ドイツメディアのドイチェ・ベレはこのほど、中国系移民が大量に住み、仕事をするようになったイタリア中部の都市のプラートの状況を紹介する記事を発表した。一時は衰退した地場産業の繊維産業が、中国人移民により復活した一方で、各種の問題が発生しているという。

衰退した地場産業、中国人のおかげて復活はしたが

プラートは中世以来、イタリアさらには欧州全体の繊維産業の重要拠点としての地位を確立した。プラダといった高級ブランドや、その他の多くのブランドがプラートに拠点を置いた。しかし第二次世界大戦後には、世界市場での競争激化や若年労働力の流出、現代化の遅れなどで、プラートの繊維産業は衰退した。繊維産業を復活したのは、1980年代に始まった中国からの移民増加だった。

中国系移民は廃業してそのまま残っていた繊維工場や倉庫に再起のチャンスを見いだし、安価な労働力と高い生産効率によって、かつて布地を主としたプラートの伝統的な工芸生産モデルを、既製服を主軸にした「速く作って速く売る」モデルに転換した。この「中国モデル」の成功により、2000年以降も職を求め、裕福になることを夢見て多くの中国人がやって来ることになった。

公式の統計によれば、2021年時点でプラートには人口のほぼ15%を占める2万7000人あまりの中国系住民が住んである。ただし、この統計は在留資格を持たない不法移民は含まない。実際には、街を歩けば「温州金行」「沙県小吃」などと書かれた中国語の看板があちこちに見られ、中国の食材や雑貨を扱う店も多い。目に入るのは東洋系の顔つきの人で、耳に飛び込むのは中国語だ。

中国人が「メイド・イン・イタリー」のブランド価値守れるのか、との声

最初は労働者だった中国系移民の中からは、経営者になってプラートの繊維産業を主導する立場の人も増えた。しかし、安い賃金で働く中国人移民の増加が、元からの住民の雇用機会を脅かすとの懸念も発生し、イタリアの伝統的な街並みをチャイナタウン化したとの批判もある。

さらに、中国人がイタリアに来て、中国から安価な布地を輸入し、中国人の低賃金労働者を雇って生産したファッション製品が「メイド・イン・イタリー」として売り出されることで、イタリアの繊維製品の「ハイエンド」の精神や品質を、いったいどれだけ体現しているのかという疑問も出ている。

ただし、中国人側からは、「中国人が作ったものかどうか」で高級か低級かと判断するのでは、人種差別的な話になってしまうとの批判も出ている。

イタリア在住が長い芸術家の鄭寧遠さんは「まるで、中国人はいつも安物ばかり作るかのような言い方です」と批判した。

鄭さんは、中国の繊維業者は「すべて合法的に行いたいと望んでおり、非常に高品質な製品を作りたいと望んでいる人もいる」と述べた上で、プラートの繊維産業が欧州で比較的安価な製品の生産を続け、地場産業の域外移転を免れていることについて、「その代償として移民の犠牲があります」と指摘した。

違法な労働者搾取、中国系マフィアも暗躍

プラートの繊維産業は、「血汗工廠(労働者搾取工場)」や違法労働者の問題により、長年にわたって批判を受けて来た。2013年には現地の中国人経営の衣料品工場で火災が発生し、中国人労働者7人が死亡した。当局はその後、中国人工場への監視を強化したが、10年以上が経った今も問題は依然として深刻なままだ。

非正規労働者や移民労働者の権利擁護を重視するイタリアの労働組合であるスッド・コバスは、プラートでの繊維産業労働者の週労働時間は最大で84時間に達するが、月給はわずか800ユーロ(約14万円)である可能性があると表明した。また、多くの人が労働組合による保護を積極的に求めているが、恐怖心があったり法的弱者という立場があったり、困難な状況にある。また、搾取を受けているのは中国人労働者だけでなく、パキスタンなど他国から来た労働者も同様という。

AFPは 8月初旬、プラートの中国人が経営する工場で過去数カ月にわたって暴行事件や放火事件が相次いで発生していると報じた。イタリア警察によれば、地元の中国系マフィアが、1億ユーロ(約170億円)超の利権があるハンガーと既製服の輸送市場をめぐって激しい争いを繰り広げているという。

4月には、華人マフィアのメンバーのジャン・ダーヨンがローマで銃撃され死亡した。この事件はハンガー輸送関連の利権争いとの関連が疑われている。報道によると、ジャンは浙江省温州出身で、プラートで幅広いビジネスを展開していた。

プラートの検察当局は最近、銃撃されたジャンは中国人マフィアのボスであるジャン・ナイジョンの側近であり、プラートでの輸送事業を支配しているのはジャン・ナイジョンと発表した。

プラートの繊維産業は、中国人移民に大きく依存しており、違法行為や腐敗が長きにわたって蔓延してきた。中国系マフィアが多くの不法移民をプラートに送り込んでいるため、さまざまな国から来たこれらの違法労働者は、恐怖から声を上げられないでいるとされる。

中国系住民にアイデンティティーと世代間断絶の問題

プラートに住む中国系住民の間では「アイデンティティーの問題」も生じている。成人してからやって来た中国系住民は、中国語を問題なく使えるが、イタリア語は上手でなく社会に溶け込めない状況が発生している。逆に、子どものころにやって来たり、プラートで生まれた中国系住民は中国語が上手ではない。両親との意思疎通に障害が出る恐れがあるとの指摘もある。

また、前出の鄭寧遠さんは、中国の変化が極めて速いことも指摘した。鄭さんは、「中国に戻るたびに、細かい部分でさまざまな違いを感じます。そしてそれは、(自分にとって)だんだん疎遠になっていく感覚でもあります。数年行かないだけで、自分の故郷とは思えなくなることもあります」と述べた。

鄭さんはさらに「多くの人は、自分を中国人だと考えてはいますが、時には自分はむしろイタリア人に近いと感じることもあるのです。

たとえば、彼らに『あなたは中国人だと思いますか』と尋ねると、『中国人だと思う』と答えます。でも、『じゃあ帰るの』と聞けば、『自分は、もうイタリアで暮らしていくことになるだろうし、中国に帰ってももうなじめないかもしれない』と言うのです」と説明した。(翻訳・編集/如月隼人)

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