ポップシーンが完全に北米中心となった2010年代後半に、メインストリームの最前線をひた走る唯一のイギリス勢がエド・シーランだ。”2017年にアメリカでもっとも売れた曲”である「シェイプ・オブ・ユー」や、全米1位を6週に渡って獲得した「パーフェクト」を筆頭に、彼がかかわったヒット曲は数えきれない。
”ポップなフォークシンガー”という表層的な理解ではとらえきれない、彼の本当のすごさはどこにあるのか? 音楽ジャーナリストの柴那典が紐解く。

現在のポップシーンにおいて最も過小評価されているミュージシャンの一人がエド・シーランなのではないかと思っている。

もちろんセールスは記録的だ。グラミーもブリット・アワードも受賞している。だが「売れた」というイメージが先行し、本人のルックスやキャラクターも親しみやすく、楽曲のモチーフもシンプルなラブソングが中心であるがゆえに、その音楽的な多面性と革新性が十分に伝わっていないんじゃないかという歯痒さがある。下手したら、単なる売れ線のフォークシンガーと目されている向きもあるかもしれない。だとしたら全然違う。

エド・シーランは、ものすごく沢山の引き出しを持ったミュージシャンだ。ループペダルを駆使して一人でステージを成立させるパフォーマンスも目立つが、特筆すべきはそれだけじゃない。メロディの構成力からリズムの跳躍力と低音の共振性へと音楽的な快楽の重心が移り、北米が完全に磁場の中心になった2010年代後半のポップシーンにおいて、英国人の男性シンガーソングライターとして、唯一その潮流に相対しヒット曲を量産しているミュージシャンが彼である。

2017年のチャートを席巻した「Shape Of You」はダンスホールを”取り入れた”サウンドと紹介されることも多いが、そういった曲調を”要素として取り入れた”というよりも、そもそもワンループから組み立てる彼のソングライティングの基盤にそことの親和性があると言ったほうが近いだろう。

その背景には、故郷から音楽を学ぶためにロンドンに引っ越すも家賃が払えずホームレス同然の暮らしをしていたという経緯がある。
つまり彼の素性は階級社会の英国における「都市のアウトサイダー」であり、そこにロンドンのアンダーグラウンドシーンで勃興してきたグライム以降のラッパーとの共通性もある。メジャーデビュー前の2011年にリリースされたEP『No. 5 Collaborations Project』でもワイリーらグライム勢とコラボしている。そういう経緯があるからこそ、いまやグラストンベリーのヘッドライナーをつとめるほどの存在になったストームジーとたびたびコラボし親密な関係を保ち続けている、とも言える。

アルバム毎のコンセプト展開も見事だ。デビュー作『+』はいわば自己紹介的な一枚。2作目『×』はファレル・ウィリアムスをプロデューサーに迎えた「Sing」が象徴するように、ソウルやヒップホップのビート感と彼の歌を「掛け合わせ(=multiply)」した一枚。さらに『÷』はそうして培われたハイブリッドな彼の音楽性を数々のルーツに「分けた(=divide)」一枚。ガーナで録音した「Bibia Be Ye Ye」、ラテン・テイストの「Barcelona」、アイリッシュ・トラッドな「Galway Girl」が象徴的だが、ケルトとアフロとカリブが一枚のアルバムに同居している。

ちなみに、彼最大のヒット曲「Shape Of You」は、もともとリアーナに歌ってもらうつもりで書いた曲なのだという。そして、もう一つリアーナに”蹴られた”2015年を代表する曲がメジャー・レイザーの「Lean On」。エド・シーランは翌年そのメジャー・レイザーに「Cold Water (feat. Justin Bieber & MØ)」を楽曲提供している。これらの楽曲が2010年代後半の音楽シーンの一大トレンドだったダンスホール・ポップのテイストを決定づける一翼を担ったわけで、そう考えると、実はこれって、「不在のリアーナが男たちを翻弄し時代を動かし続けてた」ってことなのかも。


Edited by The Sign Magazine
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