※本稿は、長尾彰『宇宙兄弟 「心理的柔軟性」リーダーシップで、チームが変わる!リーダーの話』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■理想的なリーダーとはどんな人か
リーダーとは常に、メンバーの先を行っていなければならない。
これは、『宇宙兄弟』の第1話に登場した六太の言葉、「兄とは常に、弟の先を行ってなければならない」を、「リーダー」に置き換えたものです。
さて、あなたならこの言葉から、どのようなリーダー像をイメージしますか?
目標に向かって迷うことなく先頭を突き進み、メンバーに「こっちだよ」とルートを明示しながら牽引していく。何かトラブルが起これば、真っ先に駆けつけて的確な指示を出していく――。そんな姿でしょうか。
あくまで僕の想像ではありますが、あの頃の六太なら、リーダーの在り方に対してもこのようなイメージを抱いていたかもしれません。当時の六太は、宇宙飛行士として世界から注目を集める弟・日々人と、宇宙飛行士の夢を諦めてしまった自分とを比較しては悶々としており、「兄は、弟を牽引する存在でなければならない」という固定観念に捉われていました。
■「~べきだ」より「~してみませんか?」
でも、現在の六太は違います。
宇宙飛行士として、さまざまな訓練を通じて魅力的なリーダーや先輩、仲間と出会い、六太が本来持っていた強みや特性を発揮できるようになっていきました。
そして、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う天文学者・金子シャロンから託された月面天文台という壮大な夢を実現させ、さらには、日々人との「月面で会おう」という約束も果たしたのです。
加えて六太は、その過程において、JAXAの同期である真壁ケンジや伊東せりか、月面基地で共にミッションに挑むチーム「ジョーカーズ」のメンバーといった仲間たちにも、影響を与えていきました。
こうしたシーンのほとんどで彼は、相手に対して過度な介入をしていません。「~してみませんか?」という呼びかけは行っても、「~するべきだ」と声高に主張したり、説得して行動を強要したりということがないのです。
■メンバー全員の能力を引き出す「調整役」
あくまで当事者の意思を尊重し、サポートに徹する。と同時に、自分自身ができることを模索し実践することで状況を変えていく。そんな彼の姿や言葉に、周囲の仲間たちは自然と心を動かされていきました。その結果、素晴らしいチームワークを発揮し、課題やトラブルを乗り越えてミッションをクリアしていったのです。
僕は、六太のようなファシリテーティブなリーダーシップこそが、今の時代に求められていると考えています。
ファシリテーターとは一般的に、「メンバーの誰もが発言しやすいよう場を整え、対話を促進し、全員が納得できる合意形成へと導く」役割を担う人物を意味します。ビジネスシーンでは、会議やブレーンストーミング、研修といった創造性や生産性が求められる場で、全体の進行や舵取りを行うことが多いかと思います。
ファシリテーターは調整役であり、議論を深めて「共創」を生み出すことが目的なので、意見やアイデアに対して良し悪しをジャッジしたり、独断で結論を出したりすることはありません。あくまで「メンバーが主体的に考え、行動できるような環境づくり」に注力します。
こうしたマインドをリーダーシップと結びつけることで、メンバー全員の能力を引き出し、チームワークの最大化を目指すのが、僕の考える「ファシリテーター型リーダーシップ」です。
■止まった人の背中を押すのもリーダーの仕事
なぜ今、ファシリテーティブなリーダーシップが求められるのかという理由はこのあと説明するとして、六太はこのファシリテーティブな関わり方がとても上手で、本人に自覚がないにもかかわらず、さまざまなシーンで自然とファシリテーターの役割を果たしています。
それでも、六太が周囲から「頼りになるリーダー」と認識されていることは、なかなかありません。僕は、それでよいのだと思っています。
先に立つことだけが、リーダーの姿ではないからです。
「もしもあなたが止まってしまったら、そのときはきっと、後ろからムッタがあなたの背中を押してくれる」
これは、パニック障害が原因で、宇宙飛行士としてNASAの第一線から外されてしまった日々人が、かつてシャロンに言われた言葉です。
■弟のために後ろから足元を照らし続けた
日々人にとって六太は、まさにそのとおりの存在ですね。そんなふたりの関係性を象徴する、印象深いエピソードもあります。
小学生だった南波兄弟が夏休みに挑戦した、東京から京都までの自転車旅。日が暮れて暗い道を走るなか、日々人の自転車のライトが電池切れになってしまいます。日々人の後ろを走っていた六太は、それに気づくと、自分の自転車のライトで日々人の足元を照らし続けました。
一方の日々人も、六太が自分の足元を照らしてくれていることに気づいており、六太が無理なく着いてこられるよう、走るスピードを合わせます。
自分が前に走り出るのではなく、後ろから道を照らすというのが、いかにも六太らしい行動です。前を走ることが間違いではありませんが、その場合、日々人は灯りのない暗い道を、必死で六太に着いていくことになっていたでしょう。
メンバーの足元を照らすことで、チームが安心して前に進むことができる―。
六太が仲間の心を自然と動かしていく背景には、こうしたファシリテーター型リーダーシップによる効果が隠されています。
■優秀で頼りがいがある「賢者風」リーダー
