今年1月に新たにイングランド代表監督に就任したドイツ人監督トーマス・トゥヘル。マインツ、ドルトムント、パリ・サンジェルマンで監督を歴任し、2021年にチェルシーの監督としてイングランドのクラブをUEFAチャンピオンズリーグ優勝に導いた実績を持つ。

その後バイエルン監督を経て、今回が初の代表監督への挑戦となる。2026年FIFAワールドカップ北中米大会で優勝を目指すイングランド代表は、史上3人目の外国人監督とどのようなスタートを切ったのか?

(文=田嶋コウスケ、写真=AP/アフロ)

トゥヘル新体制が船出。紙飛行機が舞い、ウェーブが起こった背景

「ウェンブリー・スタジアムに紙飛行機が戻ってきた。しかも、退屈しのぎのウェーブと一緒に。格下ラトビアを当然のように破ったが、イングランド代表は多くの点でこれまでのパフォーマンスと変わらなかった。スリー・ライオンズ(イングランド代表の愛称)は、サポーターの鼓動を速めたのか? トーマス・トゥヘル監督は就任時、大胆かつ自信たっぷりに攻撃サッカーを見せると宣言したが、こんな試合内容でそんなことは可能なのか?」

イングランド代表について辛辣な意見を並べたのは、英国紙デーリー・テレグラフである。

イングランド代表では、2024年のUEFA欧州選手権(ユーロ)を最後にガレス・サウスゲート監督が退任。後任として、ドイツ人のトゥヘル監督が就任した。そして今年3月のワールドカップ予選2試合から、イングランド代表の指揮を執り始めた。

3月予選の結果は「2戦2勝」。3月21日のアルバニア戦で2−0の勝利、3日後のラトビア戦で3−0の勝利を挙げ、ホーム2試合で連勝スタートを切った。

しかし内容は単調そのものだった。

2戦とも相手国が守備を固めてきたこともあり、イングランドが攻めあぐねる展開が続いた。特にラトビア戦はその傾向が強く、後半途中からウェンブリー・スタジアムに集まったイングランドサポーターが、事前に配られたチラシを紙飛行機にしてピッチめがけて飛ばし始めた。さらに、大きな掛け声と共にウェーブも開始。退屈さを紛らわす行動に出たのである。 こうした光景は、サウスゲート前監督時代にも見られたもので決して珍しくはない。それゆえ、英紙デーリー・テレグラフは、トゥヘルの初陣2戦を揶揄する記事を掲載したのである。サウスゲート時代と、さほど変わっていないと──。

いまだ連携構築中。特に練度が足りなかったのは…

イングランド代表監督はイングランド人に──。

そんな声も依然として聞こえてくるが、チェルシーをUEFAチャンピオンズリーグの頂点に導いたトゥヘル監督には当然、期待の眼差しも向けられている。目指すは、自国開催の1966年ワールドカップから遠のく“世界の頂点”。豪華なタレントを擁しながら、21年ユーロで準優勝、22年ワールドカップでベスト8、24年ユーロで準優勝と、イングランドは主要国際大会で栄冠に手が届かなかった。

そんなスリー・ライオンズを優勝に導けるか。ここがトゥヘルにとって最大の目標となる。

ではトゥヘル監督は、イングランド代表をどのようなチームにするつもりなのか。ドイツ人指揮官は「自由で攻撃的なチーム」に変革したいと宣言した。しかも、これまでのイングランド代表が「負けることへの恐れ」に縛られていたと指摘。「勝利への渇望と喜びを持ってプレーする」ことを目指すとしている。具体的には「相手陣内でのボールタッチ数や攻撃回数、ハイプレスによるボール奪取の回数を増やす」と言い、イングランド伝統の力強さを重視する「攻撃サッカー」を展開すると誓った。

しかし3月の2試合は、「いまだ連携構築中」との印象を強く残した。特に、練度が足りなかったのは攻撃陣だ。指揮官自ら「突破力が足りなかった」と漏らしたウィンガーの活用法には課題が残った。ファイナルサードの攻撃に改善すべき点が少なくなく、冒頭のテレグラフ紙の厳しい見解につながったわけだ。

