長嶋茂雄(享年89)を現役時代から90番を背負った第1期監督時代にかけて撮り続けたのが、スポーツ報知OBの落合正カメラマン(77)。ベストショットに選んだのは、両手を広げてヒーローを待ち受ける一枚。

1976年6月8日、阪神戦(後楽園)。末次利光が逆転サヨナラ満塁弾を放った。=敬称略=

 打球が左翼席に届くのを確認しないまま、落合は三塁側のカメラ席を飛び出した。手には24ミリのワイドレンズを付けたカメラ。「打った音でホームランだと分かったからね」。跳びはねながら一塁ベンチを出てきた長嶋監督を追い掛け、カメラマンが群がる。本塁付近で囲むように撮っていたところ、ミスターは手を広げて末次を出迎えた。

 何かあるのでは…と目を離していなかったとはいえ、「このようになるとは思わなかった。(打った末次より)こっちの方が面白いよね」。歓喜の90番。監督・長嶋茂雄を象徴する名シーンとなった。

 当時の動画で改めて確認すると、打ってから出迎えるまで、たった20秒。

写真では長嶋監督が叫んでいるが、大歓声にかき消され、落合には何も聞こえなかったという。翌日の報知新聞は「僕が監督して最も劇的だった試合だった。こんなゲームもあるんだなあ」という、長嶋監督の興奮した談話を紹介している。

 現役時代から長嶋と親しくしていた先輩らと違い、落合は報知新聞のカメラマンとして顔を知られていたものの、名前で呼ばれることはなかった。それでも、いつも「カメラさん、カメラさん」と気遣い、ミスターは“絵”になる写真を提供してくれた。

 文化人として活動していた1982年には、俳優の石原裕次郎さんと対談。銀幕のスターに勝るとも劣らない存在感に、落合は興奮した。87年、ドラフト会議当日の朝。立大4年で指名確実だった一茂を交え、自宅での取材に成功した。「心配で。ここ数日はゴルフにも行かず、スケジュールを全て空けているんですが、こればかりはねえ」。時折のぞかせる父親の顔、長男を見つめる温かい目が強く印象に残っている。

 88年ソウル五輪の事前取材では、ミスターと一緒に競泳の鈴木大地やシンクロナイズド・スイミング(現アーティスティックスイミング)の小谷実可子、自転車競技の橋本聖子を訪ねた。現場では選手より、むしろ世代が近いコーチや監督が興奮を隠せない。競技を超えたカリスマ性を目の当たりにした。「楽しかったよ、いつも絵に恵まれて。全てはミスターのキャラクターだよね」と落合。持ち前のサービス精神で、記念撮影に応じてくれたのも忘れられない思い出だ。

 ◆落合 正(おちあい・ただし)1948年2月26日、東京都生まれ。77歳。72年に報知新聞社入社。巨人やソウル五輪、長野五輪などを取材し、2008年に退職。昨年まで東京写真記者協会でプロ野球取材の調整役を務めた。

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