仕事、ダイエット、健康管理、勉強、目標達成…成功のカギは「習慣化」にある。しかし間違った習慣を身につけてしまったらその代償は大きい。
何をどう習慣化すればいいか、そのために重要になるのが「エビデンス」だ。ハーバード、スタンフォード、オックスフォード……世界中の研究機関において証明された習慣化テクニックとはいったいどんなものだろうか。
※本稿は、堀田秀吾『ハーバード、スタンフォード、オックスフォード…科学的に証明された すごい習慣大百科』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■脳はやる気が出ない、続かない、飽きる…が平常
「よし、今日から本気を出す!」

「どうして私は、続かないんだろう?」
――もしあなたが、これまで何度も「よし、がんばろう!」と決意しては、三日坊主になってしまった経験があるなら、心から伝えたいことがあります。
それは、「あなたが悪いわけじゃない」ということです。
むしろ、それは人間として“自然なこと”なのです。
気合いだけでは、続きません。
意志の力だけでも、動けません。
私たちの脳や心は、もともと“変化を嫌う”仕組みになっています。
新しいことをはじめるとき、やる気が出ない。続かない。途中で飽きてしまう。
心理学や行動科学、脳科学の世界では「あるある」な話です。むしろ、最初からスムーズにできるほうがレアケースなのです。
■続かないのはあなたが悪いわけじゃない
心理学や脳科学の世界では、私たちの脳は「現状維持を好む」という性質をもっていることがよく知られています。新しい行動をはじめるのが億劫だったり、続かなくなったりするのは、意志の弱さではなく、脳の初期設定。
――つまり、ある意味「仕様」です。
にもかかわらず、世の中には「もっとがんばれ!」「気合いで続けろ!」というメッセージがあふれています。
これでは、せっかくがんばろうとしている人ほど、余計に疲れてしまいますよね。
だからここでは、気合いや精神論は、一切ナシ。代わりに、世界中の心理学、行動経済学、脳科学などの研究をベースに、「もっとラクに、もっと自然に、習慣化できる方法」をご紹介していきます。
科学の知恵を味方につけて、人間の行動原理を理解すれば、習慣は無理せず自然に続けられます。そして、続けることができると、人生は驚くほど変わっていきます。
■人間は、「体が先、思考が後」
私たちの感覚では、「こうしよう」と脳が考え、そして体に命令を出して動作が実現されると思いがちです。

そのため、みなさんは「動こうという気もちにならないから、動き出すことができないのだ」と、考えるかもしれません。しかし、実際はその逆なのです。
脳科学者や心理学者の間では、体の動きを感じてから意識が働き出すという考えが、いまでは常識になっています。
どういうことかというと、たとえばジョギングをはじめるとき、「走り出そうという意識」より先に、「体が動きはじめている」のです。
脳は、頭がい骨という真っ暗な密室に閉じ込められていて、体の器官から送られてくる情報を頼りに自分の状況を判断します。つまり、「体が先、思考が後」ということです。
にわかには信じにくいことかもしれませんが、これは数々の実証実験によって証明されている事実です。
■動作のための信号のほうが350ミリ秒速い
カリフォルニア大学のリベットらが行った実験では、動作を行う準備のために脳に送られる信号が、動作を行う意識の信号よりも350ミリ秒も早く送りはじめられていることがわかりました。
体から「元気に動いている」という信号が脳に送られてくると、脳は「自分はいま、元気なんだ」と判断し、だったら一層そうなるようにと、神経伝達物質(ドーパミンやアドレナリンなど)を送ろうとするわけです。
× 意識する→体が動く

○ 体が動いた→その意味は? →「ああ、そうか」と脳が意識する

これが動作と意思の関係性です。
ということは、無理にでも笑顔をつくると「私はいま、楽しいんだな」と脳が判断して楽しくなっていきますし、やる気がないときも無理にでも体を動かすと「お、エンジンがかかってるな、ガソリン(やる気)をどんどん送らなきゃ」となるのです。
だからこそ、「まず動く」。

