日本人として初めて宇宙飛行した元TBS記者の秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが8月26日、三重県大台町の自宅で死去したことが1日、分かった。84歳だった。

葬儀は近親者のみで執り行われ、妻・礼子さんが喪主を務めた。

 東京都出身の秋山さんは国際基督教大(ICU)卒業後の1966年にTBSに入社。ワシントン支局長などを経て、報道局外信部デスク時代に社内の「宇宙プロジェクト」に応募。合格し、90年12月2日、一般的には軍人や研究者らが選抜される宇宙飛行士の中で、世界でも類を見なかったジャーナリストの宇宙飛行に成功した。ソ連(当時)の宇宙ステーション・ミールに滞在した唯一の日本人で、ソユーズ宇宙船から「これ、本番ですか?」と発言したことも話題となった。

 2018年にスポーツ報知の取材を受けた際には「これ、本番ですか?」の発言について「あれは偶然。打ち合わせ中に予定よりも早くつながってしまい、地球側から呼び掛けられたので、あんなふうになってしまったんです」と語っていた。

 宇宙飛行から5年後の95年、「農業を実践する中で環境問題を考えたい」とTBSを退社。福島県でシイタケ農家を営んでいたが、11年の東日本大震災で避難を余儀なくされ、京都に移住。京都造形芸術大教授に就任し、17年からは三重県大台町で有機農業に取り組んでいた。

 21年12月にロシアのソユーズ宇宙船に乗った実業家の前澤友作さんが、日本人としては31年ぶりに商業宇宙飛行に成功。「今考えれば、出張の一つのようなもの。

地球とミール(宇宙ステーション)は、400キロしか離れてないんだから。東京から大阪へ出張に行くのと同じですよ」と笑っていた秋山さんは後進の道を切り開いたまさに先駆者だった。

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