ロンドンのエレクトロポップ・アーティスト、ジョージア(Georgia)が待望の3rdアルバム『Euphoric』をリリースした。80年代以降の様々なダンスミュージックにヒップホップやインディーロックなど多様なジャンルをブレンドした、色鮮やかでタイトル通り”高揚感”に満ちた作品となっている。


本作はヴァンパイア・ウィークエンドの元メンバーで、クレイロ、チャーリーXCX、カーリー・レイ・ジェプセンといった先鋭的なポップアーティストとの仕事でも知られているロスタム・バトマングリが共同プロデューサーとして参加。「一貫して私とロスタムがテーマにしてきたことは、”自由に感じること”かな。それと私にとっては、”リスクを取ること”だね」と語る本作には、パンデミック期間の音楽活動、キャリアにおける転換点となった人々との出会いなど、様々な背景があるようだ。

大きな飛躍を遂げた最新作について掘り下げる前に、まずは簡単にジョージアのプロフィールを確認しておこう。

大切なのはトレンドや数字ではなく「唯一無二のサウンド」 ジョージアが語る勇気と信念

Photo by Will Spooner

ジョージアとして知られるGeorgia Barnesはロンドンのプロデューサー、ソングライター、シンガー、ドラマーである。アンダーワールドやケミカル・ブラザーズらと並んで90年代のUKクラブ・シーンを代表するテクノ・ユニット、レフトフィールドのニール・バーンズを父に持つ。
幼少期から様々な音楽に囲まれて過ごした彼女は、大学では音楽民族学を専攻しながら、クウェス(Kwes.)やケイ・テンペストのセッションドラマーとして音楽活動を開始。また、フットボール選手としてQPRやアーセナルといったクラブに所属していたこともある。コーチの死をきっかけにフットボールとは距離を置き、2015年にデビューアルバム『Georgia』を〈Domino〉からリリース。ソロシンガー/プロデューサーとしてのキャリアをスタートした。2018年のシングル「Started Out」がヒットし、代表曲となった翌年のシングル「About Work the Dancefloor」で批評的評価も高め、2020年1月にリリースした2nd『Seeking Thrills』はUKアルバム・チャートで初のトップ30入りを果たした。

このように活動が軌道に乗ってきた矢先、世界はCOVID-19によるパンデミック期間に突入してしまう。
ツアーは中止を余儀なくされ、同年に予定されていたフジロックでの初来日も実現しなかった。しかし、その後もゴリラズの作品に参加、最近は全英1位を獲得したシャナイア・トゥエインの『Queen of Me』にも関わるなど、名だたるトップアーティストからその才能を認められてきた。

中でもUKジャージー島出身のプロデューサー、ムラ・マサとの出会いは、ロスタムとジョージアが出会うきっかけにもなった重要なコラボレーションだった。

「ムラ・マサが私の曲『Started Out』をとても気に入って連絡をくれて、曲作りに誘ってくれたの。それで2日間ほど一緒に作業をして出来上がったのが(2020年リリースの)『Live like Were Dancing』なんだ。それを聴いたロスタムが私の声をとても気に入ってくれて、私もロスタムが手がけた作品がとても好きだったから、何か一緒にやろうということになったの。
だから、アレックス(ムラ・マサ)にはとても感謝してるし、すべての出来事が繋がって今があるのだと実感してる。新しいアルバムに『Live Like Were Dancing Part II』を入れたのは、私とロスタムを繋げてくれた特別な曲でもあるからなの」

本作『Euphoric』の楽曲を書いたのはパンデミックの頃だというが、ロスタムとの対面での出会いはその少し前に遡る。

「パンデミックになる前に、ライブのために行ったLAで、ロスタムに連絡して一緒に曲作りのセッションに誘ってみたの。そしたら彼も乗り気になってくれて、彼のところにお邪魔して、最初のシングルになった『Its Euphoric』を2日間で書き上げたんだ。帰国してから、こんなに素晴らしい曲が出来たんだからアルバムを作らなきゃという思いが強くなった」

これまでセルフプロデュースで作品をリリースしてきたジョージアにとって、本作のような本格的なコラボレーションは未知の体験だった。

「もちろん、ロスタムとの共同作業にもリスクはあった。
実際に彼とアルバム制作の契約を交わす前は、たった2日間一緒に曲作りをしただけだから、彼との作品づくりが上手くいく保証はどこにもなかった。でも、私はそのリスクを取ることにしたの。いつもとは違う環境に身を投じることで、自分自身の中に眠る別のクリエイティブな一面を引き出したいと思ったから」

