日本のみならず、台湾でも人気が爆発中のセクシー女優・橘メアリーさん。惜しまれつつも5月末で本業は卒業。
6月に集大成となるワンマンライブを開催することが決定している。
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しかし、これまでの道は決して平坦ではなく、むしろスタートダッシュに遅れ、ブレイクするまでに時間を要したのだった。

そこで、どのような努力をして現在のステータスを得たのか、その秘密を語ってもらった。

大学首席卒業と歯科衛生士としてのキャリア

――5月末でセクシー女優を引退、6月5日には、東京・初台DOORSで女優人生の集大成となる卒業記念ワンマンライブが行われます。そこで橘さんの過去を紐解こうと思っていますが、歯科衛生士をやられていたんですよね。

橘メアリー(以下、メアリー):歯科衛生士の国家資格を取るための大学に通っていました。歯科衛生士は歯科予防処置が主な役割で、歯科医院に就職することが多いので、私も就職して働いていたんです。

――そもそも歯科衛生士を目指していたんですか?

メアリー:元々は音楽大学に行きたかったんですけど、親が厳しくて行かせてくれなかったんです。それで、親への不信感と、とにかく家を出て自立したい気持ちが大きかったので、親が安心するであろう手に職をつける学校に通って、自立することだけを考えていたんです。

――両親からすれば、音楽で食べていくことは難しいという判断だったんですか?

メアリー:「食べていけるのは一握りなんだよ」って言われました。でも、家を出たいことが一番の考えだったので、「じゃあ、歯科衛生士になるか」って、当時はあまり深く考えずに決めたんです(笑)。

――その考えで国家資格を取得するんですから、すごいですよ。何がバネになったんですか?

メアリー:ここで私が後悔なく生きていくためには、めっちゃ勉強して、首席で卒業するしかないと思ったんです。
それまで親に褒めてもらったことがなくて、大学の卒業式で首席で呼ばれたときに、ようやく褒めてくれましたね。それくらい大学では真剣に取り組んだんです。

目立たない活動から始まったデビュー初期の苦悩

――そして2014年にセクシー女優としてデビューしたんですけど、デビューから約8年間は、あまり売れていなかったんですよね。

メアリー:最初の頃はウィッグをかぶったり、DVDのジャケットに目線を入れたりして、なるべく目立たないように活動していました。それでも、知人にバレてしまい、いい加減な噂を流されていたみたいなんです。それで離れていった人もいたので、一時期すごい寂しい思いもしたし、悔しい思いもしました。そこで、中途半端に終わりたくないという向上心が芽生えて、「じゃあ、セクシー女優として結果を残すぞ」って頑張るようになったんです。

――しかし、デビュー当初に売れないと、その後の挽回が難しい世界ですよね。

メアリー:そうなんです。なので売れるまで時間がかかりました。デビューから数年間は月に1本ぐらいしか撮影がなかったんです。

――どうやって挽回したんですか?

メアリー:12年間、セクシー女優をしてきた中での大きな波が二つあって、一つ目はコロナ禍の時期に10キロ痩せたんです。そこで「港区女子」系の作品に出て、めっちゃバズったんですよ。
そこから次々とオファーが来て、二つ目は2022年にずっと撮ってもらいたかった監督さんに撮られて、その作品もめっちゃ売れたんです。

――チャンスをつかんだんですね。

メアリー:あとはセクシーアイドルグループに加入したり、DJも始めたりして、どうやったら橘メアリーとして知名度を上げられるかって考え始めました。

――歯科衛生士の資格を持ってるから、歯科衛生士として働こうかなって思わなかったんですか?

メアリー:思わなかったです。そこはもう終わったことなので、満足しちゃってたかな。

ブレイクによって変わった現場と評価の実感

5月末で引退の人気セクシー女優が明かす“遅咲き”のワケ
橘メアリー
――やっとチャンスをつかんで、ご自身で売れたという実感はありましたか?

メアリー:ありました。それ以前はギャラが撮影現場までの交通費と相殺されることもあったんですけど、どんどん上がっていくじゃないですか。それに、スタッフさんの対応や撮影現場のクオリティもよくなり、全て変わりましたよ。

――芸能界と同じですよね。ブレイクしてからは業界最大のアワードにノミネートされたり、売り上げランキング上位の常連にもなりました。

メアリー:めっちゃ嬉しかったですね。

――気持ちの面でも満たされましたか?

