(L-R)張本智和/Tomokazu Harimoto, 戸上隼輔/Shunsuke Togami, JANUARY 28, 2024 - Table Tennis :All Japan Table Tennis Championships 2024Men's Singles Finalat Tokyo Metropolitan Gymnasium in Tokyo, Japan.(Photo by MATSUO.K/AFLO SPORT)

2024年全日本卓球選手権大会。男子シングルス決勝は大方の予想通りに張本智和と戸上隼輔が順当に勝ち上がり激突した。

番狂わせがあることもスポーツの魅力の一つ。しかし、強い者同士が圧倒的な力を見せることもまたスポーツの醍醐味だろう。張本智和と戸上隼輔。この見慣れているはずの2人の試合が想像を超える「見たこともない烈火の歴史的一戦」となった。試合後、レジェンド水谷隼氏が「死闘」「全日本選手権史上最高の試合」と表現した意地と意地の攻防。そのぶつかり合いで、何が起きていたのか。

(文=本島修司、写真=松尾/アフロスポーツ)

1ゲーム目。序盤からまさに火の出るような攻防に

1ゲーム目。まずは戸上から、張本のミドルへ強烈なフォアドライブが放たれてこの試合は始まった。

まさに「あいさつ代わりの一発」。まさに最高峰のボクサー同士の“殴り合い”が始まる第1ラウンド開始の合図のようだ。この2人は共にかなり王道に近いスタイルの攻撃卓球を得意とする。

そして、ネットを挟んだラケットとボールによる“殴り合い”のような打ち合いは始まった。戸上が「お返し」とばかりに張本のフォアクロスを撃ち抜く。

攻撃VS攻撃。その圧巻の光景がここから展開されていく。

序盤は、回り込みチキータからのバックミートの組み合わせで、一気に3-0と戸上がリードを奪う展開に。その後も引き離し6-0からの開始となった。

張本の表情がゆがむ。

出足から一気の猛攻撃をしかける戸上の姿は迫力に満ちている。両ハンドでの攻撃だが、打点にブレがなく、打つ位置が「思い描いたところでボールをとららえているからミスが少ない」という状態。精度が抜群だ。

一方の張本も、ジワッとエンジンをかけて、台に張りついた位置からフォアクロスにカウンタードライブを決める。声も出始めて4連続ポイント。

4-6へと追いついた。

しかし、戸上は止まらない。10-5へ突き放す場面では、また張本のフォア前のサーブをチキータしてから、強烈な速さでバックへ動いて戻り、バックミートを叩き込む。

1セット目の序盤で見せたものとまったく同じ戦法。まるで再現VTRだが、“足の速さ”がさらに増しているほど。目にも止まらぬスピードだ。

実況者からは「早送りですかというくらい速かった」との声。それほどのスピードアップ。このゲームは11-8で戸上が先取した。

2ゲーム目、張本智和が反撃開始。3ゲーム目は…

2ゲーム目。ここから、張本のストップとチキータが冴え渡った。

7-5へ突き放す場面では、両ハンドの打ち合いも耐え抜き豪快にドライブを決めた。戸上も、1ゲーム目に見られたチキータ+バックミートのコンビネーションをここでも試みるが、今度は張本がそれをバックミートでカウンター。10-8とする。

このあたり、もう張本は「相手がやってくるパターン」を予測している雰囲気だ。戸上は、左右だけではなく、前後にも大きく動く特有のスタイルでジュースに持ち込むが、振り切る様な形で、12-10で張本が勝利した。

3ゲーム目。ここでは戸上がオールフォアか!?と思うほどのフットワークを披露。3-2へと突き放す場面ではロングサーブから仕掛ける形に変えてフォアドライブの連打を放った。

4-4の攻防では、張本が深いツッツキでネットミスを誘いつつ、機を伺う。それでも戸上は止まらない。左右、ミドルへ打ち分け、10-9。

最後は、この試合の前半で一つのカギとなっている「張本のフォア前のサーブをチキータ」。しかし、この大事な場面で、張本のフォア側へとコースを変えた。これが決まって11-9。まるで、固いガードを崩した熟練のボクサーのようにも見えてくる。

死闘も中盤戦へ。台上の攻防になると張本が有利に

4ゲーム目。張本はサーブを変えた。ロングサーブで戸上のチキータを封じようとしているのがわかる。

戸上リードの後半、9-6から戸上にサーブミスとレシーブミスが出て9-8となったところで、戸上のベンチがタイムアウトを取った。タイムアウトが明けると、張本がどのサーブを出すか注目されたが、バック側に長い下回転系を選択。これには戸上がバックドライブで対応。10-8に。そのまま攻め切って、11-8。戸上が勝ち切った。

5ゲーム目。死闘の中盤。1本目からバック対バックで、強烈な連打を叩き込む戸上。スイングスピードも上がり、張本を上回ってくる。張本は、終始、ストップをうまく使った。

台上の攻防になれば「台に張りつく前陣スタイル」の張本に、有利になる。

10-4では、ストップ合戦に。張本の精度が上回り、10-5と大量リード。戸上も攻撃の精度を上げて追い上げ、たまらず張本がタイムアウト。それでもロングサーブからの攻撃で11-9。張本が勝ち切る。

