相手を抜き去る得意技。見るポイントは「スペース」と「重心」
ピッチに入ってから、わずか6分だった。左サイドの高い位置でパスを受けた中村が、前を向いた状態でジェシー・ランドールと対峙。ワンフェイントで間合いを外し、縦に急加速してマークを振り切った。利き足とは逆の左足でファーへ送り込んだラストパスもパーフェクト。途中投入のアタッカーとして満点のプレーで起用に応えた。試合後に中村本人も「自分の得意な形だった」と振り返った。スピードを落として相手DFと対峙。
「ドリブルで仕掛ける時は、まず“どこにスペースがあるのか”と、“相手の重心”を見ています。あの場面では縦にスペースがあったので、これなら千切れる(抜き切れる)かなと思って。フェイントを入れることで(餌を)撒いた感じです」
後半28分にも、左サイドでボールを持った中村はアシストの場面と同じように右足インサイドでのワンタッチからまたも外側へシザース。しかし今度は縦ではなく中に交わし、右足でクロスを供給した。
「アシストしたシーンとは逆に相手が縦突破を警戒してきていたので、中に切り込む選択をしました。同じフェイントから縦にも中にも行けるのは自分の強みなので、相手の守り方に応じて瞬間的にうまく使い分けられたらと思っています」
幼少期、多大な影響を受けたロナウジーニョの存在
中村が幼少期に憧れたフットボーラーは、当時ブラジル代表とFCバルセロナで10番を背負い世界を席巻していたロナウジーニョだった。2006年、5歳の時にテレビで観たFIFAワールドカップ・ドイツ大会。カナリア色のユニフォームに身を纏う魔術師のプレーに心を奪われた。幼稚園ではいつもブラジル国旗の絵を描き、「ロナウジーニョになる」と書き残すほど夢中になった。筆者自身、大学1年時にその妙技を現地で目撃した。2004年11月20日にカンプ・ノウで行われた、レアル・マドリードとのエル・クラシコ(伝統の一戦)。前半19分の出来事だった。左サイドでラファエル・マルケスからのパスを受けたロナウジーニョは、レアルの右SBミチェル・サルガドと対峙。右足インサイドで小さなタッチを入れた直後、鋭いシザースから驚異的な加速で縦に抜け出し、サルガドを一瞬でぶち抜いた。バックスタンド最前列から見たそのプレーは衝撃そのもの。22年の時を経た今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
当時のロナウジーニョは毎試合のようにこのフェイントを発動し、世界トップレベルのDFたちをきりきり舞いにしていた。彼の代名詞と言えば、右足のアウト→インで素早くボールをトトンと弾いて抜き去る「エラシコ(ポルトガル語で“輪ゴム”という意味)」だが、使用頻度としては上記したワンタッチからのシザースの方が遥かに多かった。彼のプレー集でも頻繁に出てくるプレーなので、中村がその技にトライするのはごく自然な流れだったのだろう。
4年後のFIFAワールドカップ開催時、中村は29歳。正に脂が乗ったタイミングで迎える大会となりそうだ。フットボールの楽しさを体現するアタッカーの更なる飛躍に、期待せずにはいられない。
取材・文/福田 悠 撮影/藤田真郷
―[サッカー日本代表]―
【福田悠】
フリーライターとして雑誌、Webメディアに寄稿。サッカー、フットサル、芸能を中心に執筆する傍ら、MC業もこなす。2020年からABEMA Fリーグ中継(フットサル)の実況も務め、毎シーズン50試合以上を担当。2022年からはJ3·SC相模原のスタジアムMCも務めている。自身もフットサルの現役競技者で、東京都フットサルリーグ1部DREAM futsal parkでゴレイロとしてプレー(@yu_fukuda1129)
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