元巨人の江川卓氏(70)が14日放送のBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜・後10時)に出演。自身にまつわる数々の伝説の真実を明かした。

 中学2年で投手になると、静岡の中学から転入した栃木・小山中でいきなり県大会優勝。「僕は長嶋(茂雄)さんに憧れていたのでサードをやりたいのに、ピッチャーをやったらノーヒットノーランをやってしまって、やめられなくなってしまって」と振り返った江川さん。

 東京六大学野球の早慶戦に憧れ「早慶のどちらかに入りたい」と思ったことから当時、普通科のなかった地元の強豪・小山高ではなく、進学クラスのあった作新学院高に進学。全生徒900人中上位の30人しか入れない進学クラスだったが、野球でも1年から大活躍を見せた。

 1年夏の栃木県大会準々決勝・烏山高戦でいきなり完全試合を達成。「栃木県でやった人がいなくて、初めての完全試合を1年生がやってしまって大騒ぎになって。それまで地方紙だけの取材だったのが、完全試合をやった後からは東京からもワ~ッと取材が来るようになって、インタビューをされるようになったんですけど…」と回顧。

 「それで最初の頃、インタビューで答えたのを読んだら、まるっきりウソを書かれてたんですよ。ウソっていうか、ちゃんと答えてるんだけど、何か(既に)できた文章に当てはめていくみたいな。それを読んだ時にものすごくショックで。それまでは真面目な好青年って自分で思ってましたから…。その文章を読んだ時に『こんなになっちゃうの? えっ、僕のこと?』って思って。

それで決めたんですよ。マスコミに対して冷たく当たっていこうって、その時、決めたんです」と明かした。

 「その時、『怪物』っていうの(異名)もつけられたんです」と続けたところで、司会の徳光和夫さんに「ということは、マスメディアがつけた『怪物』ってニックネームにも抵抗があったんですか?」と聞かれると「僕、自分としてはミッキーマウス派だったんで、耳が大きかったんですよ。ミッキーマウスってイメージだったのに『怪物』って書かれたんで、そりゃあ、ねえだろって思いましたよ」と笑顔で話していた。

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