6ゲーム目。張本は、フォア前にチキータ対策としてか「縦回転」や「ナックル性」を混ぜた。単調にならず、アイデアが出るようになっている。これに対し、戸上に少しミスが出てくる。

その後、張本はロングサーブを主体に切り替え。伸びる、吉村真晴が使うようなアップダウンサーブも混ぜている。しかし、戸上の強打も止まらずにまたしても一進一退の攻防に。

9-9へと張本が追いつこうという場面では、戸上が持ち味全開で、左右に高速で動くフットワークを披露。しかし、動き回って打ちまくる戸上のボールを、張本はブロックで完璧に受け止めながら、最後はフォアのカウンタードライブで打ち抜いた。

張本がバックで凌ぎきって10-10。ジュースに。その中で張本は、ミドルへ長いツッツキを挟んで翻弄するアイデアを繰り出す。戸上にミスが出る。そのままバックミートの打ち合いで優位に立つと14-12で張本が勝ち切る。

ついに「全日本選手権史上最高の試合」も終盤戦

7ゲーム目。死闘の締めくくりがついに始まった。

ここから再び、フォアとフォアの打ち合いへ突入。フルスイングの戸上。ブロックとカウンターの張本。

と、ここで突如、まるで脱力したかのようなブロックを見せた張本が得点し、3-3。しかし、まったく同じ張本のフォア側へ渾身の全力フォアドライブをまた叩き込む戸上。意地でもブロックされたのと同じ場所を打ち抜こうとしているのがわかるコース取りだ。

死闘の締め括りにふさわしい、火の出るような卓球。戸上のフォアドライブもサイドを切るほど鋭くなる。7-7。バック対バックで、自分のパターンだと冷静な張本が取り、8-8。戸上はフォアクロスへ2本を決めて10-8。

ここで張本がまた凌ぐ。この日の張本は本当に粘りがある。バックの打ち合いを取り切り、10―10。

ジュース。ここからまだ死闘が続く。張本が12-12に追いついた一本は、フォアドライブを戸上のミドルに叩き込むアイデア。サプライズなコース取りが、こんな正念場で飛び出す。

静まり返る会場。しかし、張本はまだまだ余裕を感じさせる笑顔。これは今までの張本にはあまり見られなかった光景。このギリギリの局面でも新しいプレーのアイデアが出てくる自分を、まるで楽しんでいるかのようだ。

お返しとばかりに、また戸上が張本のミドルへフォアドライブを叩き込んで、13-12。

こんな試合は見たことがない。

最後は張本のフォアハンドが戸上を打ち抜き16―14で決着。張本は静かにその場にしゃがみ込んだ。そして解説を務めたレジェンド水谷隼氏は「全日本史上最高の試合」と称した。

これで終わりではない2人の挑戦。「打倒中国」への決め手は?

国内の男子ではこの2人の実力が突き抜けている。そのことを再確認させられた試合だった。

しかし、2人に課せられた使命はここからが本番といえる。パリ五輪に向けて、今度は「打倒中国」への日々が始まる。

では、課題はどこにあるのか?

1セット目の途中で、戸上は「早送りですか」と称してしまうほどの強烈なスピードでの動きを見せた。張本のフォア前の小さなサーブをチキータし、バックへ戻る際の動作だ。これができれば、打倒中国の夢もすぐ目の前にある。そんな気がしてしまう。

ただ、この試合はお互いが「手の内を知りつくしている者同士」の試合でもあった。あの動きは、ここに来たサーブをこの返し方をしたら、こう返球してくるはず、ということを念頭に置いての動きでもある。旧知の仲の2人は何度もこのパターンでぶつかりあったこともあるだろう。

つまり「読める相手」だということになる。そして、これは同じことが張本にもいえるのではないだろうか。張本にとっても戸上は「一球先が読めない相手」というわけではなく、勝っても負けても「相手の動きを読める相手」だろう。

ならば、中国選手と対峙した時の課題も見えてくる。

かつて水谷隼氏は「競るところまではいける。問題は最終ゲームの最後の最後で、サプライズのようなプレーを出せるかどうかなんです」と語った。そのサプライズのビッグプレーを、相手の動きを読み切れない中国相手にどう繰り出すか。その試合の中で、相手の動きのパターンを、一つでも二つでも完璧に読み切る。もしくは、使わずに残しておいたサーブがある。そんなサプライズがほしい。

これまでの中国トップ選手との試合では、最後の最後で相手の「ここでそれがくるか!」と唸らされる圧倒的なサプライズ感のあるプレーに屈してきた。その大きな壁を超える可能性が、この死闘を見せた張本と戸上には十分にあるはず。

特に、張本だ。王者に返り咲いた今大会で見せてくれた、死闘の中での「余裕」。そこから生まれる冷静な「アイデア」は、サプライズプレーを生む種となりそうな予感が漂う。

パリ五輪。張本と戸上が見せてくれる、中国を相手にした死闘。そしてその先に訪れるはずの、歓喜の瞬間を待ちわびたい。

<了>

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