音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」。12人の男性キャラクターが4チームに分かれ、ラップ音楽とともにバトル展開する物語で、2017年9月にプロジェクトが始動した。


2019年8月2日現在では、Twitterのフォロワー数は約50万人、全声優が参加したアンセムソングはYouTubeで2700万回以上再生を記録、表紙を飾ったアニメ専門誌はバカ売れし、女性週刊誌では連載企画も継続中。さらにはカフェやカラオケルームとのコラボなど、凄まじい盛り上がりを見せている。新しい音楽表現のカタチとして『ヒプノシスマイク』の魅力はどこにあるのか探ってみた。

※この記事は2019年3月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.06』に掲載されたものです。

話題の「ヒプノシスマイク」とは?

あなたは『ヒプノシスマイクDivision Rap Battle』(以下、『ヒプマイ』)という作品が、一大ブームを巻き起こしていることをご存知だろうか? 「声優×ラップソングプロジェクト」と銘打ち、2017年9月に始動した本作は、男性声優の演じる12人のキャラクターがラップバトルを繰り広げる二次元コンテンツ。人の精神に感応する特殊なマイク「ヒプノシスマイク」を武器に、「イケブクロ」「ヨコハマ」「シブヤ」「シンジュク」の各ディビジョンに分かれたチームが互いの領土(テリトリー)を賭けてMCバトルを行うという、少年漫画的な熱い設定とラップ・ミュージックの要素をハイブリッドした作品だ。

当初はYouTubeやCDなどを通じて音源およびドラマトラックを発表し、その物語や世界観を少しずつ広げてきたが、徐々にその楽曲クオリティの高さや声優陣による生ライブでのガチなラップが話題となり、やがて人気が爆発。2018年11月にリリースされたCD『MAD TRIGGER CREW VS 麻天狼』はオリコン週間アルバムランキングで初登場1位を獲得し、現在は3タイトルものコミカライズ版が漫画誌で連載中のほか、アプリゲーム化も予定するなど、音楽だけに留まらない一大クロスメディア作品に成長している。最近ではアニメ誌や音楽誌だけでなく、『anan』『BRUTUS』といった一般誌でも特集が組まれる『ヒプマイ』は、なぜここまで人気が急騰しているのか。その魅力にまだ気づいていない人のために、ここでその理由をいくつか紹介していきたい。

MCバトルと音楽的なこだわり

まず、本作の肝であり、大きな魅力のひとつとなっているのが「MCバトル」。簡単に説明すると、ラッパー同士が1対1でビートに合わせてフリースタイル(即興)で言葉を紡ぎ、お互いのラップスキルを競い合うというヒップホップ特有の文化のことで、もしエミネムの主演映画『8 Mile』を観たことがある人なら、すぐにそのシーンを思い浮かべることができるはずだ。
日本では97年から代々木公園で毎年行われていた恒例のヒップホップイベント「B BOY PARK」での開催などを通じて定着(MCバトルの初開催は99年)。近年はBSスカパー!のバラエティー番組『BAZOOKA!!!』発の人気企画『高校生RAP選手権』や、2015年より放送開始したTV番組『フリースタイルダンジョン』などの人気によって、広く一般にも知れ渡ることとなった。それらの番組におけるMCバトルをエンターテイメント化して見せる手法は、キャラクターによるラップバトルを軸とした『ヒプマイ』に何らかの刺激を与えたことは間違いないはずだし、そういったブームの下地があったからこそ、『ヒプマイ』は発表から2年足らずで人気コンテンツになることができたのだと思う。

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

©︎EVIL LINE RECORDS

ただ、単純にMCバトルの要素を取り入れたからといって、人気が出るというものではない。本作は音楽を中心に据えたコンテンツなので、当然ながら楽曲自体に魅力がないことには成立しないはずだ。『ヒプマイ』はその点においても、楽曲それぞれのテーマ性に合わせた多彩かつ豪華なクリエイターを起用することで、見事にリスナーの心を掴むものを提供し続けている。例えば、ヨコハマ・ディビジョンのリーダー・碧棺左馬刻のソロ曲「G anthem of Y-CITY」の歌詞を提供しているのは、実際に横浜を拠点に活動するラッパーのサイプレス上野。横浜とヒップホップを愛してきた彼がリリックを書くからこそ、同曲はより深い意味を持って響くし、ある種の特別な説得力が生まれている。