ルイス=スケリーの「偽サイドバック」への期待感

もっとも、トゥヘル体制に変わり進化の兆しも見えた。その一つが、後方部からのビルドアップにあった。

サウスゲート前時代に比べると、最終ラインからのビルドアップに可能性を感じた。最終ラインからパスワークを始めると、あらかじめデザインされた動きで、選手が人とボールを動かしたのである。

この2試合で先発に抜擢されたマイルズ・ルイス=スケリーの「偽サイドバック」は象徴的だった。18歳DFは左サイドから中盤中央にポジションを移し、センターエリアで数的優位を作った。マーカーを中央に引きつけることで味方ウインガーへのマークを緩め、ワイドエリアからの攻撃をスムーズに行おうとしていた。

また右サイドバックのカイル・ウォーカーがインナーラップを試みたり、最終ラインのパス回し時にセンターフォワードのハリー・ケインとトップ下のジュード・ベリンガムが真横に並んで縦パスのコースを増やしたりと、攻撃のスタート地点となるビルドアップの構築に着手している印象を残した。

もっと言えば、ボールロスト時に早期回収を目指すゲーゲンプレス、相手陣内で高い位置から仕掛るハイプレスも、トゥヘル体制になって徹底されている点だった。3月の2試合ではファイナルサードの打開力を欠いたが、これらの戦術的変更が噛み合うようになれば、自然と攻撃の脅威は高まるはずだ。

オープンな人選にも共感。連続先発を果たしたのは…

オープンなセレクションにも好感が持てた。

筆頭は、やはりアーセナル所属のルイス=スケリーの抜擢だろう。2試合連続で先発した18歳DFの戦術効果は先述したとおり。

もともと本職がMFの若き“偽サイドバック”の出場で、イングランド代表は新たな攻撃パターンにトライできた。

またアルバニア戦では開始20分にベリンガムのアシストからゴールを決め、トゥヘル体制初の得点者にもなった。トゥヘル監督は試合後、ルイス=スケリーについて「彼は素晴らしい選手で、素晴らしい人格の持ち主。代表合宿で、彼に恋に落ちるのは当然だとすぐに感じた」と称賛。アーセナルでブレイク中の若手サイドバックを手放しで褒めた。

ワールドカップ予選で連続先発したケインとベリンガム、MFデクラン・ライス、GKジョーダン・ピックフォードあたりをチームの核に据えつつ、32歳で201センチの巨漢センターバックのダン・バーンや突破力抜群のウインガーのジャロッド・ボーウェン、マンチェスター・ユナイテッドを飛び出しレンタル先のアストンビラで復活の兆しを見せているFWマーカス・ラッシュフォードをスタメンで起用するなど、よりオープンな人選で代表を強化していこうとする意図が見えた。

史上3人目の外国人監督にかけられる期待

イングランド代表にとって、トゥヘル監督は史上3人目の外国人監督である。一部では「代表監督はイングランド人が務めるべき」との根強い意見もあり、トゥヘル体制は必ずしも追い風に乗ってスタートしたわけではない。

例えば、英国国歌を歌うか否か、といった不必要な注目のされ方もしているのもその一つだろう。この件について問われた同監督は「国歌は非常に感動的で力強いものであり、自分がそれを歌う資格を得るには、まず結果を出して、チームや国民から信頼を得る必要がある」と語った。

イングランドの文化や伝統を尊重しつつ、自身の立場を慎重に築いていきたいとの姿勢を示したわけだが、ひとまず英メディアは、この発言でイングランド代表の結果とパフォーマンスに注目するようになった。チェルシーでプレミアリーグと英メディアを経験した影響だろうか、同監督の説明にはハンドリングのうまさを感じた。

冒頭に記したテレグラフは厳しい意見を述べながらも、「トゥヘル体制はまだ発展途上にある」と指摘している。「まだ改革は始まったばかり」と続け、今後の戦いと進展に期待感を示した。いずれにせよ、トゥヘル監督の真価が問われるのはここから。26年ワールドカップで、イングランド代表を世界の頂点に導くことができるか。戴冠の可能性が高まっていくか否かは、今後明らかになっていくはずだ。

<了>

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