しているか、誰が何を作ったりやったりすることができるか察知する。そして人々の好みを尊ぶ配分を計算し人々に行動を促す。
過去の履歴データに基づきどのような行動をそれぞれの人が取るべきか、招き猫アルゴリズムが計算し推薦する。望ましい配分はだいたいいくつもあるので、いくつもの候補を推薦してもいい。推薦群の中からどれを最終的に選ぶかは個人それぞれの自由に委ねられる。
いまの生活でも無数のアプリが私たちが何を体験すべきか、何を購入すべきか、誰と関わるべきかを絶えず推薦して私たちの行動を操作してくる。それと原理は同じだ。その範疇があらゆる行動に拡張する。
招き猫アルゴリズム経済では資源配分や意思決定がデータから直接に決まる。そこにお金や価格のようなわかりやすく測れる物差しはなくていい。ただ何かを制作したり労働したり親切したり交換したりする「やりとり」が起きるだけ、あるいは推薦され誘発されるだけだ。測らない経済が起こる。
※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
■コメントby SERENDIP
「経済」の本質は「交換活動」であり、必ずしもお金の存在を前提としない。成田氏が「太古」として語っているように、かつて、物々交換や贈与が行われ、お金が使われなかった「経済」もある。本書で語られる「お金が要らない、測らない経済」は一見突飛に思えるが、交換活動が時代状況に応じて変化しうることを考えれば、可能性として十分説得力があるのではないか。それでも、これほどのドラスティックな変化はあり得ないと断じる人がいるかもしれないが、音楽業界におけるアナログレコードからCD、そしてネット配信へといった、近年起きた大変化を想起するべきだろう。
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