身体のコリはどうすれば良くなるのか。スポーツトレーナーで理学療法士の中野崇さんは「股関節や背骨を整えたりほぐしたりても、またすぐ固まるのは身体の土台に問題がある」という――。

※本稿は、中野崇『40代からの脱力トレーニング』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■なぜ腰のコリは揉んでも治らないのか
脱力トレーニングによって、「力の入れ具合」を適切なバランスに整える。
そのためには、「力を入れるべき部位」と「力を抜くべき部位」が、具体的にどの部位を指すのかを知る必要があります。
力を入れるべき部位と抜くべき部位はある程度決まっていますので、その整理をきっちりとしておきましょう。
図表1をご覧ください。
なお、力を入れるべき部位といっても、力を入れっぱなしというわけではなく、すぐに力を入れられる、すぐに力を入れる反応を起こすことができる、そんな状態をキープすることを意味しています。
力の抜きどころとしてとくに重要な部位は、「腰」です。腰の力みから始まるトラブルは、非常に多いからです。みなさんは凝った腰をマッサージでほぐしても、数日経ったらまたすぐコリが復活した経験はありませんか?
なぜすぐに元に戻るのかというと、腰が緊張する根本的な理由が解決されていないからです。
まず、腰の緊張には「背骨の構造」が影響しています。
背骨の上約3分の2は肋骨とつながっていて、鳥かごのような形状(胸郭)になっています。そのため、この部分は骨格構造的に強固なつくりになっています。

■非常に不安定な腰椎
問題は、下約3分の1を支える腰椎です。腰椎は、鳥かご形状ではなく、腰椎一本だけで腰を支える構造になっています。
この構造は、かなり不安定なので、それを補うために腰の筋肉が補助しなければなりません。
だから、いくら腰をほぐしてもまたすぐに戻ってしまうのです。
身体の構造上、腰は緊張しやすく、腰痛を持つ人が多いのは仕方のないことだと言えるでしょう。
しかし、身体にはこの不安定な腰の構造をカバーする仕組みも存在しています。
それが、「インナーユニット」と呼ばれる、横隔膜、腹横筋、骨盤底筋、多裂筋といった筋群の連携によって生み出される「腹圧」です。
腹圧を高めれば、コルセットのように体幹を安定させることができます。
また、腹圧の向上により体幹が安定し、腕や脚を動かす際の土台としての機能が向上します。
つまり、腰などに過剰な緊張を生み出すことなくしなやか、かつ軽やかな動き
ができるメリットが得られるようになるのです。
しかし、多くの人はこの腹圧を適切に使えず、代わりに腰の筋肉を過剰に緊張させて支えようとする傾向があります。
これが、腰の張りや慢性的な緊張につながる原因です。
また、意外に思われるかもしれませんが、本書では腰の働きを補助すべき部位として足裏・足趾(足の指)を重視しています。
■最初にやるべきは足のトレーニング
やっていただきたい脱力トレーニングは無限にあるのですが、がんばってやっても続きません。頻度と継続が大切なので、数を絞って紹介します。
それでいて、一度で複数の部位に効くものを紹介しますので、効率よく身体をゆるめることができます。
どれも、これまで蓄積した余分な緊張を抜きつつ、「力を入れるべき部位」が働くことを効果的に促すものです。
時間にも心にも余裕がないという方は、脱力トレーニングを1つだけ選んでやっていただいても構いません。
もし、重点的にやるなら足部のトレーニングを続けてください。
土台である足は、ひざ・腰・肩・頭といったぐあいに、上の階層へと影響を及ぼします。
そのため、足裏は感覚センサーが非常に多い仕組みになっています。小さな石が靴に入っただけでものすごく気になるのも、センサーの多さが理由です。
土台が崩れるといくら立派な建物でも傾くのと同じで、いくら股関節や背骨を整えたりほぐしても、またすぐ固まるのは足部に原因があるケースはとても多いです。
■足部の機能がかなり低下している
近年、裸足で過ごす時間が激減しているだけでなく、底が厚いランニングシューズや足部の動きが大きく制限される革靴など、足趾や足裏の機能を低下させる環境に囲まれています。

つまり、足裏からの感覚入力や、それに伴う姿勢の調整など、足部という身体の土台から姿勢や動きをつくり上げていく重要なプロセスが欠落している状況と言っても過言ではありません。
それだけに、大半の人が足部の機能がかなり低下していると予測されます。
普段ストレッチや運動をしている人でも、「足部のトレーニングを念入りにやっている」という人はほとんどいないのではないでしょうか(プロ選手にもほとんどいません)。
ゆえに、伸びしろという意味でも有益であると言える部位です。
では、順を追って重点ターゲットのトレーニング目的を解説していきます。
足部のトレーニングを重点的に行なえば、自然に立位もよくなります。
そもそも、みなさんは、「立つ」とはどんな状態か考えたことはありますか?
立つとは、小難しく言えば、身体にかかる重力を地面が支え、その反力を足部が受け取り、骨格全体でバランスをとって姿勢を保つことです。
ポイントとなるのは、「母趾球」「小趾球」「かかと」の三点です。
■骨で立つ感覚をつかむ
これらの点を結ぶように、足には縦アーチと横アーチの3つのアーチが形成されています。
「足裏三点支持」という言葉は武道の世界でもよく使われますが、これは三点に均等に体重を乗せることで足のアーチを機能させるという方法です。
アーチが機能すると、地面からの反力をスムーズに全身へと伝えることができるため、自然に姿勢がよくなり、ラクに立てるのです。
ゆえに、足部は「力を入れるべき部位」の中でも重要ポイントと言えます。

