大阪地裁(伊藤寛樹裁判長)は今年3月13日、飯森被告に懲役8年の実刑判決を言い渡し、この判決は確定している。
裁判や取材で判明した事実から、この悲惨な事件の一部始終を、前後編にわたって詳報する。
世間を震撼させた「6歳女児遺体コンクリ詰め事件」の全貌
八尾市内にたたずむ昭和の匂いが残る長屋。この一室の押し入れから、コンクリート詰めにされた少女の遺体が発見された。少女の名前は岩本玲奈さん。2000年10月下旬の生まれで、事件に巻き込まれなければ、現在25歳になっていたはずだ——。
事件をめぐって、玲奈さんの叔父にあたる飯森被告に有罪判決が言い渡された。
判決によると、飯森被告は2006年12月下旬から翌07年1月上旬ごろ、大阪市平野区内の当時の自宅で、玲奈さんの顔面を殴るなどの暴行を加え、外傷性ショックで死亡させた。
さらに、玲奈さん死亡から約18年後の2024年11月には、八尾市の長屋から、金属製の衣装ケースにコンクリート詰めにした玲奈さんの遺体を同市内の別の長屋に台車で運搬した。
今年2月の初公判で、飯森被告は起訴内容を全面的に認めていた。弁護側は、情状酌量を求めて「当時23歳で育児経験のなかった被告人が、悩んだ末に突発的に暴行を加えてしまった」と裁判員らに訴えていた。
法廷で語られた“優しい叔父”による“残虐犯行”
「かわいい、大好きな姪でした」(被告人質問から・以下同)静まり返った法廷に、飯森被告の穏やかな声が響き渡った。勾留中の飯森被告は、やや疲労しているような顔つき。しわが目立つ黒色のスーツに紺色のネクタイ姿で法廷に現れると、傍聴席の目を避けるように身体を反らしながら被告人席に座った。
そんな飯森被告の体格は、高身長で全体的に筋肉質でがっしりしており、傍聴人も驚くほどのガタイの良さ。現在は「事件当時よりも痩せた」というが、それでも身長は180センチ、体重は85キロだという。
被告人質問では、厳つい体格に反して穏やかそうな声で、一言ずつ慎重に供述しているように感じ取った。そんな声の人物像からは想像できないような“残忍な犯行”が、法廷で次々に明らかになっていく——。
「パパと住みたい」…6歳少女の過酷な生い立ち
まず、飯森被告が玲奈さんを引き取ることになった経緯について紐解いていく。判決や書証などによると、玲奈さんは八尾市内で生まれた。玲奈さんが2歳のころから、母親・祖父B・曾祖母と、祖父Bの家で生活するようになった。
そして玲奈さんの生活が一変したのは、2004年のこと。
「玲奈の母親は住み込みで働くために、父親(筆者注:玲奈さんの祖父B)の家を出て行った」
当時、玲奈さんの母親は消費者金融から借金をしていた。飯森被告によると「借金取りから電話があったり、家を偵察されていた」というほどに切羽詰まっていたという。借金返済のため、母親は玲奈さんを残して夜の店に働きに出たようだ。
翌年には、玲奈さんの母親代わりをしていた曾祖母が認知症に。Bだけでは玲奈さんの面倒を見きれなくなってしまった。
飯森被告によると、この頃からBは玲奈さんを「こいつ」と呼んだり、暴力を振るうことが目立ってきたという。これを見かねた飯森被告は、頻繁にBの家を訪れて玲奈さんの面倒を見るようになった。
すると次第に父親のいない玲奈さんは、飯森被告を慕って「パパ」と言って甘えだすようになり、そんな飯森被告に、子育てを渋っていたBは「玲奈の面倒をお前が見ろ」と指示したという。
飯森被告は当時、20代前半の若者で無職。子育てどころか結婚すらしたことがなかった。当の玲奈さんは、Bの家は劣悪な環境だったこともあってか、このように嘆願したという。
「おじいちゃんは嫌や。パパと住みたい」
「パパ、ママへ。大好きやで」…実の親ではない2人に対する感謝の手紙も
「昼間はテレビを見たり音楽を聞いたり、車で出かけたりもしました」
当時5歳だった玲奈さんは、幼稚園に通うことはなく、起床は正午ごろだという。
「友達できたら、こういうことをして、こんな悪いことをしたらあかんよと教えていました」