「今回は、自分のアイデアを書き連ねたホワイトボードを全部消して挑んだ感じ。とはいえ、自分自身で大部分をプロデュースしていて、ロスタムは私がこれまでにやってきたプロダクションの手法をなるべく失わないように背中を押してくれた。一緒に仕事をする前から、彼は私の作品についてリサーチして評価してくれていたから、威圧的な態度を取ることは決してなかった。だから、このアルバムは私らしい仕上がりになっていると思う」

ロスタムとの二人三脚から学んだこと

ジョージアとロスタムは様々なポップミュージックを検証した議論の末に「高揚感のある、ポップ・ダンスレコード」を作ろうという方向で一致した。
その上で意外性のあるサウンドを目指す2人が掲げた姿勢が、「とにかくやってみる」だという。

実際に聴いてみると、1曲目の「Its Euphoric」冒頭は逆回転サウンドとともにフェードイン、そこに打点が揺らいだシンセが加わり、The xxのようなミニマルなベースラインにダブ的な要素を含んだドラムが一体となってBPM100程度で進行する。中盤からはEDMのようにフィルターを駆使しながら激しく展開し、メロウながらも推進力のある楽曲に仕上がっている。要するに、1曲の中にいくつものアイデアが詰め込まれているのだ。

また、4曲目「Mountain Song」は四つ打ちと五つ打ちのリズムで交互に展開しつつ、ロビンの「Dancing On My Own」からの影響の色濃い前作収録の「After Work The Dancefloor」にインダストリアルな質感を取り入れて発展させたような強力なポップソングだ。他にも本作の快活ながらも実験精神に満ちたダンスチューンは90年代のマドンナやカイリー・ミノーグのようでもあり、ジョージアが過去にカバーもしているケイト・ブッシュなどのアートポップからの影響も読み取れる。


いま一番共感できるアーティストとして、「音楽のジャンルや枠を飛び越えようとしていて、内に向いているのではなくて外に向いている」としてロザリアとハイムの名を挙げるジョージア。実際、彼女の口から出てくる参照元も驚くほど多様だ。

例えば7曲目の「The Dream」は、本人曰く「ニュー・オーダーとザ・キュアーを混ぜ合わせたようなインディーっぽい作り」を意識したという。さらに、人気曲「Seven Nation Army」を収録したホワイト・ストライプスの『Elephant』について「リリース当時に聴いたとき、『なんてクレイジーなロック・アルバムなんだろう!』って感動したの」と熱弁する一方で、90年代後半~2000年代前半のフレンチ・エレクトロについても「エールの1stアルバム(『Moon Safari』)は音の世界の中に迷い込んだような感覚にさせてくれる。ダフト・パンクとか、あの辺のシーンはとても興味深い」と影響を公言している。

そして、前述のとおり”リスクを取ること”をテーマにしてきたというジョージアに勇気を与えたのが、シュギー・オーティスの『Inspiration Information』だったという。ヒップホップやエレクトロニカを先取りしたような独特の浮遊感をもち、90年代にデヴィッド・バーンが自身のレーベルで再発、シカゴ音響派など多くの先進的アーティストを刺激してきた、1974年リリースの”早すぎた”名盤である。

「このアルバムは本当にクリエイティブな意味で幅広い。本来、R&B/ファンクのレコードのはずなのに、サイケデリアの要素だったり、日本的なサウンドさえ取り入れている。クリエイティブであるためには西洋の音楽のみに留まるべきじゃないという、一筋の光明のようなものを与えてくれた。世界中に興味深い音楽は存在していて、それを自由に取り入れても構わないということ。私たちは、この新作を内に向かうものではなくて、外に向かうものにしたかったの」

前作よりもジャンル横断的で複雑なサウンドを備えた今作のミックスを手がけたのは、マーキュリー・レヴやフレーミング・リップス、MGMTでの仕事で知られるデイヴ・フリッドマン。 ロスタムはヴァンパイア・ウィークエンドにいた頃からフリッドマンと仕事をしてきたが、直接対面したのは今回が初めてだったそう。