理想的には、「足裏三点支持」によって余計な筋力筋肉を使わずに「骨で立つ」感覚をつかむことです。
逆にいえば、この三点に均等に体重が乗らないと、足のアーチが効かず、重心や反力の伝達が安定しません。そのため、力みを生みやすく姿勢が崩れます。
ちなみに、足のアーチが消失し、足裏全体が地面に接地している状態を偏平足といいます。足裏のアーチが効かないので、脚や腰が疲れやすい構造をしています。
アーチを機能させるための重要な条件の1つとして、足趾が十分に働いていることがあげられます。
■筋肉疲労の正体
先ほども述べたように、現代人の多くは、足趾・足裏の働きが不十分です。そのような状態でトレーニングを重ねても、身体は思うようには改善しません。
そのため、無理に足裏の三点で支えようと意識するのではなく、足趾・足裏をしっかり整えることが先決です。
結果として、自然に足裏三点支持が成立し、安定した姿勢になっているようにするのがポイントです。
なお、「母趾球つま先歩き」で、バランスが取れるようになると、ストレートネックや反り腰といった身体の「前後の崩れ」を修正しやすくなります。
頭の位置が安定し、背骨のS字のラインが機能し、骨格が整うためです。

骨格が整うと、筋肉は勝手にゆるんでいきます。身体のバランスを取るために、筋肉で補正する必要がないからです。
実は、一般人における筋肉疲労の正体の大半は、骨格の歪みに起因します。土台を整えれば、自然に血流の循環も改善されていくのです。
まずは、土台としての機能を丁寧に整え、足部が適切に働く状態をつくることから始めていきましょう。
■骨盤の位置を改善するストレッチ
足部の次は、支持構造の順番で言えば股関節なのですが、股関節よりも腰まわり(骨盤・お腹)を先に解説します。
なぜなら、股関節を適切に機能させるためには、先に骨盤の適切な位置と腹圧の向上による体幹の安定が必要だからです。
骨盤と腹圧は、体幹の安定性を確保するための基盤となります。
それらの状態を適切に高めることで、「力を入れるべき部位」としての機能が働いて腰椎の不安定さをカバーし、体幹が安定した状態をつくります。
股関節はその安定性を活かして、さまざまな動作を成立させます。
すでに説明したように、腰は腰椎という骨で構成されていますが、単体では十分な安定性を持っていません。
そのため、本来は骨盤や腹圧が安定性を補助する役割を担います。

これらが不十分だと、周囲の筋肉で支える必要があり、結果として腰が緊張しやすくなり、腰痛の原因にもなります。
骨盤の位置を改善する方法として、「一側螺旋ストレッチ」というストレッチをやっていただきます。あえて左右差をつける脚のストレッチです。
なぜなら、人間の身体は「左右不均等」にできているからです。
■人間の身体は左右不均等
人体で最も重い臓器である肝臓は右側にあります(体重の約2%:50Kgの人ならば1Kg)。心臓や胃、脾臓は左寄りに位置します。
横隔膜は肝臓や心臓、胃との位置関係によって、左右で働き方に差が生じることもあります。
肺のサイズも重さも左右均等ではありません(右肺:左肺=55:45、左肺は2パート、右肺は3パートに分かれています)。
このような状態ですので、我々の身体には何もしなくても「横の崩れ」が生じてしまいます。
そこで、片側だけを調整することで全身のバランスを改善していきます。
また、腹圧を高める方法ですが、準備段階として、まずは固まったお腹をほぐしてもらいます。
ほぐす際、膝を立てて仰向けに寝て、お腹を9区画に分けます(図表2)。
9区画に分ける理由は、抜けなく固さを探すためです。また、自分が固くなりやすい部位を認識するためにも有効です。
ここでは、どこを押すとどんな効果があるのかという意味合いよりも、どの区画にもいつも固さがないことが重要です。
■鍵を握るのは横隔膜
お腹をほぐした後は、「腰腹呼吸」という呼吸法を習得していただきます。
お腹だけを膨らませる「腹式呼吸」と違って、お腹も膨らませながら、腰も膨らませます。
そうすることで、腰の安定のみならず、横隔膜によって内側から内臓をマッサージしつつ、深く呼吸もできるという一石二鳥以上の呼吸法です。
鍵を握るのは、横隔膜の働きです。
横隔膜は体幹の深層に位置する筋肉であり、鍛えれば強くなる一方、使わなければ衰えて固くなります。
しかし、感覚センサーが少なく、自分で収縮を感じにくい筋肉でもあります。
そのため、呼吸時にお腹と腰がしっかり膨らんでいるかが、横隔膜が働いているかどうかのサインとなります。
お腹と腰の動きをしっかりと確認することが、横隔膜を鍛えるポイントです。
腰腹呼吸は、脱力トレーニングの基本になりますので、ぜひ押さえてほしいと思います。

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中野 崇(なかの・たかし)

スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士

株式会社JARTA international 代表取締役。1980年生まれ。大阪教育大学教育学部障害児教育学科(バイオメカニクス研究室)卒業。2013年にJARTAを設立し、国内外のプロアスリートへの身体操作トレーニング指導およびスポーツトレーナーの育成に携わる。イタリアのトレーナー協会であるAPF(Accademia Preparatori Fisici)で日本人として初めてSOCIO ONORATO(名誉会員)となる。イタリアプロラグビーFiamme oroコーチを務める。また、東京2020パラリンピック競技大会ではブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチとして選手を支えた。YouTubeをはじめとするSNSでは、プロ選手たちがパフォーマンスを高めるために使ってきたノウハウを一般の人でも実践できる形で紹介・発信している。著書に、『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』(かんき出版)がある。

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(スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士 中野 崇)
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