―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回の舞台は、五反田ヒルズの小料理屋「きになる嫁デラックス」。連載小説のタイトルが浮かばず悩む著者が、攻めた店名と割烹料理の組み合わせに妙な勇気をもらう。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

名前だけでは愛されない【五反田駅・きになる嫁デラックス(小料理屋)】vol.35

 ある雑誌で長編小説の連載が始まろうとしている。すでに3話分の原稿を納めているが、肝心のタイトルが浮かばないので困っている。

 名前は命だ。

 品川区五反田駅に、「五反田ヒルズ」と呼ばれる商業ビルがある。建物の正式名称は「リバーライトビル」だが、常連客が「五反田ヒルズ」と呼びすぎるあまり、ビルの看板が同名に変わったという愛の逸話を持つ建物である。

「ヒルズ」という単語から連想するのは六本木や表参道といったセレブ街だが、「五反田ヒルズ」は古くから愛されるスナックや予約の取れない居酒屋が集まる歓楽ビルで、おそらくセレブはほぼ来ない。地下1階から地上2階までの3フロア、合計40店舗ほどの飲食店が並び、その上にはビジネスホテルが入っている。

 コロナ禍前に遡るのだが、当時お世話になっていた会社の社長がこのビルを丸ごと贔屓にしていて、私もいくつかの店に連れていってもらったことがあった。諸説あるらしいが、この社長こそが「五反田ヒルズ」の名付け親ではないかと言う人もいる。同ビルを愛するあまり、テナントの空き情報を聞きつけるなり自分でスナックを開いたこともあったので、あながち嘘ではない気もする。


 いい意味で癖の強い店が集まる「五反田ヒルズ」だが、今回の目的地である同ビル内の居酒屋もまた、インパクトが強かった。

「きになる嫁デラックス」

 マツコの新番組みたいな名称からして、がやがやと騒がしそうな印象を受けるが、扉を開けてみれば着物姿の女性3人がカウンターの内側で待ち受ける小料理屋である。

 テーブル席が1つと、L字形のカウンター席が10席。隣の人と肩が触れるような距離で座って飲み物を頼むと、あとは2時間フルオートで割烹料理が運ばれてくる。

 いつぞや、「たくさんのメニューからじっくり選ぶ時間が好き」みたいなことを書いた気がするが、「頼んでもいないのに勝手に料理が出てくる」のも実家に帰ったような温かさと先の読めないエンタメ性があって楽しい。

 この日は湯豆腐から始まり、ポテトサラダを載せたパンやおでんなどが出てきた。店の角に設置されたテレビからはヴィジュアル系バンドのミュージックビデオが延々と流れており、これはバンギャであるママの趣味だという。

 店の命名由来をママに聞いてみたかったが、すぐ満席になり、忙しそうだった。

 手元のスマホで軽く調べると、いくつかの理由を組み合わせてこの名に落ち着いたように書かれている。それにしたって、ずいぶん攻めた店名である。

 きっと「名前は変だけど、料理も店の雰囲気も良かったよ」といった口コミが広がって、人気店になったのだと想像する。中身がきちんとしていたら、名称なんて関係ないのよ、と言われている気もする。
だんだんと「きになる嫁デラックス」以外はしっくりこない気すらしてくる。

 テンポよく料理を口に運ぶ。5品目にシチューが出てきて、6品目にカレーが出てきた。シチューとカレーを連続で食べることになるとは露ほども思わなかったが、こういうところも「きになる嫁デラックス」っぽいとか、初めて来たくせに思ってしまう。

 カレーを頬張る。旨味が詰まった味をしている。

『限りなく透明に近いブルー』とか『永遠も半ばを過ぎて』とか、センスの良いタイトルに憧れている。しかし、どんな名作も、名前だけで愛されたわけじゃないと気づく。

 タイトルは命だが、中身だって命。カレーが胃の中でそう叫ぶ。小説タイトル決定まで、もう時間はない。

五反田ヒルズの「きになる嫁デラックス」で、タイトルより中身が...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
※本稿は2026年2月24日・3月3日合併号 掲載時の原稿です。
カツセマサヒコの最新長編小説『春に踊れば』は、現在「小説すばるにて連載中。

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【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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