日本語と中国語(124)-上野惠司(日本中国語検定協会理事長)

 「蒲団」はもともと僧や修行者が坐禅などの時尻に敷いた敷物のことであるから、これにもう一つ「坐」の字を冠して「坐蒲団」とするのはちょっとヘンだと、へ理屈めいたことを前回書いた。自分で書いておきながらへ理屈めいたというのは、いくら元の意味がそうだからといっても、日常の感覚としてもはや「ふとん」は「ざぶとん」ではないし、「蒲団」という字自体には坐具であることを明示あるいは暗示する意味が含まれているわけでもないからである。
この点において、同じくヘンだといっても、「湯のみ茶碗」や「めし茶碗」がヘンに感じられるのと、ヘンさの度合(ヘンな日本語ですね)が異なるかもしれない。

 上に「蒲団」という文字そのものは坐具であることを明示も暗示もしないと書いたが、かといってこの字が寝具と結びつくわけでもない。「ふとん」を「蒲団」と書くのは、もともと植物のガマを編んで作ったからである。中の詰め物も元はガマの穂や実であったらしい。後に布を縫って綿や羽毛を詰めるようになったところから「布団」という字を当てるようになった。さらに戦後の当用漢字で「蒲」の字が採用されなかったところから「布団」が一般的な表記となった。(当用漢字による制限の結果「蒲団」が「布団」になったとする記述に接することがあるが、これは事実と異なる。「布団」という表記は当用漢字以前から存在した。)

 ついでながら、「蒲団」をフトンと読むのは唐音である。唐音というのは、平安中期から江戸時代の頃に中国から伝わった漢字音のことで、これに先立つ呉音や漢音よりも新しい。「暖簾」をノレンと読み、「提灯」をチョウチンと読み、「普請」をフシンと読むのは、いずれも唐音である。「蒲団」は呉音で読むならブダン、漢音で読むならホタンのはずである。
これを唐音でフトンと読むのは、蒲団が日本に伝来した時期とかかわりがあるからであろう。なお、「蒲団」の「団」(正字は「團」)の字はまるいもの、団子の「団」である。ガマの袋にまるく詰め物をした状態を想像していただくとよい。

 「蒲団」という語は今日の中国語にも残っているらしく、『現代漢語詞典』もこれを収録して「ガマの葉や麦ワラを編んで作った円形の敷物」という語釈を与えている。ただし、私の狭い体験の範囲では、日常生活の中でこの語が使われているのに接したことはない。寺院などで使用されているものをいうのであろうか。

 日常の坐具としての「ざぶとん」は、現代中国語では「坐〓」という(〓は上が執、下が土)。「〓」は「下に敷く」「あてがう」などの意味をもつ。もっとも、中国は椅子やソファーが主であるから、「坐〓」は「ざぶとん」よりも「クッション」に近いかもしれない。寝具の方の「ふとん」は、敷ぶとんが「褥子」、掛ぶとんが「被子」、上下合わせた総称としては「鋪蓋」「被褥」が用いられる。「巻鋪蓋」はふとんを巻くこと。昔は巻いたふとんを背負って旅をした。
今は職を辞して、あるいは解雇されて職場を去ることをいうのに、この語を用いる。(執筆者:上野惠司)

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