その他にも、前述の『フリースタイルダンジョン』の立役者でもあるZeebraやUZI、KEN THE 390、ベテラングループのラッパ我リヤ、日本有数のMCバトル大会「KING OF KINGS」で初の2連覇を成し遂げたGADOROなど、日本のヒップホップシーンで活躍するラッパーが多数参加。ALI-KICKやCHIVA(BUZZER BEATS)、Yuto.com™、理貴といった一流どころのトラックメイカーも腕を振るっており、サウンド面でも流行りのトラップから硬派なハードコア・ヒップホップ、ファンキーなオールドスクール調、伝統的なウェッサイスタイルまで、あらゆるタイプの楽曲が用意されている。加えて、山嵐によるミクスチャーロック~ラップメタルや三浦康嗣(□□□)による前衛ポップ路線など、ラップミュージックを軸にさまざまな広がりを見せており、いろいろと聴いていけば何かしら気に入る曲が見つかることだろう。なおかつそれらが各キャラクターやディビジョンの個性を表現するために、すべて意味と必然性をもって作られているところがポイント。
だからこそ音を聴き込んだり楽曲のバックボーンを知るほどに、より深みにハマることになるのだ。

声優だからこそできるラップ表現

そして『ヒプマイ』において最も重要かつ新鮮な要素が、声優がラップを行っているということ。もちろん声優はあくまで役者として参加しているのであって、実際に彼らが本気でMCバトルを行っているわけではないし、それらの音源なりライブは、あくまで物語上の出来事として演じているものにすぎない。そういう意味では、本職のラッパーがラップするのと同様のリアリティは生まれないのかもしれないが、声優というのは「声」と「演技」のプロフェッショナルであり、そんな彼らだからこそ可能なラップ表現というものが、『ヒプマイ』には確かに存在している。

そもそも声優はその「声」自体に大きな魅力が備わっている場合がほとんどのため、歌唱などの音楽活動とも相性が良いことは、近年の声優アーティストの盛り上がりを見れば明らかだろう。それは当然ラップにも当てはまることであり、なおかつメロディによる抑揚がついた歌と比べて、ラップはしゃべり言葉に近く、細かな感情表現をつけやすいというメリットもある。『ヒプマイ』はマイクが兵器並みの威力を持つ現実離れした設定の世界観ということもあり、登場キャラクターも強烈な個性を持った連中ばかりだが、そういったキャラを演じながら音楽表現を行う、いわゆるキャラクターソングというジャンルにおいては、いかにそのキャラの特徴を音源に落とし込むかが重要。そこで、役者がより感情を乗せやすいラップという表現を選んだ『ヒプマイ』は、自然とキャラクターソングとしても一歩踏み込んだ作品になったのだ。

そして、本作の間口を大きく広げているのが、キャラクターと声優の両方を重ねて見ることのできる2.5次元的な楽しみ方。ドラマトラックや漫画上で次々と展開中の衝撃的かつ様々な伏線が散りばめられた本編のストーリーはもちろんのことながら、彼らを演じる声優のラッパーとしての成長であったり、生ライブでのパフォーマンスに触れることで、また違った意味でのドラマやリアリティを感じることができるのだ。そのように、これまでヒップホップやラップに馴染みのなかったリスナー層も巻き込んで(『ヒプマイ』は特に女性ファンが多いことで知られる)、大きなムーブメントとなっている『ヒプマイ』。いまだに聴かず嫌いしている人も、まずは耳を貸すべきだろう。


