1965年から79年まで巨人のトレーニングコーチを務めた鈴木章介さん(88)の後編は、長嶋茂雄さん(享年89)との心温まる交流について。退団を報告した際に贈られた“宝物”に込められた思い出などを明かした。

(伊藤 明日香)

 鈴木さんは79年、トレーニングコーチの引退と巨人退団を決意した。当時42歳。脚力の衰えから選手との集団走で先頭を走れなくなったことが理由だった。「これではもう、選手を指導する立場にない」と潔く悟った。

 ある日の試合後、ユニホーム姿で長嶋監督のもとを訪ねた。ミスターは風呂上がりのバスローブ姿で、髪をクシでとかしている最中。真剣な面持ちで退団のあいさつに臨んだが「あまりにリラックスした姿に拍子抜けしました」と笑う。「次はどうするの?」と問われ、夢だったスポーツ店の開業を目指して卸売業界に転身すると伝えた。すると笑顔で「そりゃいいね。グッドアイデアだよ」と背中を押してくれた。

 さらに翌日、「うちに寄ってくれ」と連絡が入った。自宅を訪ねるとグレーのロングコートを手渡された。

「札幌勤務になると話したことを聞いてくれていた。『寒いから、これを持って行きなさい』と。話を聞いていないようで、実はよく聞いている人なんです」。46年たった今でも大事に保管している宝物だ。

 現役時代は川崎球場に行く時だけ道幅の狭さに対応するため、小回りの利く鈴木さんの車で送迎していた。試合後に家まで送り届けると「そのまま持って帰りなよ」と、ホームラン賞や猛打賞の副賞をすべて譲ってくれたという。

 訃報(ふほう)を耳にして感謝とともに、その存在の大きさをかみしめた。「僕を信頼し、体を預けてくれたことには感謝しかない。誰にでも必ず別れの時が来る。来るべく時が来たなと受け止めています。心からお疲れさまでしたと伝えたい。どうぞ安らかにお休みください」。

その言葉には長年にわたる深い絆と、尊敬の念がにじんでいた。

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