中国のウェブサイト・虎嗅に「日本はなぜ絶えずノーベル賞科学者を生み出すのか?」との評論記事が掲載された。

今月7日、2026年のノーベル化学賞が発表され、東京理科大学名誉教授の硤合憲三(そあいけんそう)氏(76)とフランスのアンリ・カガン氏(95)が共同受賞した。

受賞理由は、「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応」の発見だった。

記事は、日本政府が2050年までにノーベル賞を30個獲得する目標を掲げており、特に21世紀に入ってから自然科学分野で多数のノーベル賞を受賞していることに言及。「なぜ日本ではノーベル賞受賞者が継続的に生まれるのか」とし、その背景について紹介した。

以下はその要約。

日本がノーベル賞受賞者を輩出してきた理由について、研究成果が評価されるまでの長い時間や、研究者が自由に研究できる環境の重要性を指摘する見方がある。ノーベル賞は、受賞の20~30年前に行われた研究が評価されるケースが多い。日本人受賞者の研究も、成果が認められるまでに長い年月を要してきた。

例えば、坂口志文氏が制御性T細胞に関する研究を発表したのは1995年で、ノーベル賞受賞まで30年を要した。北川進氏が取り組んできた金属有機構造体(MOF)の研究も、1990年代に本格的に始まり、後になってさまざまな応用の可能性が明らかになった。

基礎研究は、始めた時点で実用化の見通しが立っているとは限らない。研究の意義や将来性がすぐに分からないことも多い。そのため、短期間で明確な成果を求める政策は、独創的な研究を妨げる可能性がある。

日本は2001年、50年間でノーベル賞受賞者を30人程度輩出するという目標を掲げた。しかし、その後に受賞した研究者の主要な研究成果の多くは、この目標が掲げられる前から生まれていた。目標そのものが受賞者の増加を直接もたらしたわけではない。

受賞者の経歴も一様ではない。田中耕一氏は島津製作所、吉野彰氏は旭化成、中村修二氏は日亜化学工業で研究に取り組んだ。大村智氏も一般的なエリート研究者とは異なる経歴を歩んだ。北川氏も京都大学に移る前、近畿大学で10年以上にわたって研究を続けていた。こうした例から、有名大学や限られた研究機関だけでなく、多様な環境から成果が生まれることが分かる。

国際的な人材交流も重要だ。利根川進氏はスイスで重要な研究を行い、真鍋淑郎氏は長く米国で活動し、中村氏も後に米国へ移住した。一方、小林誠氏、益川敏英氏、梶田隆章氏、大隅良典氏らは主に日本国内で中核的な研究を進めた。人材や知識、研究手法が国境を越えて流動する開放性と、国内で独創的な研究を長期的に続けられる環境の両方が必要なのである。

一方で、日本の研究力が現在もかつてと同じ水準にあるとは限らない。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)のデータによると、2021~23年の平均で、日本の論文数は分数カウント法で世界5位だった。一方、被引用数が上位10%に入る注目度の高い論文は13位、上位1%の論文は12位にとどまった。日本の研究力の相対的な低下が指摘される一方、中国では研究成果が増えている。

現在のノーベル賞受賞者が評価されているのは、過去の研究環境の下で生まれた成果である。したがって、過去の受賞実績だけで、現在の研究力を判断することはできない。

日本の経験から、中国が学べることは何か。中国が今後、優れた研究成果を生み出すためには、短期間での実用化や3~5年以内の成果を過度に求めず、不確実性の高い研究にも取り組める環境を整えることが重要だ。すでに成果を上げた研究者や機関に資源を集中させるだけでなく、多様な経歴を持つ研究者が長期的な視点で研究を続けられる仕組みも求められる。(翻訳・編集/北田)

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