
[J1第5節ファジアーノ岡山0-1浦和レッズ 、3月8日、埼玉スタジアム2002]
岡山は浦和に0-1で惜敗し、今季リーグ戦2敗目を喫した。後半35分に右ウィングバックで投入されたMF嵯峨理久は、仙台大で1学年先輩の浦和MF松尾佑介とマッチアップ。
先輩だろうが勝たないといけない
大学の紅白戦以来の対戦は、この上なく熱を帯びた攻防を見せた。嵯峨は「あのドリブルの感じは変わらないというか、独特な感じがありました。勝負なので先輩だろうが、誰だろうが、勝たないといけない」と、闘志全開で松尾と対峙した。
松尾も後輩の覇気に応えるように、ファーストマッチアップはスピードに乗ったドリブルで嵯峨を置き去りにしてクロスを供給。粘りの嵯峨、速さの松尾という構図で岡山の右サイドは激しく火花を散らした。
浦和MF松尾(右)とマッチアップした岡山MF嵯峨嵯峨にとって松尾は常に先を行く存在だった。嵯峨が仙台大3年次に松尾は当時J2だった横浜FCの加入内定を勝ち取り、特別指定選手としてリーグ戦21試合6得点5アシストの活躍でJ1復帰の原動力となった。
一方で嵯峨は最終学年を迎える直前に、世界的な新型コロナウイルス感染拡大によって、獲得に動いていたJ1クラブへの練習参加がすべて流れてしまった。J3の複数クラブからオファーを受けていたが、自身の成長を求めて当時JFLのいわきFCに入団した。
AFCチャンピオンズリーグでの活躍、欧州移籍を果たした先輩は華やかな舞台にいた。対照的に岡山の背番号23はJFLから階段を一つずつ上がるようにしてJリーガーとなり、昨季岡山へ完全移籍を果たすとJ1初昇格に貢献して先輩と同じ舞台に立った。
「自分はJFLからコツコツと上がってきて、そんな中でこのJ1の舞台で短い時間でしたけど、先輩と戦えたことは一つうれしいことです。

後半38分には嵯峨がゴール前へアーリークロスを供給し、同43分にも背番号23がクロスから岡山FWルカオのヘディングシュートを演出するなど見せ場を作った。
だが、先輩が一枚上手であると認めざるを得ないプレーを見せつけられた。
松尾から受けたアドバイス
コロナ禍の仙台大4年次に嵯峨は自身のプレースタイルを変える努力をしていた。大学3年次は絶対的エースの松尾の主戦場が横浜FCへ移ったことで、チームの決定力不足が課題となった。
これまで豊富な運動量により攻守で切れ目のないサポートをする黒子役に徹していた嵯峨は、チームをけん引する新たなプレースタイルを模索していた。
そこでプロ1年目を迎えた先輩にアドバイスを求めた。嵯峨は松尾から相手の嫌なところを突く技術を教わったことで決定力が向上。東北大学リーグ1部で6試合11得点3アシストと松尾に代わるエースアタッカーとして圧倒的な活躍を披露した。

ただ今回のマッチアップでは身をもって先輩が伝えたアドバイスに苦しめられた。
後半38分にペナルティエリア前で松尾が左サイドバックのDF荻原拓也に一度ボールを預けて急加速した。荻原から再びパスを受けるとキックフェイントで相手DFを交わし、切り替えして強烈なシュートを放った。
シュートは枠外に逸れたが、対峙した嵯峨は松尾と荻原の連係プレーに成す術がなかった。
「松くんはドリブルがあると分かっていた上で、縦のコースを自分が切って、はさめるような守備をできれば良かった。それができていれば、松くんにとって嫌な守備だったと思う。相手からしたら嫌なことをやってきたと思うので、そのシーンだけを切り抜いたら松くんの方が1枚上手だった」とほぞを噛んだ。
マッチアップで差を見せつけられ、試合結果も黒星を喫した。トップディヴィジョン出場2試合目でJ1の洗礼を先輩から受けたが、これまで突き落とされればはい上がるようにして成長してきた嵯峨は、この悔しさを糧にして大成しようとしている。
「キワのところにこだわってやらないと、どんなことをすれば相手が嫌なのか。常に考えながらまたやっていきたいです」
リーグ戦での再戦は本拠地で迎える第37節(11月30日)と最終盤だ。岡山の背番号23はホームでリベンジを果たすために成長を誓った。
色あせなかった仙台大の絆
一方で後半18分から左ウィングで途中出場した松尾は後輩との再会に「(嵯峨は)ちっちゃかったっす。縮んでいました。だから見えなかったです。気がついたら前にいました」と独特な松尾節で後輩をイジっていた。

試合前、松尾にあいさつをした嵯峨は「試合前も階段のところで(松尾に)ごあいさつしました。相変わらずいい先輩だなって(笑)。『いたの?』といわれて相変わらずな感じです(笑)。あのフワッとした感じは変わらずだったので、『変わらないな』と思って楽しかったです」と独特なキャラクターに笑みをこぼしていた。
報道陣の前でおちゃらけた浦和の背番号24だが、2022年の天皇杯では仙台大の同期である岡山MF岩渕弘人、嵯峨が所属していた当時J3いわきFCと2回戦で対戦する可能性があった。

当時の松尾は「あいつらとやれるかもしれない」と胸を高鳴らせていたが、いわきは福島県予選決勝で福島ユナイテッドに敗れてしまったため、対戦のチャンスを逃していた。それだけに待ち望んだ一戦だった。
松尾は「僕たちも結構切羽詰まっていたのでね。相手がどうとか余裕はなかったですけど」と前置きしたうえで、「大学でやっていた選手とJ1のピッチで会えたことはうれしいことです。対浦和戦じゃなければ、ガンガン点もアシストも決めて頑張ってほしいと思いますし、切磋琢磨し合えばいいと思います」と本音を口にした。

取材中、松尾と試合後にユニフォームを交換した岩渕と嵯峨が浦和の背番号24と健闘をたたえ合う一幕があった。岩渕が「またな」というと、松尾はあどけない笑顔で二人の帰路を見送っていた。
仙台大で切磋琢磨してきた男たちの絆は色あせていなかった。J1で異なるチームで真剣勝負を繰り広げた彼らは再びピッチで鮮やかな火花を散らすだろう。アマチュアリーグのJFLからはい上がってきた岩渕と嵯峨、クラブワールドカップを控える松尾と対照的な選手たちの再戦を心待ちにしたい。
(取材・文 高橋アオ、撮影 浅野凜太郎)