ロイヤルホテルの食の原点や料理人としての心構え、そしてそれらを未来へと継承し歩み続けていくことへの思いをリーガロイヤルホテルズ 名誉総料理長の太田 昌利氏に話を伺った。
写真:リーガロイヤルホテルズ 名誉総料理長 太田 昌利
お客様を第一に、決して妥協をしない
──太田シェフは総料理長として、「食のロイヤル」と評される味を率いてこられました。ロイヤルホテルの「食」の原点は、どこにあるのでしょうか。
私たちの食の歴史は、1935年に誕生した「新大阪ホテル」から始まります。まだ本格的な西洋料理が珍しかった時代ですが、「新大阪ホテルに行けば、おいしい西洋料理が食べられる」と、評判だったと聞いています。開業当時のメニューをひもとくと、車海老や牛肉、七面鳥といった豪華なコースが並び、定食が2円、宴会料理が5円という、当時としては破格の高級店でした。それでも予約が途切れなかったのは、お客様に新しい食文化との出会いを通じて感動を味わっていただきたいと、当時の料理人たちが真摯に取り組んできたからだと思います。
現在のロイヤルホテルの味の原点を語るうえで欠かせないのは、帝国ホテルの第八代総料理長を務められ、その後、「大阪グランドホテル」総料理長に就任された常原久彌ムッシュの存在です。私が入社した頃にはすでに雲の上の存在で、直接お会いしたことはないのですが、私たちが今も守り続けているコンソメスープなどのルセット(レシピ)の多くは、常原ムッシュが確立した基本が礎になっています。
──そうした歴史を受け継ぐなかで、ロイヤルホテルに脈々と伝わる「料理に向き合う姿勢」とは、どのようなものでしょうか。
やはり「お客様を大事にする」ということに尽きると思います。
──「食のロイヤル」が長く支持される理由はどこにあると思われますか。
お客様の言葉を真摯に受け止め、それを次の料理につなげていく。その積み重ねではないでしょうか。ホテル創業の地である大阪のお客様は率直に感想を言ってくださる方が多く、ときには厳しいご意見をいただくこともありますが、そうしたお客様ほど、ご要望を反映したお料理をお出しすると心から喜んでくださり、また足を運んでくださいます。
私自身も、お客様のお好みや以前に交わした会話の内容は、できる限り覚えておくようにしています。例えば、お打ち合わせの際に伺ったリクエストが、ご自身の好みにあった形で提供されると、とても喜んでいただけます。そうした一つひとつの小さな喜びが、大きな信頼につながっていくのだと思います。
写真左:「大阪グランドホテル」初代総料理長 常原 久彌
写真右:「レストラン シャンボール」初代料理長 アンドレ・ルイ・バンドルーによる手書きレシピ
世界で磨かれるロイヤルホテルの味
──ロイヤルホテルの食への姿勢を示す象徴的な取り組みとして、海外調理研修制度があります。太田シェフご自身も経験されていますが、この研修の意義をどのようにお考えですか。
ロイヤルホテルでは、本場の調理技術や食文化を学ぶため、1976年から海外調理研修を実施しています。
特に印象に残っているのは、食材そのものの違いです。例えば人参一本をとっても、日本の水分を多く含んだものとは異なり、フランスの人参は細く、味が非常に濃い。水も硬水です。現地でその食材に触れ、現地の空気のなかで料理して初めて、「なぜこの味になるのか」という理屈が腑に落ちるのです。また、現地の料理人たちの「自分の責任は自分で負う」という意識の強さにも大きな刺激を受けました。
──海外調理研修を経て、ご自身のなかで変化はありましたか。
帰国したばかりの頃は、少し「フランスかぶれ」になっていたかもしれません(笑)。ソースの味を濃くしたり、クリームを多めに使ったり。ただ、日本のお客様にそのままお出ししても、必ずしも喜ばれるわけではないということにも気づきました。本場のエッセンスをふまえて、いかに日本の風土やお客様のお好みに合わせていけるかが、何より重要だと実感したことを覚えています。
今も将来の料理長候補となる若手を派遣していますが、帰国した彼らの表情を見ると、責任感や自信が表れています。料理に向き合う姿勢や所作もより高まり、研修の成果を感じます。
写真:「ロイヤルホテルのおもてなし」イメージ
受け継がれた食の哲学を未来へ
──2013年に40代という若さで総料理長に就任されました。ロイヤルホテルにおいて歴代最年少での抜擢と伺っていますが、どのような想いで受け止められましたか。
正直なところ、大きなプレッシャーを感じました。先輩方が部下という立場になることもありましたし、ホテルの規模や歴史を思えば、その責任は非常に重いものです。でも同時に、ホテルの価値をさらに高めるためには、変えなければいけないこともあると感じていましたので、挑戦の機会をいただけたのだと受け止めました。
例えば、今は調理機器がどんどん進化していますが、せっかくの最新機器も、その機能を正しく理解して使いこなさなければ意味がありません。肉や魚を理想的な状態で提供するために、どのような温度で、どのような加熱をすべきか。総料理長として、これまでの経験則に加え、最新の調理機器を用いたテストを重ね、より良い状態で料理を提供できるよう改善することができました。
──総料理長として、ご自身の役割をどのようにお考えですか。
私の大きな役割の一つは、グループ全体の「顔」として、ロイヤルホテルが大切にしてきた食の哲学を各拠点へ浸透させ、その軸がぶれないようにすることだと考えています。
若手に伝えているのは、料理の技術以前の「仕事の進め方」や「ものの扱い方」です。食材をどう大切に扱うか、道具をどう整えるか。そうした基本の積み重ねが、最終的にお客様にお出しする一皿の質を左右します。華やかな技術に目を奪われる前に、まずは土台となる仕事への姿勢を正しく身につけてほしい。マニュアルを超えた「料理人としての心構え」を受け継いでいくことも、総料理長としての重要な役割です。
──これからの「食のロイヤル」が目指すべき方向についてお考えをお聞かせください。
守るべき基本を大切にしながら、少しずつ進化していくことだと思います。常原ムッシュの時代に築かれた「料理とはこうあるべきものだ」という考え方を、歴代のシェフたちがそれぞれの解釈で受け継ぎ、私たちに伝えてきてくれました。その土台となるおいしさや、一つひとつの工程を疎かにしない誠実な仕事こそがロイヤルホテルの根幹であり、次の世代にも確実に伝えていかなければならない部分です。
一方で、時代とともに変えていくべきこともあります。
私自身、一人の料理人として、料理が好きで仕方ありません。休みの日でも台所に立ち、新しい食材の組み合わせを試しています。トマト一つとっても、季節や個体によって味はすべて違う。それをいかに理想の味へと導いていくか──この終わりのない探求こそが、料理人という仕事の醍醐味です。そうした尽きることのない探究心とお客様の「おいしい」という笑顔のために、これからも挑戦を続けていきたいと考えています。
写真: 自ら厨房に立ち、チームとともに料理に向き合う太田総料理長。
●太田 昌利(おおた まさとし)
1982年、株式会社ロイヤルホテル入社。
宴会調理部や「レストラン ガーデン」に配属後、フランスの三つ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」とスイス「ホテル ボーリバージュ」にて海外研修を行う。帰国後は、グランメゾン「レストラン シャンボール」にて腕を振るう。
2013年、歴代最年少でリーガロイヤルホテル(現:リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション)総料理長 兼 リーガロイヤルホテルズ 統括総料理長に就任。
2017年にフランス共和国農事功労章シュヴァリエ、2025年にはオフィシエを受章。
2026年、リーガロイヤルホテルズ 名誉総料理長に就任。