今年の野球殿堂入り通知式が15日、都内で行われ、エキスパート表彰で日本ハムの栗山英樹チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO=64)が新たに殿堂入りした。日本ハム監督として2度のリーグ優勝と1度の日本一に導き、侍ジャパン監督としては2023年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で3大会ぶり世界一を達成。
殿堂入り通知式のあいさつでは「まさかテスト生でプロ入りした自分がこういった長きにわたって野球ができるとは思っていませんでした。小学校の時、ONに、王さん、長嶋さんに憧れて、初めて後楽園球場に王さんのホームランを見に行きました。そして中学校の時、当時、甲子園で大活躍していた東海大相模高校、原辰徳選手に憧れて、中学校の時に東海大相模のセレクションを受けにいきました。その時に原さんに偶然お会いして、原さんは全く覚えてないのですが、がんばれよと一声掛けていただきました」とスピーチ。「正直、自分みたいな人間がそこに入っていいのか、思いは未だにあります。ただ、この賞はこれからの野球人のためにしっかり働きなさいと言う、そういう風な思いだと思っております」と謙虚に話した。
栗山氏は東京・小平市の出身。創価高から東京学芸大に進学した。小・中・高の教員免許を取得し、安定した未来予想図を描いていたが、それを白紙にしてヤクルトの入団テストを受けたのは、テレビで見た巨人・原辰徳の本塁打がきっかけだった。「見てたら、やっぱりプロに行きたいって思ったんだ」。83年ドラフト外でヤクルト入りした。
右投両打の外野手として89年にはゴールデン・グラブ賞受賞。だが、右ひじ痛に加え、めまいや吐き気を伴うメニエール病の影響もあり、90年に29歳の若さで引退した。
第2の人生では、野球評論家やスポーツキャスターを務め、国内外の野球を探究した。大学の教壇に立ち、2008年には白鴎大の教授に昇進した。テレビ朝日「熱闘甲子園」のキャスターとして、高校野球を精力的に取材するなど、プロアマの架け橋となる役割も担った。
指導者経験がない中、2012年からは日本ハムの監督を務めた。絶対的エースのダルビッシュ有がメジャーへと旅立つ中、プロ2年目の斎藤佑樹を開幕投手に抜てき。西武戦でプロ初完投となる1失点勝利を収め、白星発進した。中田翔を根気強く全試合で4番として起用し、日本球界を代表する強打者に育て上げた。座右の銘である「夢は正夢」を現実化し、就任1年目でリーグ優勝に導いた。
その秋、日本ハムはメジャー挑戦を表明していた花巻東・大谷翔平投手を1位で強行指名。入団交渉にも同席し「翻意させに来たわけではない。
大物評論家による「二刀流批判」も何のその、栗山監督の下、大谷は投打に圧倒的な実力を発揮。2016年には日本ハムが日本一となる原動力となった。2017年にはエンゼルスに移籍したが、師弟関係は鉄壁。それは侍ジャパン日本代表監督として迎えた、2023年のWBCで大きな成果となって結実する。
大会前には選手全員に手紙を送り、思いを伝えた。米国との対戦を熱望すると、決勝で現実になった。3-2で勝利し、世界一。10度胴上げされ、笑顔で余韻に浸った。
代表監督を退任した今でも、日本ハムのCBOを務める一方、野球競技の普及の心血を注ぐ。野球振興を目的とする一般財団法人「球心会」(王貞治代表)の副代表として、底辺拡大に尽力する。野球を愛し、野球に愛されたその人生。栗山英樹にはまだまだ、やらねばならないことがある。殿堂入りは、通過点に過ぎない。(加藤 弘士)
◆栗山 英樹(くりやま・ひでき)1961年4月26日、東京・小平市生まれ。64歳。創価高から東京学芸大を経て、83年ドラフト外でヤクルト入団。右投両打の外野手として89年にゴールデン・グラブ賞。










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