武蔵嵐山ボーイズ監督の飯野靖典さんが1日、高崎市内の病院で亡くなった。57歳。

 2年ぶりに出場を決めた選手権大会開幕の前日、天国へと旅立った。昨夏に大腸がんが発覚、闘病をしながら監督を務めていた。7月6日にジャイアンツカップ出場を決めた試合では監督復帰し采配を振るったが、最後の試合になった。

 飯野さんは東農大二で1985年夏の甲子園に出場、2年生で正捕手として活躍した。群馬西毛で監督を務めた後、武蔵狭山(現・武蔵嵐山)のコーチを経て2017年12月に監督就任。春3回、夏5回の全国大会出場を果たし、18年の選手権大会で準優勝。22年春季全国大会で優勝した。打撃指導には定評があり、厳しくも愛情あふれる熱血監督だった。

 通夜は9日午後6時、告別式は10日午前10時、群馬・富岡市のJA甘楽富岡セレモニーホールで。

 

ジャイアンツカップ出場を決め志保田主将(左)と握手をする飯野監督

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