「周囲から孤立した家庭」での日常は…
――高2からご両親とは暮らしていないと聞きました。紫音:事実です。両親ともに直情径行な家庭で育ちました。言葉で説明をするよりも手が出るのが常でした。およそ話し合いができるタイプではないというか……。特に父の暴力はひどく、父が母を殴って骨折させたこともあります。私も打撲や切り傷を負う怪我をさせられることはありました。
――十分な虐待だと思います……。
紫音:今にして思えばそうだと思います。けれども、両親ともに自身の実家と縁を切っていたため、幼少期、一人っ子の私にとって父と母だけが世界のすべてでした。私はどちらの祖父母にも会ったことがありません。核家族であり、祖父母をはじめとする周囲の大人からの支援は受けられない密室空間でした。
――暮らし向きはどうでしたか。
紫音:いわゆる虐待家庭にしては珍しく、教育には惜しみない投資があったと思います。父は猛烈に働く人間でもあり、繁忙期は3カ月くらい自宅を空けることもありました。そのぶん、収入は悪くなかったのかもしれません。バレエや器械体操などの習い事はさせてもらえましたし、中学受験をして私立中高一貫校に進学しました。
家族崩壊を防ぐため、とある決断を下す
――それでも高2からは別居をする。紫音:はい、学生マンションのようなところへ私は引っ越しました。当時、家庭内での父の暴力がだんだん凄惨なものになったんですよね。「このまま家族全員でいたら、誰かが死ぬな」と感じたのを覚えています。よく考えると児童養護施設などに介入してもらうべきなのでしょうけれど、当時はそういう思考回路がなくて……。私が父を説得して、独り暮らしをすることができました。その後、父も家を出て、母とは別居したようです。
――お父さんから言われた言葉で現在も思い出すようなものはありますか。
紫音:そうですね、「お前は事故的にできてしまった子どもで、欲しくて産んだわけじゃない。堕ろさずに育ててやったんだから感謝しろ」と言われたことはあります。父は何かにつけて感謝を要求する人でした。たとえば、「俺の金で買ったんだから、家のものは感謝しながら大切に使え」のような感じです。
――現在のお父さんとのご関係は。
紫音:亡くなったようです。代理人の方から連絡が来ましたが、一切の相続を放棄しました。
過酷な生育歴は表現活動にどう影響するか
紫音:どうなんでしょう、断定はできないものの、否定もできないですよね。確かに、不特定多数に対してのふわっとしたコミュニケーションが不慣れだったとは思います。なぜなら、家庭で少人数を相手に命がけのコミュニケーションをした経験しかないからでしょうね。アイドル時代のファン対応は反省すべきことがたくさんあって、SNSで私をみかけて「可愛い」と思ってきてくれた人が、物販での私のコミュニケーション力のなさに驚いてしまうこともあったようです。
今はいろいろな人の助言のおかげで、徐々に改善できたと思います。
――アイドル引退直後に、大学に入りますよね。大学名は非公開ながら、名門大学です。勉強は好きだった。
紫音:いやいや、そこまで頭のできがいいわけではないのですが……。メンタルの不調などから卒業まで人よりも時間を要しましたし。ただその学生生活で、自分が法律的な文章に触れるのがとても好きなことはわかりました。思えば、自分でなにか文章を書くときも、情緒的な文章を書くよりも事実を理路整然と書くほうが好きなんですよね。
――意外ですね。音楽をやっているので、情緒に訴えかけるようなリリックのほうが得意そうにみえました。
紫音:たとえばSNS発信についても、言葉を尽くして行間を埋めてしまうクセがあって……。自分の価値観や思想について1から順番に情報を説明してしまう傾向があって、お客さんも困惑していたかもしれません(笑)。もっとその場のノリとかテンションに応じた言葉を投げかけるべきだったのでしょうけれども、それができなくて。誤解のない文章を書こうとするのと同じように音楽をやると、うまくいかないことを経験しました。なるべく行間を埋めないように今は音楽をやっています。ファンなどの受け取り手の解釈の余地を残すことが大切なんだなと最近は学びました。
――なぜそこまで学術的な文章の組み立てに憧れるんでしょうね。
紫音:ふわっとした世間話みたいなことを苦手とする一方で、目的を持ったものであれば懸命に探求したいと思うからでしょうか。あと、個人的には法の条文が好きなのはやはり生育歴も関係するかも、とは思います。法律って、どんなに野蛮なことが起きていても、それを極めて冷静で理性的に対処しようとする態度が現れていると思うんですよ。話し合いよりも暴力で解決するような家庭だったからこそ、法の持つ厳かさに惹かれるのかもしれません。
肩書きに「矛盾を成立させる意味を込めた」
――紫音さんは“バレエパンクアイドル”を名乗っておられますが、これはどういう意味でしょうか。紫音:バレエという気品に満ちた気高さと、パンクという反骨の融合を表しています。人間、何か一つの属性であり続けることはむしろ少なくて、ときとして真逆に思えるものがひとつの身体に同居していることもあると思うんです。活動テーマの「バレエパンク」には、矛盾を同時に成立させる、という意味を込めています。
――復帰からのライブ本数は目を見張りますよね。
紫音:復帰したのが今年2月で、5月までに22本のライブを行うなど前向きに活動しています。ただ、オリジナル曲がないため、現在制作を進めている最中です。8月16日に、初集会となる主催ライブを企画しているとこです。
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紫音さんはきっと、誰より言葉に飢えていて、誠実だ。対話ではなく拳で抑圧される時間が長かったからこそ、必死に誰かを理解しようとする。曖昧に飾った言葉を煙たがり、奥にある本質でのやり取りを求める。
既存のアイドル像からかけ離れたその音色で、空間を塗り替える。それは上っ面だけを撫で回す気持ちいい音楽にはならないかもしれない。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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