言葉を換えれば、行動を先に起こして脳をだますことによって、やる気というのはどんどん生まれてくるということです。
私たちが想像している以上に脳は単純です。深く考えすぎないようにしてください。脳はだませるのですから。
■胸を張った姿勢をとれば、やる気が出てくる
私たちの姿勢とメンタルヘルスには、大きな関係があります。たとえば、カルガリー大学のリスカインドとテキサスA&M大学のゴティの研究では、背筋を曲げた場合には、無力感やストレスを感じがちになる傾向があったそうです。
下を向いて歩いていたり、スマホを見ながら歩いていたりすると、背筋は曲がった状態になっていますよね。それだけでやる気やストレスに悪い影響を与える可能性があるわけです。
マドリッド自治大学のブリニョールらの研究では、大学生の被験者71人を次のグループに分け
1 胸を張った姿勢をとるグループ

2 背中を縮こませた姿勢をとるグループ
そのうえで自分の長所や短所をリストアップさせたところ、1の胸を張った姿勢をとったグループの被験者のほうが、自信を強くもつことが判明したといいます。
同様に、オークランド大学のウィルキーズらの研究でも背筋を伸ばすと自己評価が高くなり、気分もよくなり、恐怖心も少なくなるということが示されています。
また、オークランド大学のネアーらの研究でも、軽度・中程度の61人のうつ患者に胸を張ってもらったところ、肩をすぼめていた人たちよりも、よく話し、ポジティブな気もちになり、不安も減少したそうです。
■背筋を伸ばすだけで、勇気が出る、大胆になる
さらには、コロンビア大学のカーニーらが行った実験では、
1 背筋を伸ばしたり、のけ反ったりするような力強い姿勢で2分間座った被験者

2 背中を丸めたり、肩をすぼめたりするような姿勢で2分間座った被験者
に分け、双方にギャンブルをしてもらったところ、1の被験者の86パーセントがリスクをともなう賭けに出たといいます。

姿勢をたった2分間意識しただけで、大胆に勇気をもって物事に臨めるようになったのです。
この背景には決断力や積極性に関連するホルモンがかかわっています。
じつは、背筋を伸ばし、胸を張るような姿勢をとると、テストステロンが増加し、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールが低下することがわかっています。
背筋を伸ばした凛とした姿勢の人はまわりから見てもかっこいいものです。
たったそれだけでこれだけの効果があるのですからやらない手はありません。いますぐにでもはじめてみてください。
■上を向いたら気もちも上向く
「隣の芝生は青く見える」という言葉があるように、人間は他者がもっているものをうらやんでしまう性質をもっています。ときにそれは嫉妬へと変わってしまい、自分の感情を乱してしまうこともあります。
東京大学の田戸岡らの研究によると、人が自分と他人をどうとらえるかという考え方と、何かを「上げる」「下げる」といった体の感覚が、意外にも、ねたみや羨望といった感情と深く結びついていることがわかったといいます。
この研究では、実際にモノをもち上げたり下げたりする動作をしたときの感覚と、人を自分より上に感じたり下に見たりする気もちとの間に関連性があることを実証しています。
実験では、「自分」や「他人」と書かれたカードの位置を上げる動作と下げる動作を比較しました。
その結果、「他人」を上げる動作の場合は、よいねたみと位置づけることができる「羨望」の感情が、「自分」を下げる動作の場合は悪いねたみの象徴ともいえる「嫉妬」の感情が、より目立つ結果になったといいます。

