2019年9月に書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか?』を出版した、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦。同書では、自身でもアーティスト活動・マネージメント経験のある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスの基本を語り、アーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作るためのヒントを記している。
そんな手島が、日本に限らず世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」をスタート。第13回は「新型コロナウイルスの感染拡大にともなう音楽業界の悲鳴とメンタルケア」をテーマに、産業カウンセラーの視点から考察する。

新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、様々な社会不安も広がっています。それは当然メンタルにも影響を与えます。WHOは「Coping with stress during the 2019-nCoV outbreak」という、この事態でのストレスへの対処について言及したパンフレットを発表しています。その内容の要点をまとめると、以下のようになります。

・こうした危機に、悲しみ、ストレス、混乱、恐怖や怒りを感じるのは普通のことです。
・信頼する友人や家族と話をし、連絡をとりましょう。もし、家にいなければならないなら、健康的なライフスタイルー適切なダイエット、睡眠、運動、愛する友人や家族とメールや電話などで社会的なつながりを維持しましょう
・気持ちを落ち着かせるために、タバコやアルコール、その他薬物を使用してはいけません。
・もし打ちひしがれた気持ちになったら、保健医療従事者やカウンセラーに相談してみましょう。体やメンタルの健康のために、どこへ行けば良いのか、そしてどうやって支援を求めるのか、に関するプランを持ちましょう
・信頼できる情報源からの正しい事実と情報と知識を得ましょう。
・不安を煽るメディアを見る時間を減らしましょう
・感染拡大の難しい時期の感情をどうにかうまく制御するために、過去の逆境を乗り越えたときのことを思い出してみましょう

こうしたことに気をつけながら、メンタル面のケアをはかるようにしましょう。


また、WHOが新型コロナウイルスの正式名称を「COVID-19」にした理由のひとつに、WHOと国際獣疫事務局および国際食糧農業機関との間で合意されたガイドラインに基づいて「スティグマ」回避の観点から、特定の地名・動物・個人や集団への言及を避ける、ということがあります。「スティグマ」とは、特定の属性を持っている人等に負のレッテルを貼付ける事です。実際、今回WHOはこのスティグマに対しての警告も発信しています。

COVID-19の感染拡大を受けて3月1日に横浜アリーナで無観客ライブを行なったBAD HOPのT-Pablowさんは「俺等らがこのライブをこうして開催したのは、コロナウイルスのせいでネガティヴな気持ちが蔓延しちゃうのが嫌だったんだよ。例えば、このウイルスが最初に広まった中国の人をネットで攻撃したり、心ないことを言ったりさ。不安な気持ちからネガティヴになって、架空の敵を作って攻撃するなんて、そんなの間違っている。俺らは画面越しからポジティブなメッセージを発信したかった」と語っています。彼等はメンバー個人が運営するグループで、しかもこの公演にはスポンサーもついていないため、1億円を超える借金を負うとのことです。普通に公演をキャンセルすれば負債は3~4千万円で済んだところをあえて無観客ライブを決行したのには、こうした強い思いがあったのです(彼等はこの今CAMPFIREでクラウドファンディングを行なっています)。また、前回の連載でも取り上げましたが、米津玄師さんも公演中止に伴ってツイッターで「混乱に乗じた悪質なデマや差別的表現に加担してしまわないよう、僕らだけでもなるべく冷静に努めましょう」とメッセージを出しています。前回書いたように、音楽は差別に対して明確にNoと言ってきた歴史があります。こうした危機的状況においても、そのことは忘れないでいたいと思います。


また、現在多くの公演キャンセルなどが相次ぎ、関わっている多くの人たちが苦境に立たされています。音楽は、それ自体は災害や感染症そのものには無力かもしれません。しかしこれまで、災害後のメンタルの支えとして、またイベント等の収益からの義援金など、様々な形で力になってきました。この苦境においては、アーティストとそれを支える人たちの活動を、できる範囲でかまいませんので、ぜひ応援していただければと思います。そしてまた、苦しいのは音楽関係者だけでなく、様々な立場や職業の人たちからの悲鳴も聴こえてきます。こうした事態に至った一因には、「いろんな人がいる」「世界は多様である」という事実を見ていなかったことにもあると思います。社会や経済が動くと、必ずメンタルも影響を受けます。そのときに、スティグマを否定すること、そして「いろんな人がいる」ということも考えていただければと思います。

参照
Coping with stress during the 2019-nCoV outbreak
https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/coping-with-stress.pdf?sfvrsn=9845bc3a_2
Social Stigma associated with COVID-19
https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/covid19-stigma-guide.pdf
BAD HOPの「借金1億円」無観客ライブを支援、クラウドファンディング実施中
https://www.cinra.net/news/20200302-badhop


<書籍情報>
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会不安と音楽業界の動き


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。


手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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