ファシリテーター型リーダーシップとはあくまで概念であり、そのアプローチの在り方は状況によって多岐に渡ります。
そこで、具体的なシチュエーションに当てはめながら解説していきたいと思います。よりイメージしやすいよう、ふたつの人物像を設定してみました。
それが「賢者風」と「愚者風」です。
賢者風とは、いわゆる優等生タイプ。
頭脳明晰で決断力に長(た)け、先頭に立ってみんなを引っ張りながらチームをまとめていきます。自我や信念、使命感・正義感が強く、周囲の人たちからもそのように「優秀な人物」として評価されているでしょう。
「リーダーとはこうあるべき」という明確な観念があるので、その理想像に自分を寄せていくために惜しみない努力をします。チームのメンバーにとっては頼りがいがあり、とても心強い存在です。
また、語る言葉が、他人に対しても自分に対しても「Should(~しなければならない)」で構成されていることが多くあります。
■「愚者風」リーダーはなぜか物事がうまくいく
一方、愚者風タイプは、一見すると優秀な人物には見えません。
先頭に立って引っ張るというよりは、「どうすればいいと思う?」と、チームや相手の意見を聞きたがります。具体的なアクションについても、指示や命令ではなく、「私はこうしたい・こうしてほしい」といったニュアンスで伝えます。
また、自分が完璧でないことを理解しているので、相手にも完璧を求めないし、競争での勝ち負けや優劣をつけることに価値を置かず、常にフラット。
チームのメンバーは、「いつも頼りにしている」という意識はあまりないでしょう。むしろ「自分が支えている・フォローしている」くらいに思っているかもしれません。
でも、一緒にいるとなぜか物事が「うまくいく」のです。
賢者風と愚者風、どちらが正しいというわけではないですが、僕はあえて、みなさんにこう言わせてもらいます。
「これからは愚者風でいこうよ!」と。
■賢者であり続けようとするのはしんどい
賢者風リーダーシップを発揮するときには、乱暴な表現をすれば「しんどい」が常につきまといます。
「間違えてはいけない」というプレッシャーもそうですし、自分が優秀であることを自負しているため、周囲に対しても同等の評価を求めます。そしてそこにギャップがあると、「正しく評価されていない」と、大きなストレスになってしまうのです。
また、先頭というポジションはひとつしかないので、そこに立とうとすれば、主導権争いやマウンティングが起きることも。そうなると、チームの本来の目的達成とは関係のないところで神経や体力をすり減らしながら、周囲からの信頼を得ることに注力しなければならなくなります。
……どうですか? 僕だったら、これだけでも相当しんどくなって、リーダーシップを発揮する前に、ステージから降りたくなりそうです。
愚者風リーダーシップのいいところは、この「しんどい」がありません。
そもそも「愚者風」が意味するところは、「愚者のようにふるまう」ではなく、「賢者であろうとする必要がない」ということなのです。
■「頼りになるよ!」とは言われないが…
六太はまさに、この愚者風リーダーシップのイメージが重なる人物です。
僕からすれば、六太は十分に誇れる素晴らしい能力の持ち主と感じるのですが、本人にその自覚はまったくありません。日本人初の「ムーンウォーカー」であり、世間から注目を集める日々人という存在によって麻痺している部分もあるでしょうし、何より、六太自身に「人の上に立ちたい」という意識そのものがないのだと思います。
ストーリーのなかでも、「さすが六太だな。
それどころか、NASAの訓練教官に宇宙飛行士だと気づいてもらえなかったり、スタッフから「あともうひとり……誰だっけ?」なんて存在を忘れられたりと、かなり微妙な扱いをされています。
■リーダーの仕事は、仕切りでも命令でもない
まれに「ついに自分もリーダーになるときが来た」などと張り切ってクルーをまとめようものなら、「何、急にリーダーぶってるんだい。君には全然似合わないよ」と、仲間からすがすがしいほどに直球のダメ出しをくらいます。それでも六太がいると、物事が結果的にうまくいっていることが多いのです。
本人はまったく気づいていませんが、六太を取り巻く人たちの生き方にも頻繁に影響を与えています。たとえ自覚があっても、六太はきっと、その功績をアピールしたりはしないでしょうね。そんな六太だからこそ、僕をはじめとする数多くの読者が、彼に惹かれているのだと思います。
リーダーの仕事は、メンバーを仕切ったり、命令したりすることではありません。「リード」することなのです。
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長尾 彰(ながお・あきら)
組織開発ファシリテーター
日本福祉大学卒業後、東京学芸大学にて野外教育学を研究。冒険教育研修会社、玩具メーカー、人事コンサルティング会社を経て独立。企業、団体、教育、スポーツの現場など、約30年にわたって3,000回を超えるチームビルディングを実施。現在は複数の法人で「エア社員」の肩書のもと、事業開発やサービス開発、社内外との横断プロジェクトを通じた組織づくりをファシリテーションする。著書に、『宇宙兄弟「心理的柔軟性」リーダーシップで、チームが変わる! リーダーの話』(Gakken)などがある。
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(組織開発ファシリテーター 長尾 彰)