また、視線を上げながら考えるとポジティブな出来事、視線を下げながら考えるとネガティブな出来事が思い起こされやすいとする研究もあります。
嫉妬という感情が湧き出そうなときは、空を見上げてみることも効果的です。気もちに整理がつきやすくなるはずです。
■脳は体の動きに合わせて感情をつくる
人間は、「体が先、思考が後」です。
つまり、歌うから脳は楽しいと感じ、楽しいというマインドをより効率よくつくり出すために、脳は神経伝達物質(ドーパミンやアドレナリンなど)を送りはじめます。
それを実証する実験が、「元気な動きをすると楽しい気もちになる」というサンフランシスコ州立大学のペパーとリンらの研究です。
実験では、110人の大学生を、「背中を丸めてしょんぼりと縮こまった姿勢で歩くグループ」と、「手足を大きく動かす元気な動きで歩くグループ」に分け、アクション後に元気度(幸福感・絶望感、楽しい・悲しい記憶の想起など)を自己評価してもらいました。
その結果、元気な動きのチームは元気度が大幅に向上し、しょんぼりした姿勢のチームは、実験前の予備調査では元気度が高かった人たちですら、アクション後は元気度の大幅な低下が見られたといいます。
楽しい動きは元気になり、しょげた動きは元気をなくさせるというわけです。ペパーとリンは、元気になった生理的要因として、こうした動きが心拍数を上げるためとも分析しています。心拍数を上げるトレーニングは、うつ病の改善策として用いられることもあります。
■スキップをすると幸福度が増す
もう1つ、ミシガン州立大学アナーバー校のシャファーらは、脳科学のさまざまな先行研究をもとに、感情は体の動きによってコントロール可能であると、実験で示しています。
シャファーらは22人の被験者に、「ハッピー」「悲しい」「怖い」「中立的」な感情を表す動作をする動画を見て真似してもらい、その際の脳の活動をfMRI(磁気共鳴機能画像法)で記録しました。
すると、跳びはねるようなハッピーな動作をしているときにはハッピーな感情が、肩を落とすような悲しい動作のときには悲しい感情になることが明らかになりました。
彼らは、理論と実験結果を前提に、「子どものようにスキップをすると、よりハッピーになる」可能性を論文のなかで例として挙げています。
体を動かしたり、想像したり、見たりするだけでも、感情をある程度コントロールできる可能性があるということです。楽しくなるような動きをするだけで、心も前向きになるのです。

〈参考文献〉

*カルガリー大学のリスカインドとテキサスA&M大学のゴティの研究  Riskind, J. H. & Gotay, C. C. (1982). Physical posture: Could it have regulatory or feedback effects on motivation and emotion?, Motivation and Emotion, 6 (3), 273-298.

*ブリニョールらの研究  Briñol, Pablo, Richard E. Petty, & Benjamin Wagner. (2009). Body posture effects on self-evaluation: A self-validation approach. European Journal of Social Psychology, 39(6), 1053-

*オークランド大学のウィルキーズらの研究  Wilkes, C., Kydd, R., Sagar, M., Broadbent, E. (2016). Upright posture improves affect and fatigue in people with depressive symptoms. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, Volume 54, 143-149.

*オークランド大学のネアーらの研究  Nair, S., Sagar, M., Sollers, J. 3rd, Consedine, N., & Broadbent, E. (2015). Do slumped and upright postures affect stress responses? A randomized trial. Health Psychology, 34(6), 632-41.

*コロンビア大学のカーニーらが行った実験  Carney, D. R., Cuddy, A. J., & Yap, A. J. (2010). Power posing: Brief nonverbal displays affect neuroendocrine levels and risk tolerance. Psychological Science, 21, 1363-1368.

*東京大学の田戸岡らの研究  田戸岡好香, 井上裕珠, 石井国雄. (2016). 「自己他者概念と上下の運動感覚が妬みと羨望の生起に及ぼす影響」. 実験社会心理学研究, 55, 139-149.

*サンフランシスコ州立大学のペパーとリンらの研究 Peper, E. and Lin, I (2012) Increase or Decrease Depression: How Body Postures Influence Your Energy Level. Biofeedback, 40 (3), 125-130.

*ミシガン州立大学アナーバー校のシャファーらの研究  Shafir, T., Taylor, S. F., Atkinson, A. P., Langenecker, S. A., & Zubieta, J. K. (2013). Emotion regulation through execution, observation, and imagery of emotional movements. Brain and Cognition, 82, 219-227.

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。2000年、立命館大学法学部助教授。2005年、ヨーク大学オズグッドホール・ロースクール修士課程修了、2008年同博士課程単位取得退学。2008年、明治大学法学部准教授。2010年、明治大学法学部教授。司法分野におけるコミュニケーションに関して、社会言語学、心理言語学、脳科学などのさまざまな学術分野の知見を融合した多角的な研究を国内外で展開している。また、研究以外の活動も積極的に行っており、企業の顧問や芸能事務所の監修、ワイドショーのレギュラー・コメンテーターなども務める。著書に『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング/共著)、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『図解ストレス解消大全』(SBクリエイティブ)など多数。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)

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