―[ひろゆきの兵法~われら氷河期は[人生後半]をどう生きるか?~]―

「自分でやったほうが速い」と思ったら、むしろ人に任せたほうがいい場合がある。そう語るひろゆき氏。
年齢を重ねるほど体力や集中力は落ちていくのに、仕事や家庭でやることは増えていく。いつまでも若い頃と同じやり方を続けていたら、どこかで破綻するという。では、中年以降は何を「自分でやらない」と決めればいいのか?

「自分でやったほうが速い」は終わりの始まり

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「自分でやったほうが速い」

 氷河期世代でこの考え方をするのは、だいたいが終わりの始まりだったりします。人間は25歳くらいまでは知能や体力が伸びますが、そこを過ぎると肉体的には少しずつ衰えていく生き物です。反射神経も短期記憶力も集中力も、確実に落ちていきます。

 もちろん年を重ねることで経験によるパターン認識や人との繋がりは増えて、正しい判断ができる場面が増えます。ただし、これは長く生きれば自動で貯まるものではない。新しいことをせず同じ作業を繰り返している人は、年齢だけ増えて能力は特に増えていない、なんてこともざらにあったりします。残念ながら年齢だけで手に入る武器はなく、体力も集中力も反射神経も、だいたい若者のほうが上です。

 そんなオッサンに残された数少ない武器が“任せる”の意味を変えることじゃないかと思っています。若い頃の任せるは、空いた時間を新しいことに使うための“攻め”ですが、中年以降の任せるは、状況を破綻させずに続けるための“守り”です。

 僕らは処理能力が落ちているのに、仕事でも家庭でもやるべきことは増えています。つまり、人に任せても暇になるわけではなく、そもそも任せないと全部を処理しきれない状態になっているだけなのですね。


「不得意」で消耗している時間はない

 僕も若い頃は何でも自分でやろうとしていました。仕事は自分でやったほうが速いし、成果も全部自分のものになる。ところが、あるとき自分がやっていた営業を他人に任せたら、僕よりいい数字を持ってきたのですね。自分が一生懸命やることと、一番いい結果を出すことは、まったく別の話という好例です。

 この原稿も、僕が伝えたい要素や考え方を伝えて、構成や文章化は別の人にお願いしています。僕は書く時間を使わずに済むし、書く側には仕事と経験が残る。伝えたい内容もちゃんと形になるので、お互い得します。

「じゃあ、どの部分を任せるか?」となるのですが、自己評価ではなく第三者や結果で決めるのが正しいです。自分で「これが得意なはず」ではなく、結果や数字や周囲の評価で「不得意」と判断して、さっさと任せるのが正解です。評価が低いなら、たぶんそれは得意なことではありません。若いうちは不得意なことに挑戦するのも経験になりますが、年を取ってから不得意な仕事で消耗して評価を下げるのは、ただのマイナスです。

 他人でもAIでもいいので任せる場所を増やせれば、単純に処理できる作業量は増えます。
落ちていく体力や作業速度は、“外”から補っていくしかないわけです。

 65歳まで働くとしたら、氷河期世代はまだ10年以上あるし、このご時世だとさらに先まで働くことになりそうです。その間も体力は下がり続けるので、徹夜や根性で乗り切るという選択肢は、そのうち使えなくなります。

 重要なのは何でも自分でできる能力ではなく、何を自分でやらず、誰に、何を任せれば成果が最大になるかを判断する能力なのですよ。

構成・撮影/杉原光徳(ミドルマン)

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【ひろゆき】
西村博之(にしむらひろゆき)1976年、神奈川県生まれ。東京都・赤羽に移り住み、中央大学に進学後、在学中に米国・アーカンソー州に留学。1999年に開設した「2ちゃんねる」、2005年に就任した「ニコニコ動画」の元管理人。現在は英語圏最大の掲示板サイト「4chan」の管理人を務め、フランスに在住。たまに日本にいる。週刊SPA!で10年以上連載を担当。新刊『賢い人が自然とやっている ズルい言いまわし』
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