・ディビジョン紹介

イケブクロ「Buster Bros!!!」

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

山田 一郎

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

山田 二郎

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山田 三郎

萬屋を営む熱血漢の長兄・山田一郎(CV:木村昴)、不良で高校生の次男・山田二郎(CV:石谷春貴)、まだ中学生ながら天才肌の三男・山田三郎(CV:天﨑滉平)の三兄弟で結成され、性格はバラバラながら兄弟らしい息の合ったコンビネーションを聴かせるのが、イケブクロ・ディビジョンのBuster Bros!!!。声優業界随一のヒップホップ好きとして知られる木村が籍を置くだけにラップ偏差値も高く、各々の個性が際立つ正統派のマイクリレーは、かつて池袋のクラブ・BEDを根城にしていたKICK THE CAN CREWを彷彿させるところも。

シンジュク「麻天狼」

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神宮寺 寂雷(ジングウジ ジャクライ)

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伊弉冉 一二三(イザナミ ヒフミ)

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観音坂 独歩(カンノンザカ ドッポ)

不思議な能力を持つ天才医師の神宮寺寂雷(CV:速水奨)、普段は女性恐怖症だがスーツを着ると女好きに変貌するホストの伊弉冉一二三(CV:木島隆一)、ヒプマイきってのネガティヴな性格を持つサラリーマンの観音坂独歩(CV:伊東健人)と、ひと癖も二癖もあるメンバーが揃ったシンジュク・ディビジョンの麻天狼。それだけに捉えどころのない部分も多くあるが、歌舞伎町の虚飾にまみれた輝きにも路地裏の暗がりに転がる汚れた現実にも向き合うストリートに根差した視線は、MSCの掲げる新宿スタイルにも通じるものが。

ヨコハマ「MAD TRIGGER CREW」

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碧棺 左馬刻(アオヒツギ サマトキ)

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入間 銃兎(イルマ ジュウト)

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毒島 メイソン 理鶯(ブスジマ メイソン リオウ)

常に危険と隣り合わせの街・ヨコハマ・ディビジョンを牛耳るMAD TRIGGER CREWは、ケンカっ早いヤクザの碧棺左馬刻(CV:浅沼晋太郎)、悪事に手を染める汚職警官の入間銃兎(CV:駒田航)、元海軍の一等軍曹だった過去を持つ毒島メイソン理鶯(CV:神尾晋一郎)という、バイオレンス度高めな連中で構成されたクルー。横浜と言えばUS西海岸のヒップホップに影響を受けたウェッサイスタイルのサウンドが定着していることもあってか、彼らもその流れを汲むギャングスタラップやGファンク、哀愁漂うスムース路線を得意としている。

シブヤ「Fling Posse」

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

飴村 乱数(アメムラ ラムダ)

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

有栖川 帝統(アリスガワ ダイス)

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」

夢野 幻太郎(ユメノ ゲンタロウ)

現行の4ディビジョンの中で最もバラエティに富んだメンツが並ぶシブヤ・ディビジョンのFling Posseは、幼い言動とは裏腹に秘密を隠し持つファッション・デザイナーの飴村乱数(CV:白井悠介)、常に人を煙に巻くようなウソをつく作家の夢野幻太郎(CV:斉藤壮馬)、自らの命すら賭けるほどのギャンブラー・有栖川帝統(CV:野津山幸宏)からなる3人組。そのカラフルで様々な音楽ジャンルをポップに飲み込んでしまうスタイルは、強引に結びつけるなら渋谷系とシンクロするかも。ステレオタイプにはまらないところが魅力。

「The Dirty Dawg」

まったく知らない人のために解説する「ヒプマイ現象」


山田一郎、碧棺左馬刻、神宮寺寂雷、飴村乱数という各ディビジョンのリーダーが、かつて結成していたという伝説のグループ。以前から各キャラのプロフィールなどを通じて存在がほのめかされていたが、ミニアルバム『The Champion』に収録の「T.D.D LEGEND」で初めて音源が公開。同時にドラマトラック「証言」で寂雷によって過去の活躍ぶりが語られたが、いまだに謎に包まれている部分が多く、結成や解散の経緯なども明かされていない。
ただ、彼らの物語がヒプノシスマイクの世界観を紐解く鍵になっていることは間違いなさそうだ。
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