メアリー:認めてくれたんだなって満たされました。

――2023年と2024年は作品本数もめちゃくちゃ増えました。


メアリー:その頃はアーティストグループの活動もしていたのでレッスンも毎週あったし、イベントも多かったし、休みはほとんどなかったですね。死にそうなぐらい忙しかったけど、ここで止まったらまた元に戻るかもしれないと思い、進み続けました。

――トップランナーの重圧ですね。そういうプレッシャーもありましたか?

メアリー:ありました。

“クールなお姉さん”から“笑顔の人”へ、本来の自分の開示

――そこから、DVDメーカーと専属契約を結ぶ「専属女優」にもなれました。

メアリー:やっぱり専属女優は絶対経験したかったですね。

――苦労人ですからね。

メアリー:憧れの専属女優になり、このタイミングで引退できてありがたいです。SNSに「○○専属女優」って肩書が書けて、めっちゃうれしかったですよ。

――そして、6月には大きなライブハウスで卒業記念ライブも行います。

メアリー:初めはワンマンライブも、あまり集客ができなかったんです。

――しかし、直近のワンマンライブは超満員でした。どの世界もそうですが、最初に集客がないと、その後はなかなか伸びないのですが、見事に右肩上がりになりましたよね。
そこも何か努力や工夫をしているんですか?


メアリー:SNSに掲載する写真に、笑顔の写真を増やしたんです。最初の頃はパキッとしたクールでかっこよくて、セクシーな写真ばかり載せていたんですけど、ファンのみなさんに、より近い存在でいられるよう笑顔の写真の投稿を増やして、ありのままの自分を見てもらえるようになったら、それが数字にも表れたんです。

――そういう努力が集客にも繋がったんですね。

メアリー:元々はクールなキャラではないんですけど、キリっとしたお姉さん系の作品が多かったので、それに合わせたんです。でも、笑顔の写真を載せ始めたら「メアリーさんって、めっちゃ笑う人なんですね」ってファンの方から言われるようになりました(笑)。それをわかってもらうには、やはり人前に出て、本来のキャラクターを知ってもらうことが重要ですよね。

遅咲きのブレイクが示す、再浮上の可能性

――いまの日本は一度失敗したり、チャンスを逃すと再浮上が難しい時代になっています。そこで時間をかけてブレイクした橘さんから、チャンスがなかなかつかめない人にアドバイスがほしいんですが。

メアリー:自分から変わろうと思うことは大きいですね。あとは何事も継続が大事です。それに、周りの人の存在も大きいです。私の場合、担当してくれている今のマネージャーがいなかったら、「どうなっていたんだろう?」って思います。
私一人では、絶対にここまで来られなかったです。

――なるほど。

メアリー:客観的な印象を自分で研究して、どう自己プロデュースしていくかをたくさん考えました。そうやって自分を変える決断をしたことと、運やタイミングが重なったんだと思います。今は諦めなかった自分を褒めたいですね。最近SNSで「橘メアリーさんみたいに苦労しても、のちのち売れる人もいるので、○○ちゃんも頑張ってください」って、推しのアイドルや女優さんに対して言っている書き込みを偶然見かけたんです。私自身はあまり自覚がないんですけど、みなさんに元気を与えられる存在でいるのなら、よかったなって思っています。

* * *

現在の日本ではスタートでつまづくと、なかなか立ち直れない状況になっているが、冷静な分析と不屈の闘志で挽回した橘メアリーさん。

大学入学時から、自身の希望する進路ではなかったにもかかわらず、何事もプラスに変換する努力は見習うところが多いのだ。今回、セクシー女優を卒業するが、次のステージでは、どのような活躍を見せるのか楽しみだ。

5月末で引退の人気セクシー女優が明かす“遅咲き”のワケ
橘メアリー
【橘メアリー】
X:@mary_tachibana

<取材・文・撮影/神楽坂文人(X:@kagurazakabunji)>

【神楽坂文人】
世界一セクシー女優を取材しているカメラマン、ライター、インタビュアー。元成人誌編集者のため、最後の砦として活躍中。
年間イベント取材数300本超え! 年間インタビュー数200本超え! バイクで都内を駆け巡り1日で複数の仕事を受けている。X(旧Twitter):@kagurazakabunji
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