14年ぶりの来日で観客を殴打し多くの耳目を集めたプロレスラーの“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シン(本名・ジャグジット・シン・ハンス)。

 専門誌「週刊プロレス」元編集長のターザン山本はシンが登場した17日に代々木第二体育館で行われたゼロワンの工藤めぐみGMの40周年記念大会「邪道姫伝説」を会場で観戦した。

 今年80歳を迎えた山本は、プロレス記者、編集長時代にアントニオ猪木さん、ジャイアント馬場さんらと激闘を展開してきたシンを取材してきた。82歳のシンを目撃し「タイガー・ジェット・シンとは何か?」を考え続けたという。山本はスポーツ報知の取材に応じ、自らが導いたその答えを明かしてくれた。

 まず山本は、なぜ?工藤めぐみが自らの記念大会にシンを招聘した理由を分析した。

 「くどめさんの40周年の記念興行。だから、くどめさんにとって自分の世界を時間軸にすれば女子プロレス中心になる。だけど、彼女は、これでは、この興行をやる意味は、ないと考えた。なぜなら、今の時代は男も女も関係ない。興行に男子も導入することで今の令和の時代を表さないといけない、と気持ちが跳ねたんです」

 さらに、続けた。

 「会場は代々木第二。大きな箱になる。何が何でも客を入れなければいけない。

そこで客を入れるために足し算をしていったんです。だから藤波さん、越中、イケメン…いろんな男子レスラーを呼んで足し算をしていった。ところが足し算をしていくと決定的に足りないものがわかったんです。つまり、足し算とは予定調和。それではダメだと思った。だから、引き算をするしかない、と決めたんですよぉぉ。引き算するには誰がいいか?と考えた時に、シンだ!と発見したんですよぉぉ。なぜなら、シンはすべてをぶち壊すから。くどめさんは、このぶち壊すシンの痛快さをFMW時代に知っていた。だから、シンを呼んだんですよ!」

 ここから山本は「タイガー・ジェット・シンとは何か?」を解いていく。その前に猪木さんとシンの歴史を改めて触れる。

 1944年4月3日にインドで生まれたシンは、カナダに移住し65年にシンガポールでレスラーとしてデビュー。

新日本プロレスには、73年5月4日、川崎市体育館での試合に乱入し参戦した。

 以来、ターバンに身を包みサーベルを手にした凶悪攻撃で猪木さんと壮絶な遺恨闘争を展開。73年11月5日には新宿伊勢丹前で当時の妻だった俳優の倍賞美津子と買い物を終えた猪木さんを襲撃するなど抗争はエスカレートした。

 74年6月26日の大阪府立体育館での一騎打ちで猪木さんに右腕を脱臼させられる「腕折り事件」など今も語り継がれる歴史に残る名勝負をリングに刻み、75年3月13日には広島県立体育館で猪木さんを破りNWF世界ヘビー級王座を奪取した。

 81年7月には全日本プロレスへ移籍。馬場さんらと闘ったが、やはり今も語り継がれる好敵手は猪木さんだろう。山本は断じた。

 「シンの歴史は、『アントニオ猪木』の歴史。アントニオ猪木・イコール・タイガー・ジェット・シンなんですよぉぉ。猪木さんにとってライバルはシンしかいないんです。そして、ここが重要で、実は、シンは猪木さんと出会うまでは何も考えてなかった。タイガー・ジェット・シンを作ったのは猪木さんですよ!!」

 そして続けた。

 「猪木さんにとって最大の敵は世間だった。世間は、常にプロレスをやらせだとか突きつけ偏見を持っていた。猪木さんはその偏見に対する反発が絶大だった人なんです。ところが、猪木さんの中で他にも敵がいたんです。ひとつは、プロレスが好きで愛して支持して会場に来ているファンなんです。ファンはプロレスを理解している一方で心の奥底で半分は『プロレスはこんなもんだろう』という思いで見ている。猪木さんはそのファンの優しさ、予定調和をぶち壊したかった」

 世間、ファン、そして、もうひとつ敵がいたと山本は見る。

 「それは、プロレスを取材している我々、マスコミです。『プロレスはこんなもんだろう』と一番、高をくくって見ているのがプロレスマスコミなんです。猪木さんの敵は、世間だけでなくプロレスマスコミとファンだった。猪木さんはプロレスをバカにされることを絶対に許せなかった人。そういう意味でプロレスを理解しているだけに猪木さんにとって本当の敵は、ファンとマスコミだったと言えるんです。

シンもその猪木さんの思想に染まった。シンは新日本プロレスに来るまでは米国マットでベビーフェイスだったんです。その男が猪木さんの哲学に接し驚天動地したんです。そしてプロレスラーとして覚醒したんですよぉぉ。これが俺の求めていたものだ!と。だからシンはファン、マスコミを襲ったんですよぉぉ!入場でファン、マスコミを襲撃したのは『お前らの予定調和、理解力を破壊させてやる!』という意味が込められていたんです。猪木さんの思想は、シンにとって神の啓示だった」

 山本自身も猪木さんとシンの激闘で目が覚めたという。

 「猪木さんとシンの試合を見て、僕もプロレスへの考えが間違っていたと思った。僕も知ったかぶりしていた。それを2人によって壊された。とんでもない領域まで行った猪木さんを知って猪木さんのファンになったんです」

 シンが手にする「サーベル」に意味があったと分析する。

 「あのサーベルは、自分自身への刃です。

どういう意味かと言えば、アントニオ猪木の思想、精神を裏切らないという決意の表れだった。それは猪木さんとの契りの象徴なんです。サーベルを持って観客、マスコミを襲撃することで猪木さんの思想を体現していたんですよぉぉ!理解者、味方は誰もいなかった。まさに2人の世界だった」

 今回の来日でシンは、やはり観客を襲撃した。殴打された男性は頭部から出血し救急搬送された。幸い大事に至らず21日にはSSPWの後楽園ホール大会を観戦し関係者にシンに襲われたことへの感動を表していた。ネット上ではシンの行動を批判する声も出たが山本は「ファンが訴えていない時点であの行為は認められるんです」と独自の見解を示した。さらにこう位置づけた。

 「ケガをした人は猪木イズム、シンイズムを理解している選ばれた人だった。逆に、あの日、会場にいて襲われなかったファンの挫折感は絶大ですよ。なぜなら、プロレスファンはみんな『シン、俺を襲ってこい』って思ってますから。ただ、僕も実際、会場で82歳のシンを見て、寄る年波には勝てないなと思った。

ところがあの行動をシンはやった。年を重ねてもシンが猪木さんの思想を永遠に守ったことに“やってくれたか!これぞ、シンだ!”と思いましたよ」

 猪木さんとシンの激闘から40年以上が経った。猪木さんは2022年10月1日に79歳で亡くなった。私は山本へ「今のプロレスで『アントニオ猪木 vs タイガー・ジェット・シン』は生まれるか?」と聞いた。

 「無理。なぜなら猪木さんがいないから。猪木さんの永遠の沈黙は最大の言葉です。僕は言いたい。我々は沈黙から猪木さんの言葉を聞かなければいけない」

 そして「シンとは何か?」を結論づけた。

 「タイガー・ジェット・シンとは、『アントニオ猪木』の分身です。プロレスをなめるな!という猪木さんの思想を徹底的に貫いた唯一無二のレスラー。それがタイガー・ジェット・シンです」

 (福留 崇広) 

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