さらに、生前の玲奈さんとの思い出を尋ねられると、数秒考え込んでおもむろに話した。
「まず『パパ』と言ってくれたことと、釣りに行ったり、海に行ったりしたことですね」
そんな玲奈さんは、飯森被告から教えてもらった言葉を使いながら、実の親ではない二人だが、日ごろの感謝を手紙につづった。
「パパ、ママへ。大好きやで」
愛情と苛立ちが交錯…わずか数ヶ月で崩れた日常
10月は玲奈さんの誕生月。飯森被告はケーキを購入して、誕生日を祝ったという。供述の限りでは、一般家庭と遜色ない生活に思えるが、次第に影が落ちはじめたようだ。引き取ってから2ヶ月も経たずして、飯森被告にはこんな感情になり始めたと、関西弁を交えながら言葉を紡いだ。
「愛情はあるんですけど、(玲奈さんが)いるのがしんどくなってきました」
当時6歳の玲奈さんは無邪気な年頃。「食事中に食べ物をこぼしたり、仏壇のお供え物を食べることもあった」といい、その度に飯森被告は注意するものの、玲奈さんの態度が気に食わなかった。
「怒っていることにすぐに『わかりました』と言ったり、『わかりません』と言ってきたり……」
苛立ちが募りはじめた飯森被告は、ついに「怒り」を抑えることができなくなった。
犯行日は曖昧だが…語られる「暴行の顛末」
しかし、判決では肝心な犯行日を「06年12月下旬から翌07年1月上旬ころの昼間」と、具体的には特定されていなかった。
対して、玲奈さんが亡くなるまでの暴行の顛末は鮮明に覚えていた——。
犯行当日、午後1時ごろに飯森被告は目を覚ました。その時点では、既にAと玲奈さんは起床していたようだ。空腹だったのか、玲奈さんは仏壇のお供え物をつまみ食いしたという。起床した飯森被告にAは「玲奈が仏壇のお供え物を食べている」と報告した。
報告を受けた後、飯森被告は仏壇の前で玲奈さんに問い詰め、「このクソガキ」と激しく怒鳴りつけた。同居前に、Bが玲奈さんを「こいつ」と呼ぶ姿に嫌気がさしていた飯森被告。その記憶が蘇る間もなくヒートアップしていく。直後、玲奈さんの手を取って隣の部屋に移動すると暴行を加えた。
「平手で顔を3、4回以上叩きました」
実況見分が示した悲惨な事件現場…
捜査段階で犯行状況を再現した「実況見分報告書」が、犯行を裏付けるように法廷の大型モニターに映し出された。添付されていた写真からは、玲奈さん役となった小さな人形と飯森被告の対比に、残虐性が際立って見えた。一方で、飯森被告は供述を続ける。「玲奈は後ろの壁に当たって、床に体育座りのように座り込む形になりました」
すかさず、飯森被告は右足で玲奈さんの左のわき腹を3、4回蹴った。その結果、玲奈さんは床にうつ伏せになるように倒れこんでしまった。
「辛そうな表情で『ごめんなさい』と泣いていました」
その場にいたAは、咄嗟に肩をつかんで制止したというが、その手も振り払った。
少女を襲った“とどめの一撃”
さらに、飯森被告はうつ伏せになった玲奈さんの背中を踏みつけた。最後の力を振り絞って起き上がった玲奈さんのわき腹を踏むと、とどめを刺した。「最後に足の裏で胸のあたりを押し込むように蹴りました。その瞬間、聞いたことのないような声をあげて亡くなりました」
傍聴席からは、法廷の中央の証言台に座った飯森被告の表情をうかがえなかったが、その大きな後ろ姿からは涙声が聞こえた。
容赦ない暴行の末に死亡した玲奈さんは、その後、飯森被告の手によって冷たいコンクリに詰められることに——。
後編では、遺体をコンクリ詰めにするに至った犯行状況、なぜ18年も発覚しなかったのか、その全貌に迫る。
取材・文/学生傍聴人
【学生傍聴人】
傍聴歴7年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大の大学院に在籍中の現役大学院生。趣味は御神輿を担ぐこと。
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