2025年2月、大阪府八尾市の長屋からコンクリ詰めされた岩本玲奈さん(当時6歳)の遺体が発見された事件をめぐって、叔父の飯森憲幸被告(起訴時・41歳)が傷害致死と死体遺棄の罪に問われた。
 今年3月、大阪地裁(伊藤寛樹裁判長)は懲役8年の実刑判決を言い渡し、確定している。


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 前編では、玲奈さんが死亡するまでの一部始終を詳報した。後編では、遺体をコンクリ詰めにするに至った衝撃の経緯と、なぜ18年もの間放置され続けたのか、その全貌に迫る。

「殺めたことをちゃんと見せに…」被告人による衝撃の供述

 裁判では時系列にそって事件が紐解かれていた。2006年12月下旬から翌07年1月上旬ごろ、飯森被告は玲奈さんを殺害。その一部始終が供述された後、コンクリ詰めにして遺棄されるまでの詳細が明かされた。

 飯森被告は交際相手のA(同・36歳)=死体遺棄の罪で公判中=と同居していた当時の自宅で、玲奈さんに暴行を加えて死亡させると、その翌晩、遺体を車に積み込んで外出した。

 向かった先は、飯森被告の父親で玲奈さんの祖父にあたるB(送検時・82歳)=死体遺棄の容疑で不起訴=の家だった。

「父親から玲奈を預かっていたので、殺めたことをちゃんと見せて伝えに行こうと思いました」

 当時のBの家は、2階建てのくたびれたような昭和の面影が残る長屋。玲奈さんが生前、母親らと仲睦まじく生活していた家だった。

「コンクリートに詰めようか」祖父Bからの衝撃の一言

 当時、飯森被告はBに遺体を対面させて報告した後、「警察に出頭しよう」と考えていた。その意向をBに伝えると「出頭するな」と咎められた挙句、こんな指示をされたという。

「お前が処理せえ」

 大阪府警は関係者の供述などをもとに、Bの関与が濃厚だとして死体遺棄容疑で書類送検していた。しかし、大阪地検は「不起訴」と判断。その理由は明かされていない。


 Bから遺体の処理を命じられたのに対し、「僕は埋めたりばらしたりするのは嫌やで」と言い返した。すると、Bから具体的な方法を提案してきたと証言する。

「コンクリートに詰めようか」

コンクリート詰めにするまでの生々しい供述も

「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
玲奈さんのコンクリ詰め遺体が発見された長屋
 玲奈さんから「パパ」と呼ばれ、とにかく慕われていた飯森被告。さすがに、この残忍な遺体の処理を決意できなかったという。証言台に座っている飯森被告の濁った声が涙でか細くなっていく。

「すぐに返事ができなかったんです。やり方がむごいから」

 玲奈さんの遺体をBの家に置いてから3、4日後。飯森被告は物置と化していた2階で、その小さな遺体の処理をはじめた。まず、飯森被告は遺体の服をすべて脱がせた後、Bの指示で髪を刈り上げると、交際相手のAに死に化粧をさせた。

 その後、飯森被告は金属製の衣装ケース(縦約88センチ、横約45センチ、高さ約35センチ)にコンクリートを入れて下地を作り、遺体を入れた。徐々に遺体にコンクリートを流し込んでいたとき、「お腹が見えたあたりで一旦やめた」という。

 すると、飯森被告は階下にタオルと仏花を取りに行った。遺体の腹部にタオルを敷いて供えると、ささやかに死を弔った。
しかし、コンクリートを流し込む手は緩めなかった。

「コンクリートを全部入れたとき、ごめんなさいと手を合わせました」

 そしてコンクリ詰めにされた遺体は、Bの家の2階になんと18年もの間、放置されていた。

18年後に遺体が発見された“まさかの経緯”

 事態が展開したのは、死後約18年が経過した2024年11月。Bの家が建て替えのため、立退きを求められたのだ。Bは、飯森被告に再び指示をしたという。

「次の新しい家に運ぼか」

 Bが新しく借りた長屋までは、直線距離で約300メートルで、徒歩でも5分とかからない。解体業者が来る前に遺体の入った金属ケースを移動する必要があったため、同月12日に実行に移した。

 金属ケースには、コンクリートが隙間なく詰められているため、その重量は約200キロ。長年保管していたBの家の2階から1階に下ろすと、台車に載せて玄関ドアを出た。

 飯森被告の公判供述によると、交際相手Aに先導してもらいながら二人で運搬。途中、台車から金属ケースがずれ落ちたこともあったというが、なんとか新たな長屋にたどり着いた。

「(新たな長屋に)運び入れた日は玄関に玲奈を置いた状態にしました。金属ケースが重たくて家の中に入れられなかったんです」

 飯森被告は後日、再度訪れると押し入れの中に隠した。


 その3ヶ月後の2025年2月、Bの介護施設への入所が決まり、賃貸借契約を解除したことで管理人が発見。事件が発覚した。

なぜ玲奈さんは「社会に存在しない子」扱いになっていたのか

「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
大阪地方裁判所
 罪のない幼い命が奪われた事件。玲奈さんは死後約18年もの間、冷たいコンクリの中にいた。一人の少女の行方がわからなくなったことは、社会的に問題はなかったのだろうか——。

 端的に言えば、玲奈さんは「居所不明児童」として八尾市の住民票から抹消されていたのだ。近隣の自治体にも情報共有された形跡はなく、行政上は「社会に存在しない子」となっていた。

 市の開示文書などによると、事の発端は、玲奈さんがまだ1歳にもなっていなかった2001年7月。それまで市の住民基本台帳には、玲奈さんの本籍地が住所として登録されていた。市はその住所に登録されていた世帯の有権者宛に選挙入場整理券を郵送したが、宛先不在で返送されたという。

「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
市による開示文書。宛先不明で返送された選挙入場整理券
 これを受けて、市は居住実態の調査をするも、玲奈さん一家の居住は確認できなかった。市からの要請で、母親はBと市役所に来庁したが「消費者金融に追われていて住所を動かせない」と説明。

「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
市による開示文書。玲奈さんが職権消除された経緯が記載されていた/筆者撮影
 その後も転居届は提出されなかったため、市は職権で玲奈さんの住民票を削除した。
これにより行政サービスの対象外となり、市は玲奈さんの安否を把握する方法すらなくなってしまった――。

「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
玲奈さんは市の住民基本台帳から職権消除された
 さらに2012年には、親族が玲奈さんと母親の失踪宣告を大阪家裁に申し立てていた。この失踪宣告は確定し、法的にも死亡扱いとなっていた。

“社会に存在しない子”が生んだ盲点と行政の重大な課題

 今回の裁判では、住民票を抹消された後も玲奈さんが八尾市内に住んでいたことが判明。市が把握していた最後の住所地から、わずか半径5キロ圏内で生活していた。

 まさに「負の連鎖」が重なった末の事件。今回の裁判から見えた課題は、社会に今も残り続けている——。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
傍聴歴7年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大の大学院に在籍中の現役大学院生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴をはじめ、有名事件から万引き事件など幅広く傍聴している。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行なっている。

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