元日本テレビアナウンサーの吉田塡一郎(よしだ・しんいちろう)さんが、4月17日に十二指腸がんのため死去したことが13日、スポーツ報知の取材で分かった。79歳だった。

葬儀・告別式は近親者のみで執り行った。喪主は妻の紀子(のりこ)さん。熱烈なG党として、巨人戦を中心に数々のプロ野球の名場面を伝えた実況の名手が天国へと旅立った。

 2003年から出向し、顧問などを務めた日本テレビのグループ会社「アール・エフ・ラジオ日本」を12年6月に退社。以降は、フリーアナウンサーとして講演会を中心に活動していた。関係者によると、晩年は闘病生活を送っていたという。

 中大卒業後の1969年に同局に入社。「大の巨人ファン」を公言していた若手アナ時代から、同じ千葉出身の長嶋茂雄さんから絶大な信頼を得ていた。同局先輩の小川光明アナ、浅見源司郎アナらと名物スポーツアナの一角を担い、深い取材と熱のこもった実況で親しまれた。

 野球ファンの間で語り継がれるのが1987年9月8日、後楽園球場で行われた巨人対広島戦。巨人が1点ビハインドで迎えた9回裏、駒田徳広選手が右中間へ本塁打を放つと、吉田アナはその打球の行方を追いながら「駒田! 駒田! 駒田~!!」と大絶叫。マイクの音が割れるほどの熱烈実況ぶりが反響を呼んだ。

 長嶋さんが監督を務め、94年の日本シリーズ第6戦(巨人対西武)で日本一に輝いた瞬間には、「全員野球の長嶋ファミリーは見事、天下を取りました!」とその感動を実況。2000年の日本シリーズ第6戦の巨人・長嶋監督とダイエー(現ソフトバンク)・王貞治監督による“ON対決”では「20世紀最後を飾ったのは東京、読売、巨人軍! 監督・長嶋茂雄、64歳、長嶋ジャイアンツは6年ぶり巨人軍19回目の日本一、決定です!」と優勝の興奮を余すことなく伝えた。

 01年の長嶋監督勇退の記者会見では代表質問を務め、ミスターの「野球というスポーツは人生そのものです」との答えを引き出した。生前に語った「実況は一期一会」の信条を貫き、数々の熱戦を臨場感たっぷりに伝え、アナウンサー人生を全うした。

 ◆吉田 塡一郎(よしだ・しんいちろう)1946年4月25日、千葉県出身。69年日テレ入社。プロ野球・巨人戦の中継、ゴルフを中心に担当。83年、青木功さんの日本人初の米ツアー優勝を実況。89年、第23回NFLスーパーボウルではサンフランシスコ49ersの大逆転劇「モンタナマジック」を伝えた。2003年出向の「アール・エフ・ラジオ日本」で常務取締役営業局長などを経て、11年顧問。12年6月退任。

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