若いスーパースターは、何を考えながら時間を過ごしているのだろう? 頭のなかのほとんどはクラシカルなロックのこと、後は映画やテレビ番組のこと? かねてより、ハリー・スタイルズはポップスの熱心な研究者であり続けてきた。
1.ヴァン・モリソン
ヴァン・モリソンが1968年に陰鬱な雰囲気のアルバム『アストラル・ウィークス』を作曲した頃、ボストンのアイリッシュ・ブルースはすっかり廃れていた。「ダントツで好きなアルバム」とスタイルズは言う。「すべてが完璧なんだ」。先日、スタイルズは敬愛するモリソンとともにバックステージでの撮影にのぞみ、モリソンから貴重な笑顔まで引き出すのに成功した。「ヴァンのイメージと笑顔はあまりにかけ離れているから、背中をずっとくすぐってた」とスタイルズはジョークを飛ばした(もちろん、これは冗談)。スタイルズは、自らの初ツアーのSEにベルファストのドラァグクイーンを描いた壮大なバラード「Madame George」をセレクトし、ステージに登場するまでスピーカーで流した。「『Madame George』は大好きな曲のひとつだ。長さは9分。
2.ジョニ・ミッチェル
1971年リリースのジョニ・ミッチェルの名盤『ブルー』にどハマりしたスタイルズは、さらにこの世界を掘り下げることにした。「ジョニの大きな穴にハマってしまったんだ」とスタイルズは言う。「『ブルー』を聴きながら、頭のなかでずっとダルシマー(ツィター属打弦楽器の呼称)が響いてた。そこで、1960年代にジョニのダルシマーを作った人を探したんだ。その女性は、いまでもこの近所で暮らしてる」。さらに、スタイルズが見つけたジョニのダルシマーの作り手は、彼を自宅に招待した。「彼女の自宅に行って、そこで少しレッスンを受けた。一緒に座りながら、ダルシマーを弾いたんだ」。スタイルズは、ニューアルバムで彼女が作ったダルシマーの演奏を披露している。「作曲に関して言うなら、『ブルー』と『アストラル・ウィークス』は、どちらも最高傑作だ。メロディーに関して言うなら、それぞれが独自の道を歩んでいる。
3.エタ・ジェイムス
波乱万丈の人生を送ったエタv・ジェムスは、チェス・レコードのブルースからポップ・ソウルふうの感傷的なバラードまで、何でもこなすR&Bレジェンドだ。スタイルズは、1960年のジェームスのデビューアルバム『アット・ラスト』の大ファンだ。「このアルバムのすべてが最高なんだ。曲順は、『I Just Want to Make Love to You』の次が『At Last』なんだけど、この2曲は音楽史上最高の組み合わせだ。エタのアドリブはものすごく濃密で、『さあエタ、君の本当の気持ちを聴かせて!』って言いたくなる」。
4. ウイングス
1970年代に活動したポール・マッカートニーのバンドは、アートとポップスを融合した風変わりな楽曲を数多く残した。なかでも、スタイルズのお気に入りは『ロンドン・タウン』と『バック・トゥ・ジ・エッグ』だ。「東京ではよくレコードバーに通っていたけど、ウイングスのレコードは置いてなくて。だから、『バック・トゥ・ジ・エッグ』を買ってバーテンダーにプレゼントした。東京にいる時は、毎日『アロウ・スルー・ミー』を聴かずにはいられなかった」。
5. ジョン&ヨーコのドキュメンタリー作品『Above Us Only Sky』
「イマジン」制作時のジョン・レノンとオノ・ヨーコを描いた作品。「Netflixで『Above Us Only Sky』を観た」とスタイルズは言った。「ジョンが『イマジン』をピアノで弾くのを観て、僕もピアノを習いたくなった」。レノンの楽曲のなかでも「ジェラス・ガイ」がお気に入りで、特にダニー・ハサウェイのカバーが好きだとスタイルズは言う。「『ジェラス・ガイ』のオリジナルバージョンを知ってる? 『チャイルド・オブ・ネイチャー』っていう曲名なんだ。『ジェラス・ガイ』を演奏するたび、『チャイルド・オブ・ネイチャー』を歌いたくなる。『マインド・ゲームス』もすごく好きだ。
6. キャロル・キング
新譜を再生するため、スタイルズはかつてのA&Mスタジオこと、ハリウッドのヘンソン・レコーディング・スタジオのBスタジオを使用する。なぜって? 「キャロル・キングが『つづれおり』のレコーディングを行ったスタジオだから」。熱心なポップス研究者であるスタイルズは、キングを歌手だけでなく作曲家としても敬愛している。お気に入りは「ソー・ファー・アウェイ~去り行く恋人」だ。「一体どうやったら、こんな、とんでもないものを作曲できるんだろう?」
7. クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング
薬物による破滅にも関わらず、3人のヒッピー風バラード歌手は、西海岸のメロウでやわらかなヴァイブのロックを見事に総括した。「なんてハーモニーなんだ」とスタイルズは言う。「あと3分だけ生きられるって言われたら、『どうにもならない望み』を演奏するな。僕にとって、いわゆる『最後にあと1曲だけ!』って言うところの楽曲なんだ」。
8. テレビドラマ『The Other Two』
スタイルズは、コメディを中心とした米ケーブルテレビチャンネル、コメディ・セントラルの大ファンだ。「姉と弟が主人公で——タイトルのTwoはこのふたりのこと——、弟がYouTubeでジャスティン・ビーバー級の超有名人になる話なんだ。
9. ポール・サイモン
「僕が思うに、『恋人と別れる50の方』のAメロに並ぶものはないんじゃないかな」とスタイルズは言う。「とてもミニマルだけど、すごくいい——特にあのドラムロールは最高。『ボクサー』の歌詞は完璧だね、特に一番のAメロの歌詞がいい」。アート・ガーファンクルのいるいないに関わらず、ポール・サイモンの楽曲は幼い頃のスタイルズのサウンドトラックのひとつだった。「子供の頃、何年かパブで暮らしていて、そこではいつもサイモン&ガーファンクルの曲がかかっていた。『いとしのセシリア』がかかるたび、『今日でこれを聴くのは100回目かな』って思ってた」。
10. ダリル・ホール&ジョン・オーツ
「21歳になったら盛大なパーティーを開いて、ダリル・ホール&ジョン・オーツに演奏してほしいって心の底から思ってた。もちろん、実現するなんて思ってなかったけど。でも、リクエストせずにはいられなかった。ただ、その数カ月前に彼らがロックの殿堂入りを果たしたから、まあ、何と言うか、価値が3倍にも跳ね上がってしまったんだ。演奏レートもいままでの3倍さ。
12. ピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」のMV
「ミュージックビデオの最高傑作だね。いかにもエイティーズらしいシンセのパンパイプのサウンドが大好きだ。実際、このサウンドは『スレッジハンマー』とセリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』でしか聴かなくなったね」。
13. エルヴィス・プレスリー
「初めて聴いた音楽はエルヴィス・プレスリーだった。小さい頃、よくカラオケでエルヴィスを歌ったよ。祖父母がいつもエルヴィスを聴いていたから。祖父のためにカセットのA面に僕が歌うエルヴィスの曲を録音して、B面にエミネムを録音した。そしたらなんと、間違えてうっかりエミネムのほうをかけちゃったことがある」。
14. ハリー・ニルソン
「ウィズアウト・ユー」などのイージーシスニングふうバラードをささやくように歌い上げるロサンゼルスのエキセントリックなレジェンド。そんなニルソンには、ジョン・レノンと大酒盛りをし、独自のおかしなポップファンタジーを追求した奇人としての側面もある。簡単に言うと、まさにスタイルズ好みというわけだ。「僕が好きな偉大なソングライターはみんな、自分のポップソングを持っていた。ジョニ・ミッチェルには『Help Me』、ポール・サイモンには『You Can Call Me Al』、ハリー・ニルソンには『Coconut』があるようにね。ポップスに対する恐怖心を克服しなければいけないんだ」。
15. スティーヴィー・ニックス
「ゴールド・ダスト・ウーマン」と彼女の「小さなミューズ」は、誰もが愛してやまないロック界の友情の象徴だ。2019年3月のロックの殿堂入り式典で神々しいほど眩しいニックスの前でスタイルズがひざをついてアワードを手渡した姿は、世代を超えたアイコニックなイメージとして現代の私たちの記憶に刻まれた。ふたりが共演を果たしたのは、2年前のロサンゼルスが最初だった。スタイルズのソロライブにサプライズゲストとしてニックスが登場したのだ。「音楽にまつわる思い出のなかで一番のお気に入りだ。サウンドチェックで一緒にフリートウッド・マックの『ランドスライド』を歌った。本番よりもイケてる! って思ったね。空っぽのライブ会場にスティーヴィーと僕だけだったんだから」。
ローマで開催されたグッチのイベントでふたりは「ランドスライド」を披露した。スタイルズは、最後の「snooooow-covered hills(雪に覆われた丘)」の超難解な高音を見事にキメた。「楽屋で練習した」と言ったスタイルズは、スマホにその時の映像を保存していた。スタイルズが例の高音をキメると、ギタリストのワディ・ワクテルは驚きのあまり、演奏の手を止めてしまったほどだ。「これが僕のお気に入り」とスタイルズは言う。「一緒に練習したんだ。ふたりきりでね」。