失敗に終わったグリーン・デイの著作権侵害対策CMや、U2によるアルバムの強制配信。まもなく引退を迎えるiTunesの歴史を彩るもっとも印象的なエピソードを振り返る。


iTunesというブランドはもう存在しない。Appleがストアとライブラリが一体になったデジタルメディアを発表してから20年近くが経ったいま、米現地時間6月3日の月曜日に同社が毎年開催している世界中の開発者向けの会議で、今年の秋にiTunesソフトウェアを終了し、代わりに「ミュージック」、「TV」、「ポッドキャスト」の3つの独立したプログラムをリリースすることが発表された。音楽購入などの主要な機能は、そのまま新しい「ミュージック」というアプリに引き継がれる。iTunesというブランドの終わりは、音楽業界の歴史におけるひとつの時代の終幕でもある。iTunesがデジタル ダウンロード時代へと私たちを導いてくれたなかでも、もっとも印象的だったエピソードを振り返ってみよう。

2003年:カラフルで華々しいファンファーレに飾られた革命の幕開け

スティーブ・ジョブズは、2000年代の初頭にオンラインミュージックストアを世に送り出しただけではない。
ジョブズは、インターネットで海賊版を手に入れるよりもサステナブルな方法で簡単に音楽を購入することができる、ユーザーフレンドリーなメディアを音楽ファンに提供したのだ。iTunes Music Storeを成功させるため、ジョブズはプロモーションにボブ・ディランなどの著名人を起用した。iTunes Music Storeはジュークボックス、発見の場、レコードショップ(カウンターの後ろからチラチラ監視する店員はいない)をひとつにした存在だった。米タイム誌は2003年にiTunesを「(2003年で)もっともクールな発明品」と絶賛し、iTunesというソフトウェアは、レコードショップ全盛期ほどの利益は見込めないとしても、頼れる相棒のハードウェアであるiPodとともに無法地帯と化したインターネットのせいで死にゆく音楽業界を再活性化できる、と報じた。

リリースの最初の週だけでiTunesは100万というダウンロード件数を記録し、ウォールマートやベストバイなどの大手を退けて音楽小売店としてトップの地位に躍り出た。いたるところで目にした「シルエット」を用いたAppleの美しい広告も、新製品を音楽ファンの心に浸透させるのに一役買った。


2004年:iTunesとPepsiで音楽を守ろうとしたグリーン・デイ

すべてのプロモーション活動が成功したわけではない。2004年にAppleとPepsiはタッグを組み、グリーン・デイによる「I Fought the Law」のカバーとともにスーパーボウルの合間に放送される著作権侵害対策のテレビCMを制作した。莫大な費用がかかったにも関わらず大失敗に終わったこのCMは、失敗したプロモーション活動の代表例だ。違法ダウンロードで訴えられたと思しきティーンエイジャーたちをフィーチャーしたCMは、AppleとPepsiがiTunesを通じて1億曲を無償提供する、と謳った。音楽をダウンロードするための無償コード番号入りのPepsiボトルが予定していたほど広く流通しなかったことも、ただでさえ評判の悪いCMの不人気に拍車をかけた要因のひとつだ。両社が掲げた1億曲のうち、実際ダウンロードされたのはたった500万曲だった。
「もっと多くの人がダウンロードすることを期待していました」と当時Appleのコミュニケーション部門の部長を務めていたケイティ・コットン氏はこのように認めた。

2010年:iTunes Pingという名の悪夢

iTunesユーザーは長きにわたって飽和状態のソフトウェアに対して不平をこぼし続けてきた。Appleは、短命に終わった同社のソーシャルネットワークのiTunes Pingに限ってユーザーたちの願いを聞き入れた。同社は、iTunesユーザーがお気に入りのアーティストや音楽を分かち合える場として2010年にiTunes Pingをリリースしたものの、結果的には、人気よりも嘲笑の対象となってしまった。「お客様から『iTunes Pingにたくさんのエネルギーを注ぎたいとは思わない』という意見をいただきました」と同社のCEOを務めるティム・クック氏は2012年に認めている。

2011年:待ちに待ったビートルズの登場

2011年、AppleとiTunesはビートルズの楽曲という史上最大の勝利を手に入れた。
何年にもわたってiTunesへの楽曲提供を差し控えていたビートルズが、iTunes Storeを通じて自身のレコード会社と出版社に直接ロイヤルティが支払われる、という条件のもと(業界関係者によると、この条件は音楽史上もっとも儲かる条件らしい)、ようやく音楽配信にゴーサインを出したのだ。ビートルズの解禁とともに、当時同じように楽曲提供を保留していたレッド・ツェッペリン、キッド・ロック、メタリカAC/DCなどの楽曲も解禁され、iTunesというビジネスモデルの確実性が証明された(少なくとも、Spotifyをはじめとするストリーミングプラットフォームという新たな黒船が出現するまでは)。

2014年:U2が世界にアルバムを強制配信

2014年のある日、目を覚ますとiTunesのライブラリになぜかU2のアルバムが勝手に入っている、という事態を5億人ほどの音楽ファンが体験した。「強制的無償ダウンロード」という手段を通じてAppleはアイルランドを代表するロックバンドの新作アルバム『Songs of Innocence』を当時の全iTunesユーザーに配信したのだ。iTunes Music Storeのリリース当時からこのメディアにおいて欠かせない存在であったU2とAppleの両者にとっていい話となるはずだった。「できる限りたくさんの人々に聴いてもらいたかった」とU2のマネージャーのガイ・オセアリー氏はローリングストーン誌に語った。
音楽プロデューサーのジミー・アイオヴァイン氏は、この戦略の裏にある心理をこのように説明している。「ロックにはもはや時代精神と呼べるものがない。だからこそ、U2は慣習に逆らおうとした。そのためには、使えるものはすべて使うべきなんだ」。

だが、iTunesユーザーには大不評だった。米WIRED誌のライターをはじめ、一部の人々はU2からのプレゼントを「スパムよりもひどい」と非難し、一瞬だけ、U2はアメリカでもっとも嫌われたバンドになってしまった(「ご希望の場合は、U2の『Songs of Innocence』をiTunesライブラリと購入済みプレイリストから削除できます」という回りくどい言い方ともに配信から1週間以内にAppleはライブラリからアルバムを削除する方法を発表した)。


その1ヶ月後:ボノがU2のアルバムを強制プレゼントしたことを謝罪

「しまった」と1ヶ月も経たないうちにFacebookのQ&Aを通して強制ダウンロードについて質問されたボノは言った。「申し訳なかった。すごくいいアイデアだと思って、内輪で盛り上がってしまったんだ。いくらかの誇大妄想、ほんの少しの寛大さと自己宣伝、そしてこの数年にわたって心血を注ぎ続けた楽曲を聴いてもらえないかもしれない、という強い恐怖……アーティストというのは、どうもそういう風に考えてしまいがちだから。世間はノイズで溢れている。どうやら、アルバムを聴いてもらうのに必死になり過ぎて、僕らもそんなノイズになってしまったようだ」。