「ミックスの話になった時、ロスタムはずっとデイヴにミックスしてもらうことをイメージしていたんだ。それで、私は『もしデイヴにお願い出来るなら、ぜひそうして欲しい!』って言ったの。デイヴのミックスも”唯一無二”のサウンドだからね。それで、デイヴの住むニューヨーク州のバッファローへ向かうことになった。天気の良いカリフォルニアから、雪の残るニューヨーク州のアップステートの、辺鄙で山に囲まれたカナダとの国境に飛んだのは、不思議な体験だったな。全然違う景色に辿り着いたんだから(笑)」

「デイヴのスタジオに滞在した3週間はとにかく働き詰めだったけど、その素晴らしい体験がアルバムのサウンドを形作ってくれたと思う。もちろん、LAにいるミキサーに依頼する方が簡単だったけど、このアルバムのテーマはリスクを取ること。その思いに従ったんだ。私は自分たちが下した決断をとても誇りに思ってる」

彼女がこれほどまでに”勇気”と”リスク”を強調し、「聴き手に驚きとインスピレーションを与えられる唯一無二のレコードを作りたかった」と力説しているのは、「優れた基盤となった作品だけど、一方でノスタルジックな作品でもあると思う」と振り返る前作『Seeking Thrills』を経て、さらにアーティストとして前進しようという意識の表れでもある。

「今思うと、『Seeking Thrills』はシカゴハウスを聴いていた当時の私が創り出したサウンドだから、決して”唯一無二のサウンド”に挑戦した作品とは言い難いかもしれない。それに、クラブやダンスフロアにある自由を描いたつもりだけど、私にとっては現実逃避というネガティブな要素もあったと思う。日々の苦しみから解き放たれるために、そこに逃げ込んだようなところがあった。今回の新作は逃げることをやめて、人生を再構築するためのアルバムになったと思う。自分の人生で向き合わなければいけない問題ときちんと対峙するためのポジティブな作品だね」

「それとリスナーに伝えたいことは、トレンドやフォロワーが何人いるかなんてことに惑わされないこと。そんなものがなくても、素晴らしい音楽を作っているアーティストはたくさんいるから。私が育ったロンドンの音楽シーンは融通が利かない場所で、このジャンルはこういうサウンドであるべきだという縛りのようなものが存在していた。それに、ソーシャルメディアでは今のトレンドは何かということばかり取り沙汰されている。音楽にとってトレンドはとても大事だけど、そのトレンドがレコード自身にそれを命じるべきではない。私の耳に留まるのはいつも唯一無二のサウンドだから、そういうサウンドを作ることが私とロスタムにとっていちばん重要なことだった」

この投稿をInstagramで見るgeorgia(@georgiauk)がシェアした投稿ジョージアとロスタムのレコーディング風景

逃避的な『Seeking Thrills』から、真正面からこちらを見つめる『Euphoric』へ。その間ジョージアは様々な場所で時間を過ごした。制作について語るときの一人称のほとんどが「私とロスタム」である点からも、彼女が大切にしているものが見えてくる。ロスタムと歩んだ二人三脚の旅路を、彼女はこのように総括している。

「作品を創り上げる旅をともにする上で、関係性を深めて友人になるのはとても重要だと思う。音楽を通して友人になるのは、お互いにアイデアを出し合ったり、学び合えたりするということだから。音楽業界はアーティストにとって、時には非常に孤独を感じる場所でもあると思うの。業界の関係者にとっては社交の場が存在していて、シャンパンを浴びるようなキラキラしたパーティを楽しめるんでしょうけど、アーティストは置き去りになってしまうこともある。だからこそ、気軽に電話して相談出来るような”同僚”が必要だと思う。そしてそれが人生を変えることもある」

「私はロスタムから多くのことを学んだ。彼から刺激を受けて、音楽理論を学び直さなきゃという思いにもなった。私のコードは、どうしても同じような進行になってしまうことが時々あるんだけど、そんな時に彼が『代わりにこういうコードはどうかな?』とアイデアを出してくれた。そのコード進行は私にとって少し不自然に感じると同時にとても新鮮で、何か新しいものが生まれた瞬間だった。この経験を言葉にするのは難しくて、”アメージング”としか言いようがないな。もちろん、アーティストとプロデューサーが闘うことで良いものが生まれることだってあるから、すべてのアーティストにとってこれが最高のやり方だとは思ってない。音楽誌のインタビューや解説を読むと、名曲が生まれた背景にアーティストが当時はそのプロデューサーのことが大嫌いだったという裏話もたくさんあるよね。たまたま、私たちはすごく馬が合ったってことなんじゃないかな」

大切なのはトレンドや数字ではなく「唯一無二のサウンド」 ジョージアが語